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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです
5 愛馬まで嫌われ者
しおりを挟む「ルーニャわかったから」
顔に馬具を付けていくだけでも、白地にこげ茶のまだら模様をした愛馬は、喜び興奮した様子でルカーシュの顔にキスを連発してくる。
「いやぁ……何度見ても同じ馬だとは思えねぇな……」
馬丁は呆れた顔でルーニャを見る。
他の厩舎の馬たちもこの態度の変わり様を揶揄っている。
ルカーシュの馬は、気性の荒い馬として団員たちから恐れられていた。
髪を引っ張る、服に噛みつくなど当たり前。
隙あらば蹴ろうとしてくるので、誰も近くに寄ろうとしない。
だが飼い主のルカーシュにはコロリと態度を変える。
ルカーシュにだけは、猫みたいにゴロゴロと甘えて来るのだ。
「団長が来た時なんか、凄い剣幕で威嚇しまくるんですぜ」
苦笑いしながら馬丁が告げる。
そう、ルーニャはバルナバーシュのことを親の仇のように憎んでいた。
なぜだか知らないが、相性が悪いのだろう。
「ルーニャはリーパの中でも団長に歯向かう一番の猛者だからな」
そう愛馬に話しかけながら、首筋を撫でてやると、うっとりと目を細める。
「ははっ、ものは言いようじゃねーですか。ところで今日はどこへ? それにしても大荷物ですね」
馬丁はルカーシュの背負っている楽器でも入っていそうな黒い箱に目を向けた。
他にも荷物をルーニャの背に取り付けていたので、何事だと思ったのだろう。
「やっと肩の荷が下りたんで、少しの間お休みをもらいます」
団長代行の大役を終え、副団長の元鞘に収まったルカーシュは、数日間休みをもらった。
「遠乗りですかい。ルーニャも楽しんで来いよ」
気難しい馬の世話から数日解放されるとわかり、馬丁も嬉しそうだ。
「行ってきます」
王都のメストを出て、ルカーシュは街道を北西へと移動する。
目指すは、街道沿いにある大きな街チェスタだ。
ゆっくり進んでも夕方前には着くはずだ。
「よ~~しルーニャ、少し走ってみるか」
ルーニャは足で合図を送らなくとも、ルカーシュの言葉を聞くだけで、タッカタッカと蹄の心地よい音を響かせて駆け始める。
リーパの厩舎にいる全ての馬は、ルカーシュの生まれ故郷で繁殖させているもので、バルナバーシュの父である先代団長が営む牧場で軍馬としての調教を受けている。
そんな中でもルーニャは暴れ馬として手を焼いて処分される寸前だったものを、ルカーシュが見かねて引き取った。
子供の頃から嫌われ者だったルカーシュは、人間の友達などおらず、動物とばかり一緒に遊んでいた。
なので彼らの気持ちが手に取るようによくわかる。
ルーニャは村で繁殖させている馬たちとは毛色が違う。
一頭だけ冴えないまだら模様だし、農耕馬のように足が太い。
きっと、放牧している内にどっかの農耕馬と血が混じってしまったのだろう。
先代の牧場でも他の馬たちからはぶられていた。
ひねくれた性格の原因はきっとそこから来ているとルカーシュは推測している。
(混血か……)
まるで自分を見ているようで、ルカーシュはその馬に『ルーニャ』という自分の幼い頃の愛称を付けた。
母親だけが呼んでいたその名前。
そんな母親も、ルカーシュが二歳の時に自分を捨ててどこかへ行ってしまった。
こうやって馬に乗っていると、まだなにも知らなかった少年の頃へ戻った気になれる。
馬と一体となって草原を掛け抜けていれば、そのまま空を飛んで母の所まで行けると信じていた。
(俺はこんな異国の地でいったいなにをしているんだろう……)
今でも故郷に帰れば、皆温かく接してくれる。
だがあそこに自分の居場所はもうない。
弟が父の後を立派に継いでいる。
リーパでも自分のことを慕う者など誰もいない。
ここ数日で、ルカーシュの心は疲弊していた。
レネへの愛情を隠さなくなったバルナバーシュを見ているだけで辛かった。
「ルーニャ……このまま一緒にどっか遠くまで行っちまうか……」
首筋を撫でると、ルーニャは応えるかのように高く嘶いた。
思わず口から零れた言葉だが、この馬は本気で逃避行するつもりだ。
主に全権を委ねるその献身が、いつもあと一歩のところでルカーシュをこの地に留まらせる。
こんないい加減なルカーシュに心を開いてしまったこの純粋な生き物がたまらなく愛おしく、そして不憫だった。
(——俺がこんなことじゃダメだ……)
途中にある綺麗な小川でルーニャを休ませ、ルカーシュも草を食む愛馬を眺めながら、干し肉とパンを齧る。
ルカーシュは昔から、腹を空かせて一心不乱に餌を食べる動物を見るのが好きだ。
一生懸命にえさを食べる動物たちは、今だけを生きている感じがした。
「迷うことなくただ無心に生きろ」といわれているようだった。
今だけを生きているものは、どんな姿であれ他を惹きつける引力がある。
ルカーシュは予定通り陽の暮れる前にチェスタへ着くと、下町のごちゃごちゃした通りへルーニャを引きながら歩いて行く。
一軒の民家の敷地に入って裏手にある馬小屋へルーニャを繋ぐ。
「後でお前の好物をあげるから大人しくしてろよ」
中庭の井戸から水を汲み飲ませると、いたわるように鼻筋を撫でた。
そして勝手知ったる我が家のように、家の中へと入って行く。
「なんだい、そのちんけな顔は……」
台所で豆のさやを剥いていた老婆が顔を上げて、ルカーシュの顔を見るなり眉を顰める。
勝手に家に入り込んだことをとがめているのではなく、いつもと違う顔なので驚いているのだ。
「じゃあ、ちょっと風呂貸してよ」
居間に持ってきた荷物を置いて、中から着替えを取り出す。
「飯はどうするんだい?」
「なに作ってんの?」
「すね肉のシチューだよ」
「食べる。あっそうだ、りんごある?」
「また馬鹿馬で来てるのかい。傷物があるからあげとくよ。ほら、あんたは長風呂なんだから暗くなる前にさっさと入っといで」
馬鹿馬と酷いいわれようだが、なぜかルーニャはラウラの前では大人しい。
「じゃあ、よろしく」
家の奥にある風呂場で脱衣所にある鏡の前に立つと、ルカーシュはポーチから取り出した脱脂綿にオリーブオイルを含ませ顔を拭いてゆく。
これはドロステアに来て十数年、『ルカーシュ』を演じる日は毎日行っている行為だ。
ほうれい線が消え、肌色で隠していた唇が鮮やかな朱鷺色に変わる。
そこにはまるで別人のような若い男がいた。
本当の名前はルカだ。
この国へ来た時にバルナバーシュがドロステア風の『ルカーシュ』と新しい名を付けた。
リーパ護衛団の一員として皆の前へ出る前に、バルナバーシュの駄目だしを何度も食らって、あの冴えない顔に毎朝化けることで落ち着いた。
二十歳過ぎてからルカの肉体はゆっくりとしか時を刻まなくなった。
これまであまり深く考えることがなかったが、母の血がそうさせるのだろう。
だから実年齢に見えるよう『ルカーシュ』に化ける時は心掛けている。
今でも『もっとこうした方がいいんじゃないか』とバルナバーシュの駄目だしが入る時もあるが、今のところ上手くいっていた。
鏡に顔を近付け自分の瞳を見る。
水色、群青色、小麦色、赤茶、まるで鉱石のように光の反射で色が変わる。
普段は目を伏せ気味にしているので誰もこの瞳の色に気付かない。
と言うよりも、地味なおっさんの顔なんて誰もまじまじと見つめない。
母は虹色の虹彩を持っていた。
今でも自分を優しく覗き込んで来る美しい瞳を覚えている。
その色の一部をルカが受け継いだ。
浴槽に湯をためて汗を流すと、さっと身体を拭いて、ベルガモットの香りを纏う。
肌の透けて見えそうな薄地の黒いシャツを羽織り、ピッタリとした黒いパンツを穿く。
台所に戻ると、テーブルの上には食事の準備がされていた。
「お前は長風呂なんだよ」
席に着いていた四十過ぎの赤毛の男が、ルカを睨む。
ラウラの息子アランが仕事を終え帰って来ていた。
「待たせた?」
悪びれもなくそういい席に着くと、ルカーシュは食事の邪魔にならないよう解いていた髪を結んだ。
「やっぱりあんたはその格好が似合うよ」
ラウラが戻って来たルカの姿を確認すると、メインのシチューの入った鍋をテーブルの上にドンと据え、それぞれの皿にシチューを注いでゆく。
「いつまでいるんだ?」
パンを齧りながら、アランが目だけをこちらに向ける。
「明後日には戻るよ。休みをもらったから羽を伸ばしに来ただけだし」
「たいがいにしとけよ……」
ルカがなぜこの街に来たのか察したアランは苦い顔をする。
「なに? ヤキモチ焼いてんの?」
わざと茶化すように言ってやる。
「お前な……団長さんの気苦労も察してやれよ……」
ルカは無言で苦言を呈すアランの顔を睨んだ。
「……ご馳走様」
それ以上会話は続かず、ルカーシュはさっさと食事を終えると、自分の食器を流しへと運ぶ。
「今夜はどうするんだい?」
ラウラは懐が深い。
ルカがこの街へ来たら、当然ここに泊っていくものと思っている。
まるで自分の息子のようにルカーシュを扱うので、ついついここに居付いてしまう。
「たぶん遅くなるから閉めといていいよ。適当に入って来るから」
ルカーシュは居間に置いたままにしていた荷物から、黒い箱だけ背負うと、黒いつばの広いハットを被って家の外へと出た。
バタンと閉められた扉を見つめて、ラウラが溜息を吐いて息子を睨んだ。
「あんたねぇ……思いつめた顔してここに来てんのくらい察してやりな」
「うっせえな……」
アランはますます不機嫌な顔をして食後のお茶を流し込んだ。
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