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第2章 少年期前編

第15話 レイクサイド・ジーナス

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 レイクサイド・ジーナスまでの道のりは長く、一晩野宿する事になった。
俺を含めたザドの行商人の御一行は翌朝再び進み始める。
道中何度か魔物に襲われる事もあった。
最初はゴブリンの群れ十二匹。
次が真夜中にブラックハウンドと呼ばれる野犬のような魔物の群れ十五匹。
そして今しがた出会したブラッドサーペントとかいう大蛇である。
その度に飛び出してくる傭兵四人組。
しかし、何をする必要もなかった。
全て俺が一瞬で片付けてしまうからだ。

 俺は荷馬車に乗ったままバレット・ショットでゴブリンの頭を全て撃ち抜き、フレイムウォールでブラックハウンドを囲んで丸焼きに。
ブラッドサーペントはアイシクル・トルネードという氷結の竜巻に巻き込み凍らせたまま空高く打ち上げた。
落ちてきた氷の大蛇が粉々に砕け散ったのを確認すると、傭兵四人組とザドさんはアゴが外れたようにあんぐりと口を開いていた。

「ブ、ブラッドサーペントってB級モンスターだろ?
それをたった一撃で……」

「この子、強すぎる……」

「俺達の経験値稼ぎが出来ないし……」

「いや、ブラッドサーペントを見た時は俺、死を覚悟したわ……」

 傭兵四人組は口々に感想を述べる。

「ぼ、坊主……お、お前、これほどなのか?」

 震えながらザドが口を開く。

「期待外れでしたか?」

 俺はイタズラっぽく笑う。

「バカ言うんじゃねぇよ!
期待以上だ、バカヤロウッ!
護衛の代金は今更値上げしねぇからなっ!」

 しないから。
あんたが勝手にビビってるだけだろうに。

「しませんよ。
それより、あれですか?
レイクサイド・ジーナスっ!」

 俺は真っ直ぐ前を指差す。
そこには大きな大きな湖が広がり、その畔に巨大な門が見えてきた。

「そうだ。
あれがレイクサイド・ジーナス。
“水の都”だ」

 ザドが頷いて笑いながら言う。
続けて小さく、今回は無事に来れたぜ、と言っていたが、俺は聞かなかったことにする。

「ちょっと、上から見てきます」

 俺は我慢しきれず、空へと舞い上がる。
そして街を一望すると、思わず声がでる。

「すっげぇ……」

 空から見た街の情景は本当に素晴らしかった。
街へと続く巨大な門を抜けると大きな白い橋がかかり、巨大な街へと繋がっている。
街には至る所に水路が通っており、数多くの水車が回っている。
そして街の様々な所から水が排水されて湖へと流れ落ちている。
それを受ける湖は鮮やかなエメラルドグリーンの色をして、あちこちに船が見える。
建物は中世西洋風の街並みに似ていた。
俺はヨーロッパに行った事は無いが、テレビで見て行ってみたいと思ったものだ。
まさか似たような建物を異世界で見る事が出来るとは。
そして中央には巨大な屋敷があった。
むしろ、お城か?と思える程のデカさだ。
恐らく、あの屋敷の主はあの人だろう。
この周辺を領地として持つ公爵。
あれはきっと、リンデント公爵の屋敷だ。

 街並みを上空から見学し終えると、俺は荷馬車に戻ってきた。

「どうだ?坊主。
なかなか大したもんだろ!」

 何故かザドがドヤ顔している。
いや、あんたが作ったわけでもここを治めてる訳でもないだろうに。

「そうですね。とても綺麗な街並みでした」

 俺は愛想よく笑って答える。
ザドはそうだろう、そうだろう、と言って笑う。
なんでそんなに我が物顔なんだよ、この人。




 俺達は門の前に進むと、警備兵に止められる。

「止まれ。積荷を見せてもらうぞ」

 鋭く警備兵が言い放ち、光る石を持って荷馬車の中を覗き込む。

「これ、なにしてんの?」

 俺は小声でザドに尋ねる。

「魔検知の鉱石で危険物や取扱禁止の物が中に入ってないかの検査だよ」

「なるほどね」

 俺達がヒソヒソ話していると、一人の警備兵が近づいてきた。

「その子はお前の子か?」

 俺を指差してザドに尋ねる警備兵。

「えーっと、違います。
道中で出会った魔法使いの少年でして。
荷馬車の護衛をしてもらってもらってやして」

 そう説明すると警備兵は眉間にしわを寄せる。

「魔法使い?
まだ子供じゃないか。
まともな魔法を使えるとは思えんな」

「嘘だと思います?」

 俺は片手を上げて五本の指を真上に突き出す。
それぞれの指の先に小さな火球、水球、石塊、風球、光球を作り上げる。
それは二センチほどの大きさだが、逆にその小さな魔法の球の形を維持してる事が異常だった。
しかもそれが五属性を同時に、だ。
魔法使いでもないであろう警備兵だが、その凄さは少しは伝わったようだ。

「な、なるほど。
しかし、街中では無闇に魔法は使うなよ。
特に攻撃魔法はご法度だ」

 冷や汗をかきながら釘を刺す警備兵。
俺は笑顔でわかりました、と頷くと魔法を引っ込める。
今の芸当を魔法使いが見たら卒倒していたかもしれない。
それ程、本来は有り得ない事をやってのけたのだ。

「怪しい物はありません」

 荷馬車の中を確認していた警備兵がそう告げた。

「よし、行っていいぞ」

 俺達に話しかけてきた警備兵がそう告げて警備兵達が門の道を空ける。
なかなか厳重な警備だ。
しかし、それも無理はないだろう。
これほどの建造物を作ってる以上、簡単に破壊される訳にはいかないはずだ。
警備の厳重さはその証なのだろう。

 俺達は門を潜り、橋を進む。
そして、いよいよ街の中へと近付くにつれて喧騒が聞こえてきた。
街の中には人で賑わっているのがもう伝わってくる。




 街の中に入ると、そこはとても賑やかな街だった。
入ってすぐに大きな広場があり、露店や屋台がいくつも並んでいる。
人々が数え切れないほど集まり、ガヤガヤと騒がしかった。
俺達を乗せた荷馬車は大きな街道を進み、商店街へと向かった。

「俺は積み荷を降ろしてくる。
シン坊は宿に寄っておきたいだろ?
あっちの通りを右に曲がって真っ直ぐ進むと“ネラの宿屋”って看板が見えるはずだ。
そこで部屋を取っておきな。
ザドの紹介って言えば通じるさ」

 そう言ってドヤ顔になるザド。
そのドヤ顔があんまりアテにならなさそうなんだよなぁ。
まぁいいか。

「わかりました。
部屋はそこで取ってみます」

「お代は俺がまた払いに行くからよっ!
受付のババアにもそう言っておいてくれっ!」

 そう言ってザドは俺を降ろした後、大きな倉庫のようは建物に荷馬車のまま入っていった。
とりあえず、その“ネラの宿屋”って所を目指せばいいんだな。
俺はゆっくりと歩き出す。

 この通りを曲がって、真っ直ぐ……お、あれか?

 俺は見上げると、壁からつる下がっている木の看板を見つめる。
“ネラの宿屋”。
ここで間違い無さそうだ。

 俺は木の扉を開く。
すると受付のおばさんが声を掛けてきた。
歳は四十前後ってところか?
天然パーマであろうモジャモジャの髪がアフロヘヤのようになっていて、化粧の濃いなかなかケバいおばさんだった。

「なんだい?小さな子だね。
迷子だったらここに来ても助けにゃならないよ。
二つ隣の花屋にでも訪ねるんだね」

 そう言って椅子にドカッ座り、背もたれに身体を預ける。

「えーっと、ザドさんの紹介で来たんですけど」

「ザド?
……あぁ、あのザドかい。
あの馬鹿男は何処だい?
ツケた宿代が未払いなんだよっ!」

 おばさんの顔がみるみる鬼の形相に変わっていく。
おい、あの野郎ふざけんな。
そんな所を紹介させんな。

「じ、実は今は別行動していまして」

 なんで俺が申し訳なさそうにせにゃならんのだ。

「なんだい!
まぁ……あんたに言っても仕方ないさね。
それで?あんたは何の用だい?
部屋を借りたいのかい?」

 俺は頷く。

「普通の部屋でいいです。
支払いはザドがする事になってるんですが」

「そりゃ当てにならん話だ。
そういう事なら他をあたっとくれ」

 おい、話が違ぇぞ、ザド。
予測通り過ぎて逆に吹き出しそうになったわ。
俺は大きく溜息をついて肩を落とす。

「……わかりました。
自分で払って、後でザドさんに直接請求します。
ちなみに、金貨一枚でどれくらい泊まれますか?」

「普通の部屋って言ったね?
一般向けの部屋だったら一ヶ月は泊まれるよ」

 へぇ、割と泊まれるじゃないか。
この世界は六日間が一週間。
そして一ヶ月は五週間である。
つまり、三十日は泊まれるという事だ。

「飯はつけるかい?」

 おばさんが問いかけてくる。

「付けると、お代はどうなりますか?」

「朝食のみなら金貨一枚で四週間と二日。
朝夕なら三週間と四日だね。
どうする?」

「朝夕頼みます。
まだわかりませんが、途中で宿を変える可能性もあります。
ザドの行商に付き合う約束があるので。
なので、行商に出るまでの間は泊まらせて下さい。
お金は先に払っておきます」

 俺は金貨を一枚受付の台に置いた。
誰かさんと違ってツケるような真似はしない。

「なんだい、小さい坊やと思ったが、なかなか常識はあるようだね。
もしも宿を変えるならその時に言っておくれ。
お釣りの金はちゃんと返金するよ」

 おばさんはそう言って笑うと鍵を持って歩き出した。

「部屋を案内するよ。
荷物はそんだけかい?」

 俺の背を指差し問いかける。
俺は頷いてその後を追った。
二階の廊下の突き当たりが俺の部屋だほうだ。
ドアを開けると八畳程の部屋が広がっていた。
家具はベッドと背の低い木のテーブルのみ。
とっても質素。
でも、別にいいや。

「これが鍵だよ。
失くしたら弁償してもらうからね?」

 おばさんは俺を睨んで釘を刺す。
当然っちゃ当然だな。

「わかりました。
食事は何処ですれば?」

「朝夕の六時にうちの若いのが配膳に向かわせる。
もしもその時に部屋にいなければ食事は無し。
いいね?」

「わかりました」

 俺は頷くと、おばさんは「それじゃごゆっくり」とだけ雑に言い残し、去っていった。
まぁ、あのザドの紹介だからそんな期待はしてなかった。
それに、蓄えを切り崩してる身だ。
豪遊は出来ない。
身分相応の部屋が一番。

 俺はバックパックを部屋の隅に置いて、ベッドで横になる。
昨日は野宿であまりゆっくり眠れなかったからな。
なんだかウトウトしてきた。
まだ時間は昼間の二時。

 少しだけ、お昼寝しよう。

 そう思って目を閉じると、すぐに俺は寝入ってしまった。





 コンコンッ、とノックの音がして俺は飛び起きる。
もう部屋が薄暗くなっている。

「夕ご飯をお持ちしました。
食べられますか?」

 若い女性の声がした。

「た、食べますっ!
ちょっと待って下さい」

 俺はベッドから降りて、慌ててドアを開ける。

「物静かでしたので、寝ていたかと思いました」

 そう言って笑ったのはボブカットの茶髪の女の子。
歳は高校生くらいだろうか?
まだ若い。
手には木の盆を持ち、そこには野菜のスープをとパン、あとは魚のムニエルがお皿に乗せてあった。
なかなかに、健康的な食事である。

「これは料理人が作ったの?」

「いえ、うちにはそんなのを雇うお金もありません。
私が作りました。
お気に召しませんか?」

 不安気に尋ねてくる女の子。

「そんな事ないです。
……えーっと、名前は何ていうんですか?」

「ティナと言います」

「ティナさんですね。
僕はシン・オルディールって言います。
夕ご飯作ってくれてありがとう。
しばらくここで寝泊まりすると思いますので、宜しくお願いします」

 俺はそう言って頭を下げる。

「フフフ、とても丁寧な坊やなのね。
こちらこそよろしくね」

 そう言って料理を渡してくれるティナ。
俺はそれを受け取ってテーブルに置く。
ティナは微笑んで、ごゆっくり、と優しく告げて扉を閉めて去っていく。

 俺は晩御飯をテーブルに置いて、硬い床に座って手を合わせる。

「いただきます」

 俺は声に出してそう言って、スープを口に運ぶ。
うん、なかなか美味い。
魚のムニエルも良く出来ていた。
ここの料理には期待していいかもしれない。
あのおばさんじゃなく、ティナが作ってくれてるのも好印象だ。

 俺はものも数分で食べ終えてしまった。
もともと早食いの俺は量も少ない料理ではあっという間に平らげてしまうのだ。
とは言え、お腹は満たされた。
食べ終えた後の食器を一階に持って行くと受付がティナに変わっており、お皿を受け取ってくれた。
奥に流し場があるようで、そこで食器を洗っていくティナ。

「少し外に出て出てきます」

「はい、いってらっしゃい。
お気をつけて」

 ティナが手を振ったので、俺も振り返す。
そして俺は宿屋の外に出た。
辺りはもう真っ暗だ。
しかし、街は街灯に照らされている。
街灯は魔鉱石でも使っているのだろう。

 さて、子供が夜道を歩いてたら注意されるだろうか?
されたらされたでその時だ。
とりあえず、この街を探検しようか。
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