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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

11 男のエゴ

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◆◆◆◆◆

 バルナバーシュは濃墨たちを追いかけていった養子を追いつく直前で捕まえると、自宅の部屋まで連行した。
 これまでもレネの家出で痛い目に遭ってきたので、同じ過ちを繰り返すことはしなかった。
 そうこうしている内に勤務時間が終わってしまい、ルカに任せっきり出て来たことを思い出し、部屋の扉を叩いてみるが返事はない。

(もうこっちに戻って来ている時間だが……?)

 もうすぐ夕食の時間なので食堂に降りてみると、使用人夫婦がテーブルを整えている最中だった。
 
「ルカーシュを見かけなかったか?」
 
「えっ……団長は聞いていませんか? 先ほど急用ができたので夕食はいらないって仰ってましたよ」
 
 妻の方が驚いた顔をしてバルナバーシュを見る。

「あーーそういえば、そんなこと言ってたな……」
 
 これ以上驚かせるわけにはいかないので、忘れていた振りをして話を合わせた。

 どういうことだ……仕事がらみだったら絶対書置きか伝言があるはずだ。

 いったいなにがあった!?


 嫌な予感がして、急いで厩舎に向かい、バルナバーシュはルカの愛馬の姿を探す。

「キュイーーーーーン!」
 
 厩舎内に一歩足を踏み入れただけで、甲高い警告音が発せられる。
 ルーニャだ。

 こいつだけはバルナバーシュがルカをどういう目で見ているか知っている。
 だから全力で、バルナバーシュのことを嫌っている。
 
「お前、なんだその顔は、前から見たら耳が無くなってるじゃねえか、ただでさえ不細工なのに」
 
 馬は威嚇する時、耳を後ろに倒す。これは相当怒っている証拠だ。

 ルーニャはここの馬たちの中で一頭だけ姿形が悪く、性格もひねくれている。
 だがそんなルーニャにルカは惜しみなく愛情を注いでいた。
 そしてルーニャもルカにだけ心を開いており、近くを通るだけでも情けない声をあげて甘えるのだ。

 バルナバーシュはそんなルーニャをいつも冷たい目で睨む。
 ルーニャも鼻息を荒くし、バルナバーシュを威嚇する。
 
「お前を置いて行ってるってことは、遠くには行ってないな」
 
 バルナバーシュはルカが、この馬と自分の境遇を重ねているのを知っている。
 そんな馬を残して、姿を消すわけがない。


 ドロステアに来てから、ルカは抑圧された生活を強いられていた。
 バルナバーシュも可哀想だなとは思っている。
 でもそうさせているのは、バルナバーシュ本人だ。

 ルカは人目を惹く美しい青年だ。
 あの不思議な瞳に一度魅入られたら抜け出せなくなる。

 半分流れる血のせいか、時の流れるのが他の人よりも遅い。
 もうすぐ三十五になる今でも、二十代の美青年にしか見えない。
 そんなルカを、バルナバーシュは他の男たちの前に晒したくはなかった。

 だからバルナバーシュは、団員たちの前に出る時は地味な年相応の男になるよう、ルカに顔を変えさせた。
 そこまでしても本当は気が気ではなった。

 普段はサーコートで隠れているが、華奢な身体つきにツンと上を向いた極上の尻を持っている。
 女のように強い主張はしないが、同性に全く興味のない男でも「あれ……?」と気の迷いを起こさせるほどには悩ましい。
 あの尻が、他の団員たちに知れてしまうことがないようにと、用事がなければ四六時中一緒にいて、いつも細心の注意を払っている。

 サーコートが捲れる危険のある鍛練なんて、絶対参加させない。
 それにルカの剣の腕を知ったら、団員たちがルカに相手をしてくれと詰めかけるに決まっている。
 実際、団長代行を務めている時は、毎朝ルカに相手をしてもらおうと、バルナバーシュが団長の時はありえないほど大勢の団員たちが鍛練場に集まっていた。

 絶対あの中には不埒な気持ちを抱いていた輩がいると、バルナバーシュは確信している。
 顔の皮一枚細工しただけでは、ルカの魅力は隠しきれない。

 だから自分が団長に戻って来てからも、『副団長と手合わせをお願いしたい』と頼みに詰めかけた団員たちを見て、バルナバーシュは大いに機嫌を損ねたのだ。

 それにもう一つ、バルナバーシュの心配なことがある。

 ルカの男漁りだ。

 どうしてそうなったか経緯は理解しているつもりだ。
 ルカは昔、拷問を受けその時に男たちから犯された。
 それ以来、男に自ら抱かれ、心のバランスを保っている。
 たぶん、記憶を塗り替える必要があるのだ。

 とても困ったことに、バルナバーシュはその役になれない。
 というのも、ルカが選ぶ相手は自分よりも弱い男限定だからだ。

 そしてこれも困ったことに、腕利きの団員が集まるリーパ護衛団の中でさえも、誰もルカに敵う男などいない。
 全てルカの獲物になってしまう。
 だからといって、目の届く場所で男漁りされたならば、バルナバーシュは耐えられない。
 もしかしたら相手の男を殺してしまうかもしれない。

 ルカをリーパ護衛団に入団させるにあたって、団の中で男漁りができないように、バルナバーシュは脳味噌の筋肉を一生懸命使い策を捻りだした。

 そして、苦肉の策が、【リーパ護衛団十ヶ条の掟】だ。

一、団長への絶対服従
二、団への忠誠
三、時間の厳守
四、団員同士での暴力を伴う喧嘩の禁止
五、団員同士での決闘の禁止
六、団員同士での金銭の貸し借り禁止
七、団員同士での金銭を伴う賭け事の禁止
八、団員同士での不純性行為の禁止
九、本部での飲酒の禁止
十、敷地内での動物の飼育禁止

 八条と十条以外は全てダミーといっても過言ではない。
 因みに十条は、ルカには野良猫や野良犬に餌を与える悪い癖があるからだ。
 仕事で使う馬は例外で十条には当てはまらないが、まさかルーニャのような馬が現れるとは、この時は想像もしていなかった。

 草原を自由に駆け回って育ったルカにとっては、ここはさぞかし暮らしにくい環境だろう。

 逃げようと思えばいつでも逃げられるのに、ルカは嫌われ役を自ら買って副団長の務めを見事にこなしていた。
 その仕事ぶりがあまりにも完璧で、バルナバーシュはその上に胡坐をかいていた。


 そして今日……遂にルカは姿をくらませた。


 といっても、だいたいどこにいるかは想像がつく。
 人間、抑圧された環境から抜け出す時は、一番やってはいけないことをやるものだ。


 バルナバーシュは愛馬の『チェルナ』に跨り、歓楽街へと向かう。
 それも男娼街と呼ばれる通りへと。

 そこは異様な雰囲気で、派手に着飾った男たちが次から次へとバルナバーシュに声をかけて来る。
 四十五になった今でも、男女関係なくバルナバーシュはモテた。

 一口に男娼といっても、多種多様だ。
 男色家すべてが、女のような美しさを相手に求めてはいない。
 なんのために男同士で身体を繋げるのか……この意味は深い。

 だから目の前に、綺麗に化粧をしているのに髭が生えている男がいても、女装をして胸元から胸毛がはみ出している男がいたとしても驚いてはいけない。
 男とは元来毛深い生き物なのだ。
 嫌なら、こんな所に来ないで、隣の通りで女を抱けばいい。

 だが、男娼街と呼ばれるこの通りでも、根っからの男色家よりも両刀使いの方が多数派だ。
 そんな客の大抵は純粋に美しい男を求める。
 売る方もその需要を見越してか、男娼たちも見目美しい者たちが多かった。
 
 バルナバーシュに声をかけてくる男娼の中にも、美しい者たちはいた。
 しかしどんなに美しく飾り立てていても、同じ屋根の下で暮らす長年の腹心と、養子の美しさに敵う者はいなかった。
 そういう意味では、バルナバーシュの目は非常に肥えていた。

 何軒か飲み屋を探してみたが、未だに尋ね人は見つからない。

 通りの端にある、一軒の寂れた店の扉を開けた時、やっと目的の人物を見つけた。
 カウンターに座るピッタリとした皮のパンツに包まれた性別不明の尻を見ただけで、すぐに気付いた。
 上に視線を上げると、薄茶の三つ編みが背中に揺れている。

(——間違いない)

 隣にはルカの細腰に手を回す男の姿があった。
 思わず怒鳴り散らしそうになったが、そこはグッと堪えて、気配を消して二人の背後に近付く。

「へえ偶然だな……」
 
「ねえ、俺たち捨てられた者同士で慰め合わない?」
 
 腰に回っていた男の手が魅惑の尻へと移動していく。

「でも俺……今夜は酷く抱かれたいんだ……バルはそんな趣味ある?」
 
 とんでもない会話の中でも、特に聞き捨てならない単語があった。

(バルだと……!?)
 
 リーパ護衛団の中に、自分と同じ愛称を持った団員が一人いる。

(まさか……)

「——こんな美青年を虐げていいなんて……ご褒美でしかないよ。本当にいいの?」

 聞き覚えのある声だ。
 間違いない。

(——よりにもよって、こいつと……)
 
 バルナバーシュは、怒りで目の前が真っ赤に染まった。



「駄目に決まってんだろ——人のもんに手ぇ出すんじゃねえよ!」





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