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9章 山城での宴
9 二千年前の遺物
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ベスペチノストを出発し、ヴェテリセからフォンチュー山脈のそびえる北へと進路を変え、王都ラバトへと繋がる街道に別れを告げた。
一日で進むには結構な距離があったので、目的地が見えて来たのは夜も遅い時間だった。
あと数日も経てば、満月になるだろう月が高く浮かんでいる。
「あれが……」
月光に照らされ、崖の上に白く浮かび立つ優美な建造物へと目を凝らす。
城壁の向こうには幾つもの塔が見え、お揃いの円錐形のとんがり屋根を帽子みたいに被っている。
「呪いの城っていうからさ、どんなものかと思ってたら立派な城じゃん」
レネはもっと朽ち果てたみすぼらしい建物だと思っていた。
崖の反対側に続く緩やかな坂道を上がり、城の正門へと馬車が停まると、御者席に乗っていたクレートが降りて来て、馬車の扉を開けた。
「確かに。二千年も前に建てられたものには見えないな」
バルトロメイが腕を組んで眼前にそびえたつ建造物を見上げた。
「え……!? 二千年前の建物なのか?」
没落貴族の屋敷の方がよっぽど荒んでいるではないか。
「古代王朝時代の建物だって言っただろ。——そういや俺、部外者なんですけど……もう夜中だし今夜だけ泊めてここにもらえますか? 朝になったらすぐ出て行きますから」
余計なことには首を突っ込みたくはないのか、フィリプは自分が部外者であることを強調する。
本人は詳しいことまでは知らないだろうが、この城は『復活の灯火』の根城だ。下手に関わらない方がいいとレネも思う。
「はい。レネ様たちとは別室になりますが宜しいでしょうか?」
「雨風さえ凌げたら、どこでもいいです」
「では、別の者に案内させます」
フィリプとは入り口で別れたが、その前に荷物を持って跡を追って来てくれたことに礼を述べ、金についても用事が済んだらちゃんと返すと答えた。
『好きで貸したんだからそんなの何時でもいい。俺も暫くはこの辺をウロウロしているつもりだからなにかあったらいつでも声をかけてくれ』
自分だったらここまで相手に対して親身になれるだろうか?
今回の旅でフィリプが居なかったら今ごろ路頭に迷っていたかもしれない。
川でおぼれた時もそうだが、レネが窮地へと陥った時に駆けつけてくれる。
——まるで…ーーーみたいじゃないか……
(あれ……? 今誰と似ていると思った?)
レネはいざ思い出そうとしても思い浮かばない。
無意識に考えていた時は、姿かたちまでハッキリ思い浮かんでいたのに……。
「おい……煮え切らない顔して」
バルトロメイが肩をぶつけて来る。
こんな動作がやっぱり犬っぽい。
「ん? いやね、フィリプに何度も危ない所を助けてもらって……よく知ってる奴と似てるなって思ったけど、誰に似てんのかが思い出せなくてさ……思い出せなくなるような奴じゃないはずなのに……誰だろう……」
「なんだそれ……でもお前にとってフィリプは命の恩人だもんな……——フィリプ……か……フェリ……フェ……」
なにやらブツブツ呟きながら、バルトロメイまで神妙な表情になる。
外と同じく城の中も大理石でできており、月光で照らされている外壁は白く輝いて見えたが、よく見ると淡い灰褐色だ。
その他に色といえば、燭台に灯ったオレンジ色の蝋燭の炎だけ。
アーチ状の天井と左右で支える柱が延々と奥まで続き、長い廊下は以前レネを悪夢へと誘ったテプレ・ヤロの柱廊のようだ。
柱の間から顔を出すように立っている石像は、喪われた神々か、はたまた古代王朝の歴代の王だろうか……。
(——駄目だ……)
あの時の様に、廊下の奥から死んだ両親が覗いているのではないかという思いにレネは捉われはじめる。
両親が殺された夢を見たばっかりに、靄の様にふりかかり思考を乱していく。
「二千年前の建物には見えないな……」
バルトロメイがキョロキョロと視線を移しながら、先ほどと同じような言葉を呟く。
絵画や煌びやかな絨毯で彩られた屋敷とは違い、柱や天井の大理石には豪奢な彫刻が施されているが灰褐色一色のせいか、二千年前に突然に時を止め色を失くしたかのようだ。
何だかそう考えると、柱から顔を出すリアルな石像たちも、生きたまま動きを止められた生身の人の様に見えてきた。
(もしそうだったら本当に呪いの城だな……)
「不思議でございましょう? ここの城は結界で護られて不思議な力が働いていると言われています」
呪いではなく、護られているのか……。
確かにお化け屋敷のようにおどろおどろしい雰囲気はないが、この世ではない世界と繋がっていそうで、レネの精神をよろしくない方向へと持っていく。
「——こちらがお部屋でございます」
レネとバルトロメイの案内された部屋は、居室と二つの寝室のある三部屋続きの部屋だった。
(同じ所でよかった……)
クレートには自分たちの関係性をちゃんと説明していたので、ちゃんとそれを汲んでくれたようだ。
フィリプと同じようにバルトロメイまで離ればなれになったら、さすがに心細くなっていただろう。
居住空間には革張りの椅子や床にはちゃんと絨毯も敷いてあり、廊下で感じた異質な空間に迷い込んだような違和感は感じなかった。
豪奢な部屋の造りは貴族たちの屋敷で見たものと差異はなく、もしかしたら今の主が、居住スペースだけ現代風に手を加えたのかもしれない。
「本来ならば主人が迎え出て挨拶するところですが、今夜はもう遅いですし、長旅で疲れておいででしょう。明日の朝に改めて主人が参ります。御用の時は廊下に使用人が控えておりますのでなんなりとお申し付けください。それではごゆっくりお休みくださいませ」
そう告げ、深々と頭を下げるとクレートは部屋を出て行った。
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