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9章 山城での宴
4 蓄積した疲労
しおりを挟むザポイツセは城郭都市で、褐色の屋根と壁を持つ家が、城郭の中に建物が集中して建ち並んでいる。
きっと昔は、ドロステアとの国境に比較的近いこともあり防衛の拠点だったに違いない。
街の高台にある砦は大きくないが、周囲に張り巡らせた城郭は堅牢な造りになっていた。
「あの塔は見張り台になってんのかな?」
砦の真ん中に五階建てくらいの塔が建っている。
小さな頃から騎士になることへ憧れていたレネは、「あの塔の小さな窓から双眼鏡を使って敵の侵入を見張っていたのだろうか?」などと想像を張り巡らせるだけでも、胸がときめいてくる。
「あそこに登れば、海まで見渡せるんじゃないか? まあここは陸路の防衛が主だろうけどな」
竜騎士団に所属していた頃は北の国境警備の任務に就いていたバルトロメイは、セキアに入って見かけるようになった紫色のサーコートを着た騎士たちを懐かしそうな目で見ている。
彼の説明によると、紫色のサーコートはドロステアでいう竜騎士団の役割を持つ騎士団だそうだ。
もしかしたら、今は同盟国であるドロステアの竜騎士団とも交流があるのかもしれない。
東国と直接相まみえるドロステアと違い、セキア王国はそこまで大規模な騎士団を持っておらず、現在は南国大陸との交易で栄えた商業国としの色合いが濃い。
ザポイツセの城郭も、ドロステアと戦争を起こしていた遠い昔の名残でしかなかった。
まだ陽が高いこともあり町の広場では青空市が開かれていた。
「食い物の屋台も出てるぞ」
食欲をそそる香りが遠くからレネたちの所まで風に乗ってやって来る。
朝と昼は冷たい携帯食しか食べていないので、温かな物を食べたくなる。
食べ物を売る屋台が集まる場所へ行ってみたが、やはり少し高めの値段設定だ。
羊の肉の串焼き 800ペリア
ミートパイ 500ペリア
ソーセージサンド 500ペリア
焼きトウモロコシ 350ペリア
二人の所持金は、約5000ペリア。
何軒か見て回った後、仕方なく最も値段が安い焼きトウモロコシを一本ずつ買った。
二人で700ペリアの出費になり残りは4300ペリアだ。
宿に泊まるとしたら素泊まり風呂なし相部屋でも、一人3000ペリアはするので、今晩はまた野宿になる。
「やっぱ高いな……上手いこと稼ぐ手段が見つかればいいけどこのままじゃまともに飯も食えねえぞ」
バルトロメイはぼやきながら油紙に包まれたトウモロコシを齧る。
トウモロコシはその人の性格が出る食べ物である。
バルトロメイは長く整列した実を、芯を横にずらしながら几帳面に二列ずつ齧っていた。
芯から綺麗に実が剥がれるので食べた後も綺麗だ。
(そういえば……こいつの部屋って意外と綺麗なんだよな……)
バルトロメイの部屋はレネの部屋の四分の一程の広さしかないが、綺麗に整頓された持ち物が並んでいる。
机の上に置かれている物の位置もちゃんと決まっており、レネがちょっとずらしただけで、いちいち元の位置に戻すくらいの几帳面さだ。
一方、猫舌のレネは火傷しないことばかり考えて齧りついているので、綺麗に芯から実が剥がれず食べた後も汚い。
部屋の掃除も使用人夫妻がやってくれるので表面上の綺麗さは保っているが、机の引き出しの中はガラクタがごちゃごちゃと詰まっていた。
やはりトウモロコシの食べ方は性格が反映されるようだ。
「いっそのこと弓矢でも買った方が良いんじゃねえか」
レネは比較的弓矢も得意で、野営では鳥やウサギを仕留めて食料確保をしていた。
これからの生活のことを考えると、割高の食べ物を買うよりも、自給できるものは自給した方がいい。
野宿も多くなるだろうし、本当は鍋などの調理用具も持っていた方が便利かもしれない。
「あっちに小道具屋も店を出してたな……俺はちょっといくつか見たいものがあるから見て来る。お前そこで食べてろよ」
「え……ちょっと待てよ、金はオレが持ってるし……あちっ」
急いで食べようとするが、熱々のトウモロコシは猫舌にとっては辛い。
「値段を見て来るだけだよ。ゆっくり食えよ」
急いで食べようとするレネを手で制して、バルトロメイはさっさと日用品を売る店が並んでいる場所へと行ってしまった。
ここの市場は立ち食いが基本なので、野外の店でよく見かける椅子代わりの丸太やテーブル代わりになる樽も置いていない。
レネは近くにある街路樹へ背を預けトウモロコシを齧りながら周囲を見回す。
買い物そっちのけで話に花を咲かせる女たちや、真剣な顔でバケツ一杯の黒スグリの値段交渉をしている老婆、それを冷やかす旅人など実に色々な人たちが入り混じっていた。
ついこの間、こんな空気を味わうために旅へ出たいと思っていた。
それなのに……今の自分はどうだろう。
風に乗って木陰を作ってくれている木の枝から、ヒラヒラとなにかが落ちてきた。
特徴的な包葉とサクランボよりも小さな実で、自分が寄りかかっている木がなんであるのか気付く。
(菩提樹……)
ついこの間までは、リーパ本部の鍛練場でも芳しい花の香りを放っていたのに、いつの間にか実を結ぶ季節になっている。
この木に罪はないのだが、自分が振り切って来たものをいやが上にも思い出させる。
決心したはずのレネの心は、些細なきっかけでもグラグラと揺れ動く。
「はぁ……」
肩を落としため息が漏れる。
要因は風向きの定まらない心だけではなかった。
川で水浴びをした時は気分もスッキリして元気だったのだが、一度冷えた身体がまた熱い日差しを浴びてバテていた。
それに加え連日の野宿と、まともに食事も摂れていないせいでレネの身体は弱っている。
嫌なことは重なって来るもので、一度治まったかと思った悪夢までもが再びレネを苛んで、夜もまともに眠れていない。
自分で家を飛び出した手前、バルトロメイの前では気丈に振舞っていたが、一人になったとたん疲労がレネを襲った。
片手にトウモロコシを持ったままズルズルと木の幹に背を預け、地面に座り込んでしまう。
「——大丈夫か?」
とつぜん頭上からかかった声に、のろのろとした動作でレネは顔を上げた。
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