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ここ、弥馬帝国は上級国民である華族と下級国民である庶民と、大きく分けて二層の国民で成り立っていた。
帝都・大和は近代的でビルなどが立ち並んでいるが、そのほとんどが支配階級である華族たちのものであることは言うまでもなかった。
軍警察組織などもあからさま。
華族の、華族による、華族のための政府――世の中は華族に有意に回っており、庶民の人権というものは軽んじられていた。
が、こんな状況でも下克上のチャンスもなくはなかった。
庶民として生まれたからといって、一生下級国民で居るとも限らないのだ。
または華族だからといって、経済・商才に恵まれているとは限らず、また、当主死亡により没落して食うや食わずといった困窮した一部の華族より華族株を買うことで、一般人も身分を変えることができた。
そんなわけで上級国民である華族のお嬢様に恋をしたという殺し屋の依頼を受け、調査を終えたジョセフ・イェンというキノコ頭の情報屋は古書店に現れた彼に書類を手渡した。
大事な情報を売り渡すときは閉店状態にしてある。
「ほれ、無警戒だったからアッサリ調べがついたぞ」
「や、やはり華族の令嬢だったか」
レオン・リーは調査書にざっと目を通すと、本人確認として共に添えられていた写真を感慨深く眺めた。
「一月後に見合いするとかって言ってたな……」
「み、見合いだと? どこのどいつと?」
「追加料金」
ジョセフは掌を出した。
「な……」
「当たり前だろ? 俺の情報料は高い」
ちゃっかりしてやがると歯噛みしたレオンは、ポケットからしわくちゃの札を取り出した。
それを受け取ったジョセフはにんまり笑うと、「油小路六十」と答えた。
「どんな男だ? 今渡したのは今の質問込みでの料金だ」
「――そこまでがめつくねえよ」
牽制するレオンにジョセフは嘆息し、続けた。
「元々は庶民の出で……ホテル経営で成り上がった男だ。色々汚いことやってたみたいだけどまあ、世渡りはうまいみたいで前科はなし、借金のカタにって考えりゃ、そう悪い条件じゃねえ」
齢はくっちゃいるがな、とジョセフは続けた。
「……華族なのに困窮してるっていうのか、あの娘は……?」
レオンは驚いたように瞬きをした。
「オヤジが究極無能だったみたいでな。西園寺堅四郎っていう、旧姓は北条っていって、元々はそこそこの坊ちゃん育ちだった。だが、両親が急逝した際に親戚には裏切られ、遺産も後ろ盾もなく生きてたそうだから、西園寺家に婿養子に入ったのは渡りに船だったらしい。そんでもってそのまんま調子こいて嫁の財産を食いつぶしたロクデナシってわけだ」
「その父親の借金のカタに、百合亜さんは油小路って男に嫁がされるのか?」
「まあ、まだ見合い段階みたいだけど、いずれはな……」
「そういうことならば……」
「あのなっ、だからって亡き者にすれば万事解決だと思うなよ?」
ライフルを出し、剣呑な動きをするレオンに、ジョセフは慌ててまくしたてた。
「しかし……」
「だから、仮にその見合いが破談になったとしても、別の婚約者候補の金持ちが現れれば同じことだ。そのたびに華族とはいえ、罪なき人間を殺害するってわけにもいかねえし」
「じゃあ、その見合いを潰すには借金の肩代わりをするしかないと?」
「といっても、並みの稼ぎじゃ到底無理だ。家財道具には赤紙が張り付けてあるらしい」
ジョセフはアンニュイな表情で肩をすくめた。
「どうすればいい? その結婚とやらを阻止する方法は――?」
「あ~、教えてやってもいいんだけどな……先立つモノは必要だろ?」
再びジョセフはにんまりと笑った。
「やっぱりがめついじゃないか……」
レオンはポケットに手を突っ込んだ。
「おまえさんのその髭面をどうにかしなきゃいかんしな……」
ジョセフは肩をすくめた。
帝都・大和は近代的でビルなどが立ち並んでいるが、そのほとんどが支配階級である華族たちのものであることは言うまでもなかった。
軍警察組織などもあからさま。
華族の、華族による、華族のための政府――世の中は華族に有意に回っており、庶民の人権というものは軽んじられていた。
が、こんな状況でも下克上のチャンスもなくはなかった。
庶民として生まれたからといって、一生下級国民で居るとも限らないのだ。
または華族だからといって、経済・商才に恵まれているとは限らず、また、当主死亡により没落して食うや食わずといった困窮した一部の華族より華族株を買うことで、一般人も身分を変えることができた。
そんなわけで上級国民である華族のお嬢様に恋をしたという殺し屋の依頼を受け、調査を終えたジョセフ・イェンというキノコ頭の情報屋は古書店に現れた彼に書類を手渡した。
大事な情報を売り渡すときは閉店状態にしてある。
「ほれ、無警戒だったからアッサリ調べがついたぞ」
「や、やはり華族の令嬢だったか」
レオン・リーは調査書にざっと目を通すと、本人確認として共に添えられていた写真を感慨深く眺めた。
「一月後に見合いするとかって言ってたな……」
「み、見合いだと? どこのどいつと?」
「追加料金」
ジョセフは掌を出した。
「な……」
「当たり前だろ? 俺の情報料は高い」
ちゃっかりしてやがると歯噛みしたレオンは、ポケットからしわくちゃの札を取り出した。
それを受け取ったジョセフはにんまり笑うと、「油小路六十」と答えた。
「どんな男だ? 今渡したのは今の質問込みでの料金だ」
「――そこまでがめつくねえよ」
牽制するレオンにジョセフは嘆息し、続けた。
「元々は庶民の出で……ホテル経営で成り上がった男だ。色々汚いことやってたみたいだけどまあ、世渡りはうまいみたいで前科はなし、借金のカタにって考えりゃ、そう悪い条件じゃねえ」
齢はくっちゃいるがな、とジョセフは続けた。
「……華族なのに困窮してるっていうのか、あの娘は……?」
レオンは驚いたように瞬きをした。
「オヤジが究極無能だったみたいでな。西園寺堅四郎っていう、旧姓は北条っていって、元々はそこそこの坊ちゃん育ちだった。だが、両親が急逝した際に親戚には裏切られ、遺産も後ろ盾もなく生きてたそうだから、西園寺家に婿養子に入ったのは渡りに船だったらしい。そんでもってそのまんま調子こいて嫁の財産を食いつぶしたロクデナシってわけだ」
「その父親の借金のカタに、百合亜さんは油小路って男に嫁がされるのか?」
「まあ、まだ見合い段階みたいだけど、いずれはな……」
「そういうことならば……」
「あのなっ、だからって亡き者にすれば万事解決だと思うなよ?」
ライフルを出し、剣呑な動きをするレオンに、ジョセフは慌ててまくしたてた。
「しかし……」
「だから、仮にその見合いが破談になったとしても、別の婚約者候補の金持ちが現れれば同じことだ。そのたびに華族とはいえ、罪なき人間を殺害するってわけにもいかねえし」
「じゃあ、その見合いを潰すには借金の肩代わりをするしかないと?」
「といっても、並みの稼ぎじゃ到底無理だ。家財道具には赤紙が張り付けてあるらしい」
ジョセフはアンニュイな表情で肩をすくめた。
「どうすればいい? その結婚とやらを阻止する方法は――?」
「あ~、教えてやってもいいんだけどな……先立つモノは必要だろ?」
再びジョセフはにんまりと笑った。
「やっぱりがめついじゃないか……」
レオンはポケットに手を突っ込んだ。
「おまえさんのその髭面をどうにかしなきゃいかんしな……」
ジョセフは肩をすくめた。
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