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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

2 脳筋にぶちん男

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 リーパ護衛団本部の広い敷地の奥に、団長の私邸がある。
 二階建ての堅牢な造りをした屋敷だ。
 
 先代がこの屋敷を建てる時に、二階をプライベートな住居、一階を独身団員のために宿舎として開放した。
 ルカーシュもこの私邸で暮らしている。
 本来なら一階で暮らすべきなのだろうが、ルカーシュもバルナバーシュと同じ二階に部屋を与えられていた。

 バルナバーシュは独身だが、養子がいる。
 その養子もリーパで護衛の仕事をしており、ルカーシュの向かい側の部屋で寝起きしている。

 二階の住人は現在、バルナバーシュにその養子、ルカーシュの三人だ。
 養子については、また違う機会に詳しく説明するが、ルカーシュがこの私邸の二階に暮らすことも、他の団員たちから嫌われるのに拍車をかけている。

 ルカーシュだって最初は断った。
 だが異国から来た身でもあり、バルナバーシュの強い要望で半強制的に二階で暮らすことになった。

 この国へやって来た当時、ルカーシュは副団長ではなく、先代の頃から副団長を務めていた男がバルナバーシュを支えていた。
 そんな男でさえ私邸の二階に上げることは滅多になかったのに、どうして得体のしれない異国の男を住まわせるのか、団員たちは疑問に思っているようだ。

 影で『団長の愛人』と揶揄われているのも知っている。
 団員の誰かが、『さすがに選び放題の団長があんな地味なおっさん愛人にするわけねぇだろ』と言っていたのを聞いた時は、思わずルカーシュも噴き出した。

 だいたい……そんな事実など一切無い。


 一階には、二階の三人だけが利用するプライベートな食堂があり、本部で済ませる昼食以外はここで食べる。
 バルナバーシュの養子のレネがリーパに入団してからは、本部で他の団員たちと夕食を済ませることが多くなったので、たいてい夕食はバルナバーシュと二人きりのことが多い。

 屋敷に住み込みの使用人夫妻が、二階の住人の衣食住すべての面倒を見ている。
 因みに夫の方は元団員で怪我のために退団を余儀なくされたので、見かねたバルナバーシュが使用人として雇ったのがはじまりだ。

「今日はいい子羊の肉が手に入ったんで、ローストにしました」

「玄関を開けた時から、いい匂いがしていた」

 自分の好物と聞いてバルナバーシュが眉尻を下げる。

「団長は子羊が大好きですもんね」

 メインなしの昼食しか摂っていないルカーシュは、クランベリーソースの添えられた子羊の肉を見て「やっとまともな飯にありつける」と胸を撫でおろす。
 私邸の食堂で出される食事は大量に作られる本部のものと違い、手の込んだものが多い。
 庶民的な味と本格的なもの、本来ならどちらも甲乙つけがたいが、今日は私邸の料理に軍配が上がる。

 料理をテーブルの上に並べると、使用人夫妻はさっさと食堂から出て行った。
 二人の負担を減らすために、料理は前菜メインと分けるのではなく、いつも一度に運んでもらい、その間に使用人夫妻も同じものを自室で食べてもらっている。

(——さて、これでようやく素が出せる)

 いつも背筋をピンと張っているので、凝り固まった身体をほぐすために、「う~~~ん」と行儀悪く背伸びして、大きなため息をついた。

「は~~やっとまともな飯が食える……」

 いきなり豹変したルカーシュにバルナバーシュは驚く様子もない。

「なんだよ、チーズフライに喧嘩売ってんのか?」

 それどころか、バルナバーシュもつられて少し口調を砕けさせる。

「喧嘩売るわけないだろ。喧嘩以前に、具の無いスープとパンしか食ってないんだよ」

「は?」

「行ったら、もう無かったんだよ」

「……他になんか作ってくれなかったのか?」

「そんなの団長の特権だろ」

「他の団員だって飯がない時は、作ってもらってるだろ?」

「いいんだよ。おばさんたちも面倒臭そうだったし……」

 ルカーシュはいつも二人っきりの時は団長であるバルナバーシュに対して敬語を使わない。
 バルナバーシュの方が十歳ほど年上だが、出逢った頃からこうだった。
 それに初めて逢った時は、この男が護衛団の団長になって自分が副団長になるなんて思いもしなかったのだから仕方ない。

「お前、もう少し肉を付けろ」

「それ何回言うんだよ。バルと違って俺は食ったって太れねえ体質なんだよ。それに俺は今くらいの体型がベストなんだ」 

 この脳筋男は、誰でもすぐ自分みたいに筋肉が付くと思っている節がある。
 普通の市民だったら、ルカーシュも少し細身の体型というだけで通るのだが、ここは屈強な肉体を商売道具にする傭兵団だ。
 その副代表が、貧弱な身体では周囲から軽くみられるので、バルナバーシュも気にしているのだろう。
 
「お前今年で確か……三十五か? 男ならそろそろ脂が乗って貫禄が付いてくる年頃だろ? 太れないなら服に綿でも詰めとけよ。そうした方が年相応に見えるぞ」

 この男は人の傷口にぐりぐりと塩を塗って来る。
 悪意がないからよけいに性質が悪い。
 
(——まだ努力が足りないというのか? 俺がここまでするのも、なんのためだと思ってやがる……)

「けっ……誰がそんなことまでするかよ。他人事だと思いやがって。たくさん食えばいいんだろ?」

 ルカーシュは鼻に皺をよせバルナバーシュを睨みつけた。
 行儀悪く、ぶすりとフォークで突き刺すと、「これでどうだ」と見せつけるように肉汁の滴る肉を口に放り込む。

「お前……俺がお前のことを他人だと思ったことなんてねえよ。じゃないと俺の背後にお前を立たせたりしない」

 剣士にとって敵に背後を取られることは死を意味する。
 
 そんなことをいわれたら嬉しいに決まっている。
 しかし照れ隠しで、正反対の言葉が口から飛び出す。

「そんなに俺を信用していいのか? 後ろから斬りつけるかもしれねえぞ?」
 
「……お前に斬られて死ぬようだったら、俺もそれまでの命だったってことだろ」

「……!?」

 この男はそんな台詞をまるで当然のことのように口にする。
 なんの曇りもないヘーゼルの瞳が真っすぐに自分を見つめるのが、ルカーシュはたまらなく辛かった。
 

『どうか一緒に来てくれ。俺はお前じゃないと駄目なんだ』


 慣れない異国の地に足を踏み入れたのも、この男からこんな風に口説かれたからだ。
 外堀を埋められ逃げ場を無くされ、半ば強引にこの国へと連れて来られた。
 だからルカーシュは勘違いしていた。


 てっきりバルナバーシュは、自分に惚れているものだと。

 だがこの国に来て、そんなことは思い上がりも甚だしいと、ルカーシュは身をもって思い知らされることになった。


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