3 / 18
2.燃ゆる水と永遠の命
しおりを挟む
不老不死。
誰もが一度は手にしてみたいと思ったことはあるだろう。それが今もし一人の人間に与えられるとしたら、私は娘に与えてやりたいと思う。自分ではないのか?今までの私であればそうしていただろう。しかし、今は事情が違う。娘は今病を患っている。しかも、現代医学ではまだ治療法がない。放っておけば死に至る病らしい。さらに、どれだけ頑張っても余命は長くて半年らしい。それを知った日は何もしなかった。いや、出来なかったと言うべきか。只々、娘はもうすぐ死んでしまうのだという事実が悔しくて仕方がなかった。
娘の余命申告から一週間ほど経った頃。私は娘の病を治したい一心で治療法を調べまわった。しかしどこの病院もどの資料にも治療法は無いとあるばかりだった。……ある一つの資料を除いて。この資料にはこの病に関することは一切明記されていない。あるのは噂話に関することのみである。その噂の中に不老不死に関するものがあった。その資料の一部には、
不死の薬天より授かりこの地に眠る
不死の薬月満時炎を纏い燃え上がる
薬口に含みし者は永久を手に入れる
薬口に含みし者は終と始永久に失う
薬口に含みし者は如何なる病も治る
とある。その資料の中には所々奇怪なことが書いてあるし、にわかには信じがたいが今はこれしか望みはないだろう。早速私はこの噂についての情報を掘り返してみた。
翌日、私はその資料にあったとある神社に向かった。資料でいうとここが不死の薬がある場所らしい。辺りは自然豊かで大きな湖があってとても綺麗な場所と言えよう。湖の水は全く濁り気がなく澄んでいて、見ていて不思議と懐かしい気持ちになった。私は水面に触れようとした。その瞬間、
「その水は飲めませんよ」
といきなり声をかけられた。振り返るとそこには神主だろうか、とりあえず神社の人には間違いないだろう綺麗な女性がいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……あっいや別に飲もうとしたわけではないですよ」
そう言うと彼女はクスリと笑い、
「いえ、この水を飲もうとする人が結構いますので念の為に声かけただけですので」
「それはこの水が不死の薬と言われているからですか?」
彼女は少し間を空けた後「はい」と言った。驚くかと思ったら案外すんなりと答えたのでむしろこちらが驚いてしまった。
「もしかしたらその事で話があるのではないですか?」
ますます驚いた。まるで心を見透かされたかのような心境だ。
「詳しく聞かせてくださいますか?」
その後彼女は立ち話もなんですからと言い応接間に案内してくれた。暫くすると彼女はお茶を持ってきてくれて、
「さて、何から話しましょうか?」
と言った。
私は聞けるだけのことを聞いた。この資料が何か知っているか、不死の薬は実在するか、あの湖が不死の薬と呼ばれる理由はなにか、ついで程度に彼女は何者なのかも、他にもたくさんのことを聞いた。
「そうですね……まず話す前に竹取物語はご存知ですよね?」
「かぐや姫の話ですよね?最後に不死の薬を飲んでそれを渡して月に帰っていくっていう」
「はい、結局はその薬を誰も飲まずに富士山に捨てたとあるのですが、実は捨てた場所がここっていう説があるのです。最後に捨てに行った者たちが富士山の山頂ではなくここの湖に捨てた、理由は分かりません。面倒だったからかもしれないし、うっかり落としてしまったからなのかもしれない、それとも何か特別な理由があったからかもしれない、まぁ竹取物語そのものがフィクションですし、飽くまで一節ですから何とも言えませんがそう言われている為この湖は不死の薬……いや不死の湖と言うべきでしょうか、そう呼ばれています。もしかしたら水がきれいなのは不死の薬のせいなのかもしれませんね」
彼女はこの資料については何も知らない様子だった。だからこの資料にあることは本当かどうか分からなかった。満月の夜に湖が燃え上がることもないと言っていた。満月の夜っていうことだけでは何も起こらないのかもしれない。彼女自身もこの噂はあまり信じていないらしい。それはそうだ、不老不死なんて実際は存在してはいけないのだから。そんなことを信じようとしている私は精神的にも病んでいるのかもしれない。因みに、彼女は私の予想通り神主だったらしい。暫くして私は帰宅した。そして、改めて竹取物語についても含めて調べ直した。竹取物語も同様、不死の薬についての記載がある。先程話したことの他に竹取物語の不死の薬には飲めば今までの記憶を失うというものがある。もしかしたらここでの不死の薬にも何か代償があるかもしれない。しかし、それは飲んでみなければわからない。これについてはもう情報は必要ないだろう。次に今回の不死の薬がどうしたらその力を発揮するのかである。実は神社を離れたあとしばらくした後、戻って少しだけ湖の水を飲んだのだが、不味いし飲めたものではなかったし、体にも全く異変が無かったのだ。満月以外にも何か条件が必要なのか。それとも、神主さんが嘘をついているのか。または、本当に不死の薬は存在しないのか。
まずは、本当に満月の日に湖が燃え上がらないのか真実を探るべく次の満月の日の夜にまたその湖に向かった。天気は良好で月も見えている。水面に映る月がまたこの綺麗な雰囲気を掻き立てている。しかし、その水面が燃えたりするなどの変化は無い。時刻は十二時を迎えようとしていた。その時に
「また来ていたのですね」
と神主さんがまた私の後ろに立っていた。
「どうしてあなたは不老不死を手に入れたいのですか?」
私は思わず娘のことを思い出し、泣きそうになったが堪えて、
「私には娘がいます。その娘は今不治の病にかかっています。そんな中見つけたのがこの噂でした。そこにあった一言、どんな病も治るという言葉が私にとっての唯一の希望でした。まだ命を断つには若すぎる。あの子はまだ七歳なんだ。それに、何もせずに死期を待つなんてそんな残酷なこと私にはできない。だから」
とここで私は話すのをやめた。神主さんが泣いていたから。思わず私は神主さんに近づき、ハンカチで涙を拭いた。
「すみません、てっきり私はあなたが他の人のように私利私欲の為に不死の薬を手に入れようとする者だと思っていました」
「謝る必要なんてありませんよ」
神主さんは暫くして心を落ち着かせたのか。軽く息を吸って、
「そんなあなただからこそ見せるべきなのかもしれませんね」
と言った。
私は一度自宅に戻った。神主さん曰く、来月の満月の日の夜十二時前にもう一度神社に来るようにとのことだった。何か準備でも必要なのだろうか。彼女は嘘をついていたのだ。理由はわからない。だが、私と同じように不死の薬を求めた者がそれの代償を気にも止めずに手に入れる姿を見たくないのではないか、私はそう思った。代償は何かそれは未だに謎だ。ただ今わかっていることは不死の薬は存在しているということだ。今はそれだけでいい。私は次の満月の日まで娘の看護をして待った。
ちょうど一ヶ月が経った。私は水を持っていく為の大きめの水筒をいくつか持ち神社に向かった。この一ヶ月の間、私の生活は娘の病が治るという希望と不死の薬が娘にどんな代償を払わせるかという不安でいっぱいだった。今日で全てがわかるかもしれない。そう考えているうちに神社に着いた。現在時刻は午後九時頃だ。少し早すぎただろうか。と思ったら神主さんが既に待っていた。顔をよく見ると目の下にくまができている。準備に疲れたのだろうか?
「少し早かったでしょうか?」
と聞くと彼女は首を横に振って
「そんなことはありません。それより、ここに来たということは全てを知る覚悟が出来ているということでいいのですね?」
私は頷き小さな声ではいと言った。そう言うと彼女は私を本殿の裏に連れてきた。周りは木で覆われていて、草に隠れて気づかなかったが、地下に繋がる階段があった。作りは意外としっかりしていて、軽い地震程度では壊れないような感じだった。そして、私たちは一つの扉の前に立った。
「今更ですがこれが最後の忠告です。今から見るものは薬を飲んだ者の末路です。もし見る覚悟がなければ、もうこのことには関わらないで下さい。そして、見た場合はこのことを誰にも言わないでください」
私はひと呼吸して、
「はい、覚悟は出来ています」
と言った。そして、彼女はゆっくりとその扉を開けた。
聞こえてきたのは人の声だった
声は声でも産声だったが
部屋を見るとそこには赤子がいた
それも何十人何百人もの赤子が
おぎゃあおぎゃあと泣いていた
その声はどこまでも重なり
不協和音となって私を襲った
そして彼女は扉を閉めた
私は彼女が何も言わなくてもわかった。そこにいた赤子達はみんな不死の薬を飲んだ者だと、つまり、薬を飲めば飲んだ者が赤子になる。これがこの不死の薬の代償だったのだ。資料にあった「終と始永遠に失う」とはこの事だったのだ。神主さんは何か話していたのだが、私は気が動転していて、何も聞いていなかった。
二時間程経った頃だろうか。私はようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。そして最初にはなった言葉が
「私の娘もあの薬を飲めばああなるのでしょうか」
「そうなるでしょうね」
「そんな」
私の中で不安が絶望に変わった。娘をそんな姿にしてまで生かしたくはない。本当に彼女を救う手段を失ってしまったのだ。
「あなたはずっとここにいる赤子たちを見守ってきたのですか?」
「はい」
「過去も未来も無いのですよ。何故見放さないのです?」
「過去も未来も失ったからです」
一瞬彼女が言いたいことがわからなかった。神主さんは先程の言葉の続きを付け加えるかのように、
「過去も未来も失ったから、表の世界で生きていくことが出来なくなったから、こうして私が見守っているのです」
と言った。その時の彼女の目は泣いてはいなかったものの光って見えた。
「約束守ってもらえますか?」
「はい、ですがその代わりに一つお願いしたいことがあります」
「何ですか?」
「不死の薬を見せてもらいたいのです」
「そ、それは!」
「誰にも言いません! 飲んだりもしません! ただ、私の娘をあんなふうにする薬の姿を目に刻み込んでおきたいのです」
「私はあなたを信じます。いいでしょう、もうすぐ見られるはずなので来てください」
わたしと神主さんは階段を上って、湖に向かった。そして、時刻は午前○時となった。その時だ。
月が満ちて淡い光を放った
その光が湖に到達したかと思えば
湖が透明な炎に包まれたのだ
湖から放たれる溢れんばかりのエネルギー
そうこれが不死の源
永遠を得て終と始を失うもの
何も知らなければ誰もが魅了されるだろう
だがその真実を知る者にとっては
只々恐怖でしかないのだ
その後、私は約束通りこの経験を一生心の中に閉まっておいた。もうあの場所に行くこともないだろう。そして、娘との短い時間を大切に過ごした。そのおかげか娘は余命の半年よりも二ヶ月ほど長生きしてこの世を去った。
不老不死。
人の時間を無限にするそれは同時に大きな代償を伴うもの。今の私は望まない。そして、そんなもの誰にも求めさせたくない。人の時間は有限であるからこそ意味があるものとなる。無限は人を人でなしにする。それでもあなたは不老不死に、人でなしになりたいですか?
誰もが一度は手にしてみたいと思ったことはあるだろう。それが今もし一人の人間に与えられるとしたら、私は娘に与えてやりたいと思う。自分ではないのか?今までの私であればそうしていただろう。しかし、今は事情が違う。娘は今病を患っている。しかも、現代医学ではまだ治療法がない。放っておけば死に至る病らしい。さらに、どれだけ頑張っても余命は長くて半年らしい。それを知った日は何もしなかった。いや、出来なかったと言うべきか。只々、娘はもうすぐ死んでしまうのだという事実が悔しくて仕方がなかった。
娘の余命申告から一週間ほど経った頃。私は娘の病を治したい一心で治療法を調べまわった。しかしどこの病院もどの資料にも治療法は無いとあるばかりだった。……ある一つの資料を除いて。この資料にはこの病に関することは一切明記されていない。あるのは噂話に関することのみである。その噂の中に不老不死に関するものがあった。その資料の一部には、
不死の薬天より授かりこの地に眠る
不死の薬月満時炎を纏い燃え上がる
薬口に含みし者は永久を手に入れる
薬口に含みし者は終と始永久に失う
薬口に含みし者は如何なる病も治る
とある。その資料の中には所々奇怪なことが書いてあるし、にわかには信じがたいが今はこれしか望みはないだろう。早速私はこの噂についての情報を掘り返してみた。
翌日、私はその資料にあったとある神社に向かった。資料でいうとここが不死の薬がある場所らしい。辺りは自然豊かで大きな湖があってとても綺麗な場所と言えよう。湖の水は全く濁り気がなく澄んでいて、見ていて不思議と懐かしい気持ちになった。私は水面に触れようとした。その瞬間、
「その水は飲めませんよ」
といきなり声をかけられた。振り返るとそこには神主だろうか、とりあえず神社の人には間違いないだろう綺麗な女性がいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……あっいや別に飲もうとしたわけではないですよ」
そう言うと彼女はクスリと笑い、
「いえ、この水を飲もうとする人が結構いますので念の為に声かけただけですので」
「それはこの水が不死の薬と言われているからですか?」
彼女は少し間を空けた後「はい」と言った。驚くかと思ったら案外すんなりと答えたのでむしろこちらが驚いてしまった。
「もしかしたらその事で話があるのではないですか?」
ますます驚いた。まるで心を見透かされたかのような心境だ。
「詳しく聞かせてくださいますか?」
その後彼女は立ち話もなんですからと言い応接間に案内してくれた。暫くすると彼女はお茶を持ってきてくれて、
「さて、何から話しましょうか?」
と言った。
私は聞けるだけのことを聞いた。この資料が何か知っているか、不死の薬は実在するか、あの湖が不死の薬と呼ばれる理由はなにか、ついで程度に彼女は何者なのかも、他にもたくさんのことを聞いた。
「そうですね……まず話す前に竹取物語はご存知ですよね?」
「かぐや姫の話ですよね?最後に不死の薬を飲んでそれを渡して月に帰っていくっていう」
「はい、結局はその薬を誰も飲まずに富士山に捨てたとあるのですが、実は捨てた場所がここっていう説があるのです。最後に捨てに行った者たちが富士山の山頂ではなくここの湖に捨てた、理由は分かりません。面倒だったからかもしれないし、うっかり落としてしまったからなのかもしれない、それとも何か特別な理由があったからかもしれない、まぁ竹取物語そのものがフィクションですし、飽くまで一節ですから何とも言えませんがそう言われている為この湖は不死の薬……いや不死の湖と言うべきでしょうか、そう呼ばれています。もしかしたら水がきれいなのは不死の薬のせいなのかもしれませんね」
彼女はこの資料については何も知らない様子だった。だからこの資料にあることは本当かどうか分からなかった。満月の夜に湖が燃え上がることもないと言っていた。満月の夜っていうことだけでは何も起こらないのかもしれない。彼女自身もこの噂はあまり信じていないらしい。それはそうだ、不老不死なんて実際は存在してはいけないのだから。そんなことを信じようとしている私は精神的にも病んでいるのかもしれない。因みに、彼女は私の予想通り神主だったらしい。暫くして私は帰宅した。そして、改めて竹取物語についても含めて調べ直した。竹取物語も同様、不死の薬についての記載がある。先程話したことの他に竹取物語の不死の薬には飲めば今までの記憶を失うというものがある。もしかしたらここでの不死の薬にも何か代償があるかもしれない。しかし、それは飲んでみなければわからない。これについてはもう情報は必要ないだろう。次に今回の不死の薬がどうしたらその力を発揮するのかである。実は神社を離れたあとしばらくした後、戻って少しだけ湖の水を飲んだのだが、不味いし飲めたものではなかったし、体にも全く異変が無かったのだ。満月以外にも何か条件が必要なのか。それとも、神主さんが嘘をついているのか。または、本当に不死の薬は存在しないのか。
まずは、本当に満月の日に湖が燃え上がらないのか真実を探るべく次の満月の日の夜にまたその湖に向かった。天気は良好で月も見えている。水面に映る月がまたこの綺麗な雰囲気を掻き立てている。しかし、その水面が燃えたりするなどの変化は無い。時刻は十二時を迎えようとしていた。その時に
「また来ていたのですね」
と神主さんがまた私の後ろに立っていた。
「どうしてあなたは不老不死を手に入れたいのですか?」
私は思わず娘のことを思い出し、泣きそうになったが堪えて、
「私には娘がいます。その娘は今不治の病にかかっています。そんな中見つけたのがこの噂でした。そこにあった一言、どんな病も治るという言葉が私にとっての唯一の希望でした。まだ命を断つには若すぎる。あの子はまだ七歳なんだ。それに、何もせずに死期を待つなんてそんな残酷なこと私にはできない。だから」
とここで私は話すのをやめた。神主さんが泣いていたから。思わず私は神主さんに近づき、ハンカチで涙を拭いた。
「すみません、てっきり私はあなたが他の人のように私利私欲の為に不死の薬を手に入れようとする者だと思っていました」
「謝る必要なんてありませんよ」
神主さんは暫くして心を落ち着かせたのか。軽く息を吸って、
「そんなあなただからこそ見せるべきなのかもしれませんね」
と言った。
私は一度自宅に戻った。神主さん曰く、来月の満月の日の夜十二時前にもう一度神社に来るようにとのことだった。何か準備でも必要なのだろうか。彼女は嘘をついていたのだ。理由はわからない。だが、私と同じように不死の薬を求めた者がそれの代償を気にも止めずに手に入れる姿を見たくないのではないか、私はそう思った。代償は何かそれは未だに謎だ。ただ今わかっていることは不死の薬は存在しているということだ。今はそれだけでいい。私は次の満月の日まで娘の看護をして待った。
ちょうど一ヶ月が経った。私は水を持っていく為の大きめの水筒をいくつか持ち神社に向かった。この一ヶ月の間、私の生活は娘の病が治るという希望と不死の薬が娘にどんな代償を払わせるかという不安でいっぱいだった。今日で全てがわかるかもしれない。そう考えているうちに神社に着いた。現在時刻は午後九時頃だ。少し早すぎただろうか。と思ったら神主さんが既に待っていた。顔をよく見ると目の下にくまができている。準備に疲れたのだろうか?
「少し早かったでしょうか?」
と聞くと彼女は首を横に振って
「そんなことはありません。それより、ここに来たということは全てを知る覚悟が出来ているということでいいのですね?」
私は頷き小さな声ではいと言った。そう言うと彼女は私を本殿の裏に連れてきた。周りは木で覆われていて、草に隠れて気づかなかったが、地下に繋がる階段があった。作りは意外としっかりしていて、軽い地震程度では壊れないような感じだった。そして、私たちは一つの扉の前に立った。
「今更ですがこれが最後の忠告です。今から見るものは薬を飲んだ者の末路です。もし見る覚悟がなければ、もうこのことには関わらないで下さい。そして、見た場合はこのことを誰にも言わないでください」
私はひと呼吸して、
「はい、覚悟は出来ています」
と言った。そして、彼女はゆっくりとその扉を開けた。
聞こえてきたのは人の声だった
声は声でも産声だったが
部屋を見るとそこには赤子がいた
それも何十人何百人もの赤子が
おぎゃあおぎゃあと泣いていた
その声はどこまでも重なり
不協和音となって私を襲った
そして彼女は扉を閉めた
私は彼女が何も言わなくてもわかった。そこにいた赤子達はみんな不死の薬を飲んだ者だと、つまり、薬を飲めば飲んだ者が赤子になる。これがこの不死の薬の代償だったのだ。資料にあった「終と始永遠に失う」とはこの事だったのだ。神主さんは何か話していたのだが、私は気が動転していて、何も聞いていなかった。
二時間程経った頃だろうか。私はようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。そして最初にはなった言葉が
「私の娘もあの薬を飲めばああなるのでしょうか」
「そうなるでしょうね」
「そんな」
私の中で不安が絶望に変わった。娘をそんな姿にしてまで生かしたくはない。本当に彼女を救う手段を失ってしまったのだ。
「あなたはずっとここにいる赤子たちを見守ってきたのですか?」
「はい」
「過去も未来も無いのですよ。何故見放さないのです?」
「過去も未来も失ったからです」
一瞬彼女が言いたいことがわからなかった。神主さんは先程の言葉の続きを付け加えるかのように、
「過去も未来も失ったから、表の世界で生きていくことが出来なくなったから、こうして私が見守っているのです」
と言った。その時の彼女の目は泣いてはいなかったものの光って見えた。
「約束守ってもらえますか?」
「はい、ですがその代わりに一つお願いしたいことがあります」
「何ですか?」
「不死の薬を見せてもらいたいのです」
「そ、それは!」
「誰にも言いません! 飲んだりもしません! ただ、私の娘をあんなふうにする薬の姿を目に刻み込んでおきたいのです」
「私はあなたを信じます。いいでしょう、もうすぐ見られるはずなので来てください」
わたしと神主さんは階段を上って、湖に向かった。そして、時刻は午前○時となった。その時だ。
月が満ちて淡い光を放った
その光が湖に到達したかと思えば
湖が透明な炎に包まれたのだ
湖から放たれる溢れんばかりのエネルギー
そうこれが不死の源
永遠を得て終と始を失うもの
何も知らなければ誰もが魅了されるだろう
だがその真実を知る者にとっては
只々恐怖でしかないのだ
その後、私は約束通りこの経験を一生心の中に閉まっておいた。もうあの場所に行くこともないだろう。そして、娘との短い時間を大切に過ごした。そのおかげか娘は余命の半年よりも二ヶ月ほど長生きしてこの世を去った。
不老不死。
人の時間を無限にするそれは同時に大きな代償を伴うもの。今の私は望まない。そして、そんなもの誰にも求めさせたくない。人の時間は有限であるからこそ意味があるものとなる。無限は人を人でなしにする。それでもあなたは不老不死に、人でなしになりたいですか?
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
地獄の上司
マーベル4
ホラー
美希25歳は新しい就職先が決まりなんとなくホッとしていたが
一つ気になることがあった
短期間でやめてしまう人が多いということだった
美希が思っていたことはそうかるいことではなかった
「まさか上司しなわけないか」とつぶきやく
美希は前の職場で上司に悪口やなんとなく合わなかった
のでやめたのだ
そのせいか上司との関係にトラウマができてしまった
その原因がわかるにつれ美希は残酷な被害に襲われる
一体なにが原因なのか...
次は私の番なのかもしれない
怖いのはお化けてはなく人間
人間関係の怖さを描いた短編ホラー小説
【1分で読めるショートショート】ゾクッとする話
しょしお
ホラー
日常に潜むちょっと怖い話です。暇つぶしにどうぞ。不定期ですが、少しずつ更新していきます。
中には1分で読めないもの、ジョークものありますがご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる