菩提樹の猫

無一物

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9章 山城での宴

5 目立つ主を持つ騎士の苦労

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「そりゃ兄ちゃんには小せぇんじゃねえかい?」

 バルトロメイが古着屋でこの季節にも着ることのできる薄手の外套を探していると、その様子を見ていた店主が声をかける。

「いや……俺のじゃないんだ」

「なんだ。だったらいいけど」


 わかってはいたが……我が主は自分の容姿にあまりにも無自覚すぎる。
 あんな子に育てた親の顔を見てみたいと(皮肉だが……)なんど思ったことか。

 真っ昼間に全裸で川の中に飛び込まれた時は、心臓が止まるかと思った。

 主の香りのする下着を顔に投げつけられたのは、バルトロメイにとってご褒美でしかなかったが、周りから男たちの歓声が上がった時は大いに焦った。

 レネは知らないだろうが、ボークラード大陸は西へ行くほど性に奔放な傾向がある。
 反対に東国は男色行為を禁止としている国が多い。

 ドロステアは男余りのせいで、どちらかといえば仕方なく男同士慰め合っている。
 しかしセキアは男色が高尚なものとされ、貴族たちが嗜みとして美少年・美青年を侍らせるのは当たり前、平民たちもそれに倣うように美しい男の恋人を持つことがステータスとされている。

 全てのセキア人がそうだとは思わない。

 だがただの好奇心ではなく、舐めるような視線でレネの裸を見ていた男たちがいたのをバルトロメイは見逃さなかった。
 特に国境の町から度々顔を合わせている金髪の男は、いつもレネにいやらしい視線を向けていた。
 目的地がどこか知らないが、顔を合わせる度にレネへと話しかけて近付きになろうとしてくるのだ。
 金がない今、その男が弱みに付け込んで妙なマネをしてこないかと、バルトロメイはいつも目を光らせていた。

(これ以上変なのに目を付けられたらたまったもんじゃねえ……)


 外套を探しているのは、そんなレネの美貌を隠すためだ。
 夏の強い日差しで、レネの白い肌は赤くなっていたので、日除けだといったらおとなしく着るだろう。

 レネに金は全て預けていたが、バルトロメイは祖父から貰った年代物のナイフの鞘を古道具屋で金に換え、多少の現金を手に入れていた。

 正直にそのことを話したらレネは「そんな大切なものを金に換え、オレの物を買うな」と受け取らないだろうから、「偶然この外套を手に入れたが、俺には小さいからお前が着るといい」といって誤魔化すつもりだ。


 傍から見たら、騎士が主を思ってとった行動として映るかもしれない。
 しかしこれは、バルトロメイのエゴだ。

 本当はレネを他の男に晒したくない。
 川で全裸になって泳ぐなんてとんでもない行動だ。
 
 一方で、自分の容姿に頓着せず周囲の男たちと同じように行動するレネだからこそ、放っておけない。
 じっとしていることを嫌う主は、美しい肉体という杯に満たされた黄金の美酒がこぼれることを厭わない。
 そんなおこぼれに預かろうと害虫たちが寄って来るのを払うのが自分の仕事だ。

 そういいながらも一方で……その美酒の芳しい香りに害虫たちと一緒になって、自分までもがフラフラと惑わされている。

(騎士失格だな……)


 レネのいる食べ物の屋台が出ている界隈に戻って来た。
 しかし、当の本人の姿が見当たらない。
 別れる前は菩提樹の近くにいたと思ったのだが、どこに行った?
 
 待ちきれなくなって暇つぶしにどこかをうろついているのかもしれない。
 流石に子供ではないから迷子にはなっていないだろうし、いくらあんな見てくれでも本職は護衛だ、ちょっと一人で待たせるくらい大丈夫だと思っていたが……。

(いない……)

 焼きトウモロコシを買った店の女に話を聞く。
 
「すいません、さっき一緒にトウモロコシを買った俺の連れ——」

「灰色の髪の綺麗な子かい?」

「そうです」

 急に店の女の表情が曇った。

「あの子……具合が悪かったのか、そこの木の根元に座り込んじゃってね……金髪の男が話しかけてどっか連れて行ったよ」
 
「——具合が悪かった?」

 そんな素振りは一切見せていなかったので、バルトロメイは困惑する。

「なんだよ、そんなに驚いて。金髪の男とは知り合いじゃないのかい? あんな綺麗な子、一人で置いて行っちゃ駄目だよ」


(——金髪の男が連れて行った?)

 まさか……レネを狙ってた男が声をかけてどこかに連れて行ったのだろうか?
 バルトロメイが睨んでいた金髪の男が犯人だとしても、腕力でどうにかできるとは思わない。

 そう、普段だったら。


「そんなに具合が悪そうでしたか?」

「ずっと俯いて立っとくのもやっとだったんだろうね。……あんたずっと一緒にいたのにそんなのも気付かなかったのかい?」

 呆れた顔でおばさんがバルトロメイを睨んだ。

 そんなことをいわれても、バルトロメイはレネが体調不良を起こしていたなんて全く気付かなかった……というより、今でも信じられない。
 昼間はあんなに元気よく素っ裸で川に飛び込んで水浴びをしていたのに……。
 
「どっちの方向に行きました?」

「さあ……流石にアタシもそこまでは見てないね。あそこの果物売りの爺さんに訊いてみたらどうだい?」
 

 いわれた通りに、今度は菩提樹の木のすぐ側でベリー類をバケツに入れて売っている老人に話を聞いた。

「灰色の髪? ……ああ、そこに座り込んでた兄ちゃんかい?」

「そうです」

「病気なのかね……グッタリしている所を金髪の男が話しかけて、そのまま肩を貸してどっか連れて行ったよ」

 老人の話に、バルトロメイは顔を曇らす。
 一人でまともに歩けないくらい具合が悪かったとなれば、なにかトラブルに巻き込まれたとしてもあまり抵抗できないだろう。

「どっちの方向に行ったかわかりますか?」

「あっちの通りだね。きっと宿の方へ行ったじゃないかい」

 老人の指さす方向は、宿屋や食堂が集まり旅人の多く集まる通りだ。

「ありがとうございますっ」

 バルトロメイは礼を言いながらも、老人を振り返ることもせずに宿屋の集まる通りへと走った。



 それから通行人にレネの特徴を話し見かけなかったか訊いて回るが求めていた答えは返ってこない。

(そのまま宿の中にでも連れ込んだのか?)
 
 もしあの金髪の男だったならやりかねない。
 バルトロメイは、あの男に潜む危険な匂いを察知していた。
 立ち上がれないくらい具合を悪くしていたのなら絶好のチャンスだ。

「クソっ……」

 だから余計に、レネを一人にしてしまった自分の行動が悔やまれる。
 
 悔しさのあまり、手に入れた外套をギュッと握り締める。
 レネを思っての行動だっただけに、何とも歯痒い。

 こうなったら一軒一軒、宿を当たって行くしかない。

 
「——おい、あんた……もしかして連れを探してるのか?」

 何軒か目の宿から外に出た時、見知らぬ少年がバルトロメイに話しかけてきた。
 汚い身なりから推測するに浮浪者だろう。
 浮浪者で、旅人の弱みに付け込んで金を騙し取ることを生業としている者は多い。
 この少年もそうかもしれない。

 先ほどから焦った顔をしてバルトロメイは周囲の人々にレネの特徴を告げ、所在を訊き回っている。
 いいカモとして見られている可能性もある。

「なんだ、金を集ろうってそうは行かないぞ」

「違うっ! オイラはあんたを探すように頼まれたんだ。こっちに居るからついて来いよ」

 気色ばむバルトロメイを他所に、少年はすぐに背を向け走り出した。

「お、おいっ!?」

 てっきり金をせびられるとばかり思っていたので、慌ててバルトロメイも少年の小さな背中を追う。
 

 少年の向かった先は、バルトロメイがまだレネの所在を確かめていない宿屋だった。

「カウンターで訊けばわかるよ」

 自分の立場をわきまえているのか、少年は中に入ろうとはしない。
 どうやら本当に、この少年は人にここへと連れて来るように頼まれただけのようだ。

「すまんな。今は持ち合わせがないんだ」

「だよな……オイラも貧乏人から金をせびるつもりはねえよ」

 見るからに浮浪者の少年からいわれるのは癪だが、今はそんなことで腹を立てている場合ではなかった。

「すまん」

「大丈夫。ちゃんと金は貰ってるから」

 少年の言葉に、内心「ん?」と首を傾げたが、そのまま宿の扉を開けカウンターにいる親爺へ尋ねた。

「——俺の連れがここにいると聞いて来たんだが……灰色の髪の」

 連れだけじゃわからないと、慌てて髪の色を付けたす。

「あ~~あの綺麗な兄ちゃんかい? 一階の一番奥の部屋にいるよ」

「どんな奴と一緒だった?」

 場合によっては一戦交えることになるかもしれない。
 その前に相手の情報は集めておいた方がいい。

「なんだ……知り合いじゃないのかい? 旅人風の金髪の男だよ」

 レネをいやらしい目で見ていた、あの男で間違いないだろう。
 ズンズンと廊下を進んで行き、教えられた部屋の前で一度深呼吸すると、ノックもせずに扉を開けた。
 ベッドの横に椅子を置いて座り込んでいる男が、突然開いた扉に驚いて振り返った。
 


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