上 下
3 / 40

2

しおりを挟む
「――おまえさん、ま~た派手にやったなぁ」
 裏通りにある、古書店。
 古びた本の匂いが漂う店内に客の姿はなかった。
 エプロン姿のキノコヘアの男が、カウンター越しに新聞を見せる。
「こんな端の小さな記事に派手もなにもあるか」
 昨日葬った男の事件についての記載に、レオンはため息を吐いた。
「いくら華族の味方、軍警さんがおかざり無能組織だっていっても、狙撃されて殺されたって程度の当たりは付いてるみたいだぜ?」
「ほう、ボンクラ組織と思いきや、それくらいの捜査は出来るんだな」
「床に血だまりが出来てりゃ、そりゃな……」
 呆れたように嘆息すると、キノコ頭は新聞を畳んでカウンターに置いた。
「で? 今日はなんの用だ、レオン」
 一応、店内を見回すようにしたキノコ頭の店主が訊いた。
「ジョセフ……ひとつ、情報を買いたい」
 少しばかりためらいがちにレオンが言う。
 ジョセフと呼ばれた情報屋を営む古書店の店主でもある彼は、鼻を鳴らした。
「ま、オレに要件っていやあ、それしかないわけだけど、今回のターゲットは? ゴーツク社長か? 悪徳華族かぞくか? それとも……マフィアの――」
「令嬢だ」
「……令嬢ってことは華族がらみか。まさかと思うけど、その婚約者とかそれ絡みの差し金ってわけじゃないよな? あんまり後味よくないぞ、そういうの」
「いや。そういうことではなくて……」
「令嬢ってことは――まさかマフィアの情婦やってたり、美人局つつもたせやったりしてるとか、そういう……? あ~、最近多いっていうよな、没落華族の娘がウリやってるとかで……一族の恥だから、消してくれって親族もなくはな――」
 言いかけたところで、銃口がこめかみに当てられ、ジョセフは息を呑み、両手を挙げた。
「なんの冗談だ?」
「下品なことを言うな」
「じゃ、じゃあ、なんのために令嬢を調査するんだよ? 品行方正な善人なんて……探る意味……」
「……こんな気持ちは初めてだったんだ」
「……は?」
 銃口をジョセフに向けたまま、レオンは微かに頬を紅潮させていた。
「仕事じゃない……あくまで個人的な興味だ。彼女を調べて欲しい」
 こんな様子のレオンを見たことがないジョセフは、怪訝そうに眉根を寄せた。
「調べる? どこぞかの令嬢か? 身元がハッキリしてるんだったら別に――」
 しかし、レオンはかぶりを振った。
「身元は分からない」
「でも、令嬢なんだよな。何家の何さんくらいのことは……」
「令嬢らしい雰囲気というだけで、華族なのかどうかも分からない」
 銃を下ろし、切なげな表情でゆっくりとかぶりを振るレオンに、何かを感じ取ったジョセフはため息を吐いた。
「……どんな女性なんだ?」
「優雅で美麗で上品で……目が合ったときに微笑んだんだ。それが……輝いて見えた」
「えらく抽象的だな。――そのあとは?」
「……ん?」
「目が合ったあと、どうした? 尾行することくらいできただろ?」
「……実はそれから……俺は長いことほうけていたらしく、記憶がないんだ。気が付いたら数時間、経過していた……」
 少々照れたように頭を掻くと、レオンは俯いた。
 しばらく考え込むようにしていたジョセフが、「仕方ないな。特別価格で請け負ってやるよ」と情にほだされた様子だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

時戻りのカノン

臣桜
恋愛
将来有望なピアニストだった花音は、世界的なコンクールを前にして事故に遭い、ピアニストとしての人生を諦めてしまった。地元で平凡な会社員として働いていた彼女は、事故からすれ違ってしまった祖母をも喪ってしまう。後悔にさいなまれる花音のもとに、祖母からの手紙が届く。手紙には、自宅にある練習室室Cのピアノを弾けば、女の子の霊が力を貸してくれるかもしれないとあった。やり直したいと思った花音は、トラウマを克服してピアノを弾き過去に戻る。やり直しの人生で秀真という男性に会い、恋をするが――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

Psychedelic Opera

紺坂紫乃
キャラ文芸
夜の蝶が羽ばたく新宿二丁目にひっそりとあるBAR「タンホイザー」――オペラを愛し、魅せられた三人の裏家業は『抹消屋』である。オーナーのワーグナー、居候のヴェルディ、見た目だけが子供のアマデウスは偉大なるオペラ作曲家の魂を持って生まれた者。三人の異能力者は、今夜も鮮やかで狂った『オペラ』を上演する。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

青い祈り

速水静香
キャラ文芸
 私は、真っ白な部屋で目覚めた。  自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。  ただ、鏡に映る青い髪の少女――。  それが私だということだけは確かな事実だった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...