菩提樹の猫

無一物

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9章 山城での宴

6 金髪の男

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「お前はっ!? ……レネ、大丈夫か?」
 
 その顔を見てバルトロメイは思わず驚きの声を上げたが、すぐに主の無事を確かめる。
 レネはベッドに横たわり青白い顔をしているが、バルトロメイの問いかけに頷く。

「フィリプ……どうしてここに?」
 
 声に出しながらも、今まで集めた情報と目の前の男を照らし合わせる。

 確かに金髪の男で間違いない。
 レネを連れて行ったのは、てっきりセキアに入国してからずっとレネをつけ狙っていた男だとばかり思っていた。

「お前たちが手ぶらで出て行ったもんだから、心配して跡を追って来たんだよ。少しずつだけど、ボリスにお願いして二人の部屋から旅に必要な荷物も持ち出して来てもらったんだぞ。三人分の荷物を持ってここまで来た俺を褒めろ」
 
 だからレネは薄汚れたシャツではなく、見慣れた部屋着に着替えているのか。
 レネの荷物の隣には、自分の着替えまできちんと畳まれて置いてあるではないか。

「——お前……そんなことまで……」

 気のせいだろうか、フィリプの後ろに後光差して見えるのは……。

「やっと追いついたと思ったら、レネが具合悪そうにして座り込んでるからとりあえず宿で休ませてたんだ」

「……よかった……」

 安堵とともに身体から力が抜けズルズルと床に座り込む。
 レネの前ではこんな情けない姿を見せたくなかったが、バルトロメイも体力の限界が来ていた。
 連日の野宿もあるが、なによりも少ない食料で身体が飢えていた。

 レネも仕事柄たくさん食べる方だか、バルトロメイはそれ以上の量を必要とする。
 今回の貧乏旅で得られる僅かな食料では、体力を満たすことなどできるはずもなく、目の前がクラクラとするほど空腹に見舞われていた。
 そんな中、レネが無茶な行動を起こすものだから、余計に体力を消耗していたのだ。
 
「ほらレネ、言っただろう。主であるお前が無理すると、騎士のバルトロメイはそれ以上無理することになるんだぞ」
 
 フィリプがレネを川に飛び込んで救った時から感じていたが、この男はレネに特別な想いを持っている。
 だからレネの騎士である自分の不甲斐なさをもっとなじられるかと思っていたが、予想とは違った。
 どちらかというと、バルトロメイの気持ちを汲んでくれているではないか。

「……ごめん」

 レネが自己嫌悪に苛まれたような声で謝る。
 主から殊勝に謝られても、自分が情けなくなるだけだ。

「いや、こっちこそ気が付かなくて悪かった」

 これがフィリプではなかったらと思うだけで背筋が寒くなる。
『復活の灯火』の連中がレネをそのまま攫って行ったとしても不思議ではない。


「——ところでフィリプ、お前……リーパの仕事は?」

「退団してきた」

「えっ!?」

 バルトロメイが口を開く前に、レネが驚きの声を上げた。

「どうして……そんなこと」

 てっきり団長たちに頼まれてやって来たと思ってたのに、まさか仕事を辞めてここまで追って来るとは思いもよらなかった。

(まさか……レネのためとは言わないだろうな……)

「お前そんな顔するなよ。俺は元々セキア出身なんだ。そろそろ地元に帰る頃合いだなって思ってたんだ。お前らは見ているだけで危なっかしいから目的地まで道案内してやるよ」
 
 そんなにレネに対する独占欲が顔に出ていただろうか?
 子供っぽい反応をしてしまいバルトロメイは少し反省する。

「……でも」

 人の手を借りることを嫌うレネがすぐに反論しようとする。

「おい……まさか今の状態で、自分たちでどうにかできるって強がるのか? そりゃあんまり説得力がないぞ?」

 学習能力のない主をバルトロメイは窘める。
 ついさっき痩せ我慢するなと注意されたばかりなのに、レネはフィリプの申し出を断るのか?
 

「お前ら金も持ってないからまともなもん食ってないんだろ。50000リペアずつ貸してやる。その代わり返す時は10000リペア上乗せしろ」
 
 ただで貸すと言われたら首を縦には振れなかったが、安くはない利息がフィリプにとっても悪い話ではないことを表している。
 そうなるとバルトロメイたちが一方的に気負う話でもない。
 50000リペアという金額自体も、日頃の稼ぎに比べたらはした金だ。
 今はその金さえなく困り果てていたので恥ずかしい話だが。

「わかった、貸してくれ。レネ、お前もこんな金すぐに返せるだろ? それともそこでへばってるか?」
 
 バルトロメイはフィリプに借金の申し出をすると、ベッドに横たわっていたレネを挑発的な表情を作り見下ろす。

「……オレも借りる」

 むくりと、ベッドから身を起こしレネはこちらを睨み返した。
 わざと気に障るような言葉をかけると必ず反発してくるので、我が主は扱いやすい。
 

「よし、こうなったら話は早い、まずはお前たちの目的地を教えてくれ。飯でも食いながら打ち合わせするぞ」

 
 まだ眩暈が治まらないレネを部屋に置いて、バルトロメイとフィリプは宿の食堂で一緒に夕飯を食べることにした。
 もちろん、レネにも消化に良さそうなものを見繕って部屋に持ち帰るつもりだ。

「なあ……あんたリーパに来る前はなにをしてた?」

 気になることがありフィリプに尋ねる。

「俺か? 地元の騎士団に所属してたけどつまんないから護衛の仕事をしながら色々渡り歩いてた」

「……なるほど。だから馬の扱いが上手いのか」

 以前一緒の任務だった時に、襲って来た盗賊たちを馬上から巧みに攻撃を仕掛けていたので気になっていたのだ。
 ただの乗馬なら他の団員たちもこなせるが、馬に乗りながら戦うことは特殊な訓練を受けていないと中々できない。
 フィリプの答えはバルトロメイの予想通りだった。

「ガキの頃から周りに馬が沢山いたからな。馬の扱いは任せろ。……でもリーパに一頭だけブチ柄の不細工な馬がいるだろ? あいつだけは身体を触らせてくれないな」

 悔しさが顔に滲み出ているあたり、本人の中では不本意なことなのだろう。
 不細工な馬と聞いてバルトロメイはすぐにピンと思い浮かび、口を皮肉気に歪めた。

「あの捻くれ馬か。触らせてくれないだけならまだいい。俺が近寄ると唾飛ばして来るぜ。服に噛みつかれたこともある」

「よっぽど嫌われてんだな」

 不細工な馬に噛みつかれている姿を想像したのか、フィリプが吹き出し鼻から息を漏らす。

 馬丁が『団長さんとあんたは特に嫌われてんなぁ……。自分が不細工だからイイ男が嫌いなんかね……』とぼやいているのを聞いて、自分は父親のとばっちりを受けていたのかと妙に納得した覚えがある。


 料理が運ばれてくると、バルトロメイの腹の虫が盛大に鳴いた。

「腹減ってんだろ? 好きなだけ食えよ」

 バルトロメイのわかりやすい反応に、フィリプは笑って料理の乗った皿をこちらにずらしてくれた。
 この男、レネだけしか眼中に入ってないかと思いきや、先ほどからバルトロメイにまで気遣いを見せてくれる広い心の持ち主だ。

(いい奴じゃないか……)

 レネが川で溺れていたのを救ったと聞いてから、勝手にライバル視して、フィリプと距離を置いていた自分が狭量に思えてきた。
 
 遠慮なく、目の前に置かれた肉の串焼きを手に取り齧り付く。
 口の中に広がる肉汁と少しだけ残る獣臭さが、肉を食っているという実感をバルトロメイに湧かせた。
 聞くところによるとハーブをふんだんに使って臭みを消した羊の串焼きはザポイツセの名物らしい。
 金などなかったので、この町の名物料理も全く知らなかった。
 
 
「——あんたが来てくれて助かった。レネのことはなんと礼を言ったらいいか」

 目の前の皿を空にして、少し腹が落ち着くと、目の前へ座る男に頭を下げた。

「気にすんな。俺が好きでやってることだ。レネは危なっかしくて放っておけないんだ。だけどもう、お前にしてやれることはない。敵に砂糖を送るのもここまでだ」

 不敵に笑った黄金の瞳がバルトロメイを捉える。

(やっぱりこいつ……)

 敵に砂糖を送るとはその昔、ドロステアとセキアが戦争をしていた頃、食料に困っていた敵側にセキアの将軍が砂糖を届けたという逸話から来ている。
 予想していた通りフィリプもまたレネに特別な感情を抱いているようだ。
 しかしその表情は、レネのことで精一杯になり周りが見えなくなっている自分なんかよりも、どこか大人の余裕を感じる。

 バルトロメイに手を貸したのも、全てはレネのためか。

 レネは自分だけが特別扱いされることを嫌う。
 周囲に気を遣うフィリプの行為はそんなレネの心を掴んだに違いない。
 
 フィリプはセキア出身。
 今は完全にこの男のフィールド内にいる。
 これから先、旅の主導権を握るのは間違いなくこの男だ。
 なにかと頼る場面も増えて来るだろう。

 もっと自分のことを敵視して来ればいいのに、我欲を前面に出してこないから、どう扱っていいか困る。
 レネのことがなければ、バルトロメイにとっても凄くいい奴なのだ。
 
(厄介な相手だな……)
 
 頼もしい旅の仲間が増えて素直に喜んでいいのか……またわからなくなってきた。

 フィリプの同行は、レネの安全を守るという意味でも心強い。
 自分の身の危険を顧みずにレネを助けるような男なのだから。

 今は個人的な感情など邪魔だ。
 心を殺し、レネのためになるかどうかで物事を判断するしかない。



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