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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです
9 失言
しおりを挟む滞在中、久しぶりに再会した傭兵仲間たちは毎朝団員たちを鍛えていた。
しかしゲルトは仕事の関係で二日前に帰ってしまい、濃墨も明日の早朝に出発することになった。
楽しい時間はあっという間に終わってしまう。
今回の滞在期間に、濃墨はまだ年若い団員の一人を自分の弟子にすることを決めた。
ルカーシュとレネの鍛練の様子も見ていたし、きっとなにか思う所があったのだろう。
自国である千歳で内乱が起り、以前世話になった藩主へ加勢するため、濃墨は急遽帰国を余儀なくされた。
戦場となれば、どんなに腕に自信があろうともいつなにが起こるかわからない。
もしかしたら、これが最期の別れになるかもしれないと、その夜ルカは、濃墨が滞在する部屋を訪ねる。
「戦は大変だな……」
部屋に行ったのはいいが、二人っきりでなにを喋っていいかわからず、頭に浮かんできたことをそのまま言葉にする。
自分の部屋より少し狭いソファーに座って、荷造りの済んだ荷物に目を向ける。
「どうせ人を斬ることしか能がないんだ。だからせめて世話になった人を助けたい」
濃墨はいかにも彼らしいことを言って、慣れた仕草で煙管に火を点ける。
「あんたらしい言葉だな」
ついでに火を分けてもらいルカもクローブ煙草を一吸いし、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「お前はどうなんだ? 今は幸せか?」
(幸せ……?)
思わぬ言葉を投げかけられ、ルカは目を見開いたまま言葉に詰まった。
「——そんな顔するな……このまま攫って行っちまいたくなるだろうが……」
目の前にある黒い瞳が一瞬揺らいだのをルカは見逃さなかった。
以前から気付いていた。
濃墨が自分に気があることに。
(だめだ……迷わせたら……)
戦場に行く男に、心の迷いが少しでも生まれたら、それはすぐさま死に繋がる。
「幸せに決まってるだろ。俺はバルと一緒に生きていくって決めたんだ」
言い切ったつもりだが、ルカはまるで自分に言い聞かせるような言い方になっていた。
「本当か? お前バルにまだ抱かれてないんだろ。本当にそれで満足なのか?」
この男は自分の中のぐずぐずと乾くことのない傷を抉って来る。
「俺とバルはそんな関係じゃねえよ。あいつは女好きだし……俺だって……別に……」
そう……元から自分たちが結ばれることなど、あり得ないのだ。
言葉に出してみてその可能性の低さに「ハハッ」と乾いた笑いが漏れる。
「——自分より強い男に抱かれるのが怖いのか?」
「え……」
表ばかりを防衛していたら、心の裏側からいきなり攻めて来られ、ルカはまともに反応することもできない。
「男漁りしてる奴が、どうしてずっと目の前の男に手を出さない? 原因はお前にもあるんだよ」
「——俺……?」
「おい、なに呆けてんだよ。ここは俺に手裏剣飛ばす場面だろ? せっかくあんな重いのを抱えてきたってのに……ちゃんと使え」
(あっ……そうか……)
濃墨から指摘されて、なにもしてないことに気付く。
ルカはそれだけ動揺していた。
「お願いだから俺の前でそんな隙を見せるな……」
唸るように言ったかと思うと、ルカは抱きしめられていた。
(——駄目だ……)
顎を取られ口付けをされる寸前に、手のひらで阻止する。
明日去って行く男に未練を残させたらいけない。
「それは好きじゃないんだ。下ならいくらでもしゃぶってやるぜ?」
わざと下品なことを言って肉厚な自分の唇を思わせぶりに舐めると、朴直な男は顔を真っ赤に染めた。
「その調子だ」
だが、ちゃんとルカの牽制を理解してくれたようだ。
そのままぼすっと頭を叩くと、濃墨はその感触と楽しむかのように薄茶の長い髪を梳く。
(もう大丈夫……)
「あんた……ちゃんと生き残れよ」
そう言って濃墨を抱きしめ、自分とは違う煙草の匂いを、ルカは肺一杯に吸い込んだ。
この存在を忘れないように……匂いを思い出すことで、いつでも心の中に濃墨を召喚できるように。
千歳国の武士は、常に自分の命に見合った死に場所を求めている。
しぶとく生き延びてきたルカには、その潔い美学を理解できない。
ルカの背中にゆっくりと手が回され、しばらく二人は抱き合っていた。
早朝、濃墨と弟子として一緒に行く団員を見送りに、バルナバーシュとルカーシュは街道沿いまで一緒に来ていた。
他にも見送りに来た団員たちの姿があった。
しかしそこにはレネの姿はない。
濃墨が弟子として連れて行く団員は、レネが拾ってきた少年だ。
きっと最後の最後に喧嘩でもしたのだろう。
(あいつはわかってない……)
剣を持つ者は、今生の別れがいつもすぐそこにあることを……。
「濃墨、こいつをよろしく頼む。それとお前も達者でな。これは俺からの餞別だ」
バルナバーシュは濃墨に包みを渡す。
ズシリと重みのあるそれに濃墨は目を見開く。
「こんな……受け取るわけには……」
「一人旅じゃないんだ遠慮なく持ってけよ。あっちではなにかと入用だろ」
ルカは中身を見なくとなにが入っているか察する。
団員を一人預けるからという理由もあるかもしれないが、そうでなくともこの男は濃墨に同じだけの餞別を渡した。
バルナバーシュという男はそういう男だ。
「——かたじけない」
「二人とも、生きてここに戻って来い」
戦場を知る男の一言は重い。
「ああ。また逢おう」
そう言ってバルナバーシュと抱き合った後、濃墨はルカの方を見つめた。
「ルカ……元気でな」
「ああ濃墨も」
ルカも同じように抱き合うと、覚悟を決めた男の黒い瞳と目を合わせ、胸を撫で下す。
(よかった……危うく俺が足を引っ張るところだった)
その背中が小さくなるまで、バルナバーシュとルカは二人の背中を見送っていた。
そしてバルナバーシュはルカを一瞥し、だがすぐに視線を逸らしてこう言った。
「——後を追わなくていいのか? 今ならまだ間にあうぞ?」
「……は?」
背筋が凍った。
コノオトコハ、ナニヲイッテイル?
「いや……なんでもない。それより早く戻るぞ」
自嘲気味に口を歪めると、バルナバーシュは本部のあるメストの街中へと踵を返す。
だが、バルナバーシュが歩きだしても、ルカはしばらくその場を動けないでいた。
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