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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

8 昔の仲間たち

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 十数年ぶりに、オゼロで出逢った仲間に再会した。
 あの頃は、よく四人でつるんでいた。ゲルトはドロステアにいるのでちょくちょく顔を合わせる機会があるのだが、もう一人の濃墨は大戦の時以来だ。
 

 私邸の一階で久しぶりに賑やかな夕食を済ませると、バルナバーシュの部屋に移動して、気の置けない仲間たちとの飲み会になった。

 副団長の顔のまま飲むのもどうかと思ったので、ルカは一人風呂に入って素顔に戻ってから、バルナバーシュの部屋へと向かう。
 久しぶりに会う濃墨は、十数年経ってもあまり年齢を重ねていないルカの姿を目の当たりにして驚きを隠せないでいる。
 みな四十半ばのいいオヤジに年を重ねている中、ルカだけが……多く見積もっても二十代後半の青年の姿をしていた。

「みんなおっさんになったな……と執務室では思ってたんだけどな……」
 
 濃墨がルカの方を見ながら含んだ物言いをする。
 
(面倒臭ぇな……)

「噂は本当だったってことさ」
 
 濃墨が話を続ける前に一言発すると、ルカーシュは視線を合わすことなく髪を三編みに編み込んでいく。

「そんなことより、千歳の情勢はどうなんだよ」

 ルカの態度を見て、この話題を続けたくはないと察したバルナバーシュが助け舟を出して話題を逸らした。
 脳筋にぶちん男は、稀に抜群の察しの良さを発揮する。

 年を追う毎に時の流れがゆっくりになってきているような気がする。
 だが、周りに同じ境遇の者がいないので、これからさき自分がどのように変化していくのか全くわからなかった。
 もうルカの外見は、年の割には若く見えるだけでは言いわけができなくなってきている。
 バルナバーシュが団員たちに素顔を隠させたのは、正解だったかもしれない。


 それぞれの近況を伝えあうと、十数年前に戻ったかのように、和やかな空気が包む。

 十数年前、帝国軍と戦うオケアの最前線、バルナバーシュと他二人も傭兵としてこの戦いに参加していた。
 ルカはそこで三人と最悪とも言っていいとんでもない出逢い方をする。

 話すと長くなるので割愛するが、ルカは一緒に戦っていく内にその三人と切っても切れない仲になった。
 命を救ってもらったと言っても過言ではない。
 
 この三人、傭兵としての腕も一級品だが、アクの方も強かった。
 バルナバーシュは言うまでもないが、他の二人もなかなかのものだ。

「ねえルカちゃん聞いてよ、うちの嫁がその髭の形は気持ち悪いからやめろって言うのよ!」
 
 ゲルトは以前まで口髭と顎髭だけだったが、今はもみあげと顎髭を細いラインで繋げて整えている。
 それがどうも嫁に不評のようだ。

「あんたの喋り方とその髭じゃ男色家にしか見えねえし、それが嫌なんじゃないのか?」
 
 ルカは正直に感想を口にする。
 
「え……そんな……アタシは至ってノーマルよ!」
 
 ゲルトはこの言葉遣いで誤解されがちだが、妻もいるし子供も二人いる。

「いやいや、そうにしか見えねえって。あんな怖いかみさんでも結婚してもらえただけでも幸せと思えよ」
 
 バルナバーシュまでルカの加勢に入る。
 
「酷いわっ! みんなしてアタシを苛めて……でもこの中では唯一の既婚者なんだから、勝ち組よっ!」

 そんな勝利宣言をされたら、他の三人は押し黙るしかない。
 

「ほら、土産だ」
 
 どこか死神じみた顔の男が、ルカの座るテーブルの上に紐で束ねられた大量の手裏剣を置く。

「あっ……!?」
 
 欲しかったものを目の前に出され、思わずルカは目を輝かせる。
 
「とりあえず持って来たのはこれだけだ。必要なら後で送ってやる」

 千歳人の濃墨は十数年前、自国の密偵が使う武器の使い方を色々と教えてくれた。
 両手剣だが、コジャーツ族の剣と形が似ている刀の扱いも教わった。
 そんな千歳国の武器の中でも、ルカは使い勝手のよい手裏剣を気に入って、濃墨から譲ってもらっていたのだが、この数年でかなりの数が失われてしまった。

「嬉しいな! 最近数が減って来たからなるべく使わないでナイフで我慢してたんだ」
 
 気の利いた土産に、ルカはすっかり上機嫌になっていた。
 
「おいおい、そんな物騒なものそいつに渡すなよ。見てみろ……そこの柱、穴ぼこだらけになってるだろ」
 
「そうよ、照れただけでナイフ投げて来るんだから」
 
 よくルカの被害にあっているバルナバーシュとゲルトは、凶器の提供をする濃墨に苦言を呈する。

「毒でも塗ってない限り手裏剣じゃ人は殺せんだろ? それともお前たちは眉間を狙われるくらい身体が鈍ってるのか?」
 
 至極まじめな顔をして濃墨はそんな二人の顔を見る。

「話が通じないのがここにも一人いたわ……」
 
 ゲルトが呆れて濃墨を見返す。
 
「お前は昔からそういう奴だったよな……」
 
 バルナバーシュが昔を思い出したかのように苦笑いした。


「そうだ、ルカちゃんアタシもお土産渡さなきゃ」

(——もしかして)
 
 ルカがそう思った時はすでに遅く、ゲルトによって色とりどりのレースのショーツが机の上に並べられた。

「…………」
「…………」
 
 バルナバーシュと濃墨は言葉を失いそれを凝視する。

「今回も力作ぞろいよ。中でもイチオシはこれ」
 
 ゲルトは満面の笑顔で、その中の一つをぴらんと摘まみ上げる。
 前方は心許ない逆三角形で、後ろは一輪のバラのモチーフが繊細なレースで編まれており、茎の部分が尻の谷間に消えていくデザインになっている。
 布があるのは股間の部分だけで、尻とウエストの部分はほぼ紐と言っていい。
 
 バルナバーシュは顎に手をあて「収まらんだろ」と、対面に座る濃墨にぼそぼそ話かけている。
 
 ゲルトは趣味で、ルカの下着を作っている。
 ルカが男漁りする悪い癖も知っているので、男を挑発するようなデザインの下着ばかりを作る。

「——これは……まさか……ルカ用なのか?」
 
 今やっと気付いたかのように濃墨がルカの顔とショーツを交互に見比べている。

「なに寝ぼけたこと言ってんのよ。他に誰が穿くのよ? バルやあんたが穿いてるとこなんて見たら、アタシまた勃起不全になる自信があるわ」
 
 誰も「またとは?」と聞き返す勇気のある猛者はいなかった。
 おっさんになってくると、それはとてもとてもデリケートな問題だからだ。

「実際に穿いてるとこ見せてやろうか?」
 
 ここまであけっぴろげに土産を渡されたら、ルカも開き直るしかない。
 シャツの裾を捲り上げ、腰骨のすぐ下に顔を出している蝶結びに指を掛けくるりと捻る。
 いま穿いているのは臙脂色の紐パンで、紐の先には孔雀石でできたビーズが付いている。

「おい、堅物を揶揄うんじゃねえっ!」
 
 バルナバーシュからペシッと頭を叩かれ、ルカは頭を押さえて隣を睨む。さっきもよけいなことを言って頭を叩かれたばかりだ。
 
「いってぇな……このオヤジは冗談も通じねえのかよ……」
 
 団員たちが聞いたら卒倒しそうな言葉を、ルカはバルナバーシュに平気で吐く。

 だが確かに濃墨には少し刺激が強すぎたようだ。先ほどから顔を真っ赤にして固まっていた。
 こんな所は昔から変わらない。

「おい! いつまで、こんなもんをテーブルに広げとくつもりだ、さっさと自分の部屋に持ってけっ! この物騒な土産もなっ! てめえら、土産を選ぶセンスの欠片もねえな……ったく!」
 
 下着もそうだが、手裏剣もいつ飛んで来るかわからないので、バルナバーシュにとっては目障りだったのだろう。

「これだってルカちゃんの狩りの道具なのよ……乱暴者はこれだから……」
 
 呆れた顔をしてゲルトがバルナバーシュを睨む。
 
「心の狭い所は昔から変わらんな……」
 
 濃墨も眉を顰めている。

「ほら、さっさと仕舞って来い」
 
 ルカはバルナバーシュから追いやられ、土産を抱えて一度部屋へと戻った。


 三人になった部屋で濃墨が酒を一口飲むと、真剣な面持ちでバルナバーシュの方を見た。
 
「なんでルカはまだあんなことをやってるんだ?」
 
 あんなこととは男漁りのことだろう。
 
「息抜きだろ。普段はお堅い副団長で通ってるからな」
 
 バルナバーシュの言葉に濃墨は絶句する。

「……お堅い……副団長……?」
 
 本来の姿を知っている濃墨は、現在のルカの様子が想像できないようだ。

「偉いのよあの子。仕事中はバル相手に敬語使って態度崩さないし、文句言いながらもちゃんとレネを弟子として育てて、バルなんかより何倍も忙しそうだわ」
 
「お前最後の一言がよけいなんだよ。でも俺はあいつがいないと団長なんて務まらないのは確かだな」


 ガチャリと扉が開く音がすると、三人はもうそれ以上その話題を続けることはなかった。



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