菩提樹の猫

無一物

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8章 真実を知る時

9 野宿

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「はぁ……ゾルターンまでいたからな。一時はどうなるかと思ったぜ」
 
 手形を渡され身柄を解放され、レネとバルトロメイの二人は無事に村の中へと入ることができた。

 だが、問題はなにも解決していない。
 虚しくも二人の腹の虫がグーグーと鳴る。

「腹減った……」
 
 レネは早くも弱音を吐く。
 
「朝飯くらいは買う金があるから朝まで我慢しろ」
 
 ドプラヴセにこれ以上借りを作りたくはなかったので、レネも金まで貸してくれとは言い出せなかった。
 夜になり、村人たちの家は硬く扉を閉ざしてしまった後だ。
 今夜は腹を空かせたまま、野宿するしかない。
 
 二人は、村はずれの少し開けた場所にある大木の根元を、今宵の宿に決めた。
 ここだと生い茂る枝葉が、雨が降ったとしても防いでくれるだろう。
 

「夏でよかったな……」
 
 レネは寒がりなので、なんの装備もなしに夏以外の野宿は辛いものがあった。
 
「蚊から刺されるのが難点だがな……」
 
 耳元でブンブン飛ばれると眠れないが、レネは一度寝てしまうと気にならないタイプなのでバルトロメイほど気にしない。
 二人で木の幹にもたれる形で地面に腰を下ろす。

「なあ、あのドプラヴセとかいう男、何者なんだ? それにどうしてゾルターンが一緒にいた?」

 あんな目に遭わされたのだ、ドプラヴセたちのことが気になるのも仕方ないだろう。
 ああいう形で出会ったのだし、バルトロメイにドプラヴセたちのことを話してしまってもいいだろう。

「お前は『山猫』って組織を知ってるか?」
 
「……貴族を取り締まる秘密警察のことか?」
 
 やはり誰でも名前だけは聞いたことがあるようだ。
 
「そうだ。ドプラヴセがその長だ」
 
 組織の中でも下っ端の方じゃないかと思っていたが、ルカーシュからあの男が『山猫』の長だと聞かされ驚いたものだ。
 王直属の捜査機関ということだから、その代表ともなれば直接王とも話す機会があるだろうに、あんな品のない男が王と直接会っても大丈夫なのか?
 レネはどうでもいい心配をしてしまう。
 
「じゃあ、あの場にいたゾルターンも?」
 
「……ホルニークはリーパと成り立ちが同じで、先の大戦の功労者が反乱を起こさないように監視する意味も含めて、褒賞としてメストに土地を与え傭兵団を結成させた。でもそれだけでは心許ない。もっと王国との関わりを深くして抱き込んでいく必要があるとして、各団から密偵として使える者を『山猫』に派遣させた。ホルニークはゾルターン——」

「——リーパは?」
 
 バルトロメイの顔は純粋に知りたいというよりも、早く答え合わせをしたいといった表情をしている。
 
「リーパからはルカが」
 
「……だからあの男は副団長の得意客だって言ってたのか」
 
 だいたい誰か想像はできていたのだろう。
 レネの答えを聞いて納得した顔で頷いている。
 バルトロメイもルカーシュの素顔は何度も見ているので、『副団長』という仮面を被っているのにはなにか事情があると思っていたに違いない。
 
「ドプラヴセの表の顔は『運び屋』だ。ルカは『運び屋』を護衛するという名目で『山猫』の仕事をこなすこともあるし、単独で行動していることもあるみたいだ」
 
「だから居ない時があったんだな。吟遊詩人してるのも潜入捜査がしやすいからか?」
 
「……好きでやってるって聞いたけど、あいつのことはあんまりわかんねえ……」
 
 バルナバーシュの剣から滴るルカーシュの血を思い出し、レネは顔を顰める。
 反発する感情があるので余計に、自分のために身を挺したルカーシュに対し申し訳ない気持ちが湧き上がる。
 
「深い傷だったけど大丈夫かな……」
 
 バルトロメイも気になっているらしい。
 他の男たちに比べたら華奢なので、怪我をしているところを見たらなんだか痛々しいとレネは感じた。
 同じ体型の自分も、もしかしたらあんな風に見られているのかもしれない。
 
「ボリスもいたし、今頃ピンピンしてるだろ」
 
 後ろめたい思いを吹っ切るようにレネは明るい調子で言った。

「そうだな……それよりも明日からのことを考えていかないとな」

 バルトロメイの言うように、人の心配をしている場合ではなかった。
 検問を通る手形は手に入ったが、今のままではそこまで辿り着くのも困難な状態だ。
 
 
「……どうやって金を稼ぐかな……」
 
 腹を空かせながら、レネは必死に考える。

「俺たちの本業は護衛だ。とりあえずオネツまで護衛として雇ってくれる旅人を探そうぜ。謝礼は飲食と寝る場所の提供だけにしたら、誰か雇ってくれるんじゃねえか?」
 
 ふつう護衛を付ける場合は高額の資金が必要になって来る。
 それを飲み食いと寝床の提供だけで請け負うとなったら破格の値段といっても過言ではない。
 
「……確かにな……、スロジットの峠周辺は見通しの悪い場所があるから護衛を付けたい旅人は居るかもな。あした村で探してみるか」



 バルトロメイの思惑通り、雇い主はすぐに見つかった。
 国境の町オネツまで野菜を売りに行く村の農夫の護衛だ。
 
「いやぁ……本当に良いのかい? 食事っていっても簡単なものだし、寝る場所も幌馬車の中だよ?」
 
 口髭を生やした農夫は申し訳なさそうに頭を掻く。
 
「飯と屋根があるところで寝るだけでも充分です。それに馬車での移動だし、こちらこそ有難いです」

 徒歩で行くとオネツまであと二泊はしなければならない。
 それが一泊で済むし、移動は馬車なので体力を使う必要がない。
 こんな好条件で依頼が来るとは二人とも思ってもいなかった。

「なんでもスロジットの峠周辺で荷馬車の荷物を狙う賊たちがいるって話なんだ。だから心配だったんだよ」

 
 なぜこんなにとんとん拍子に話が進んだかというと、村で一つしかない食堂に行き、なけなしの金で朝食を食べていた時、ガラの悪い男たちが女将に言いがかりをつけて暴れはじめた。
 その男たちをレネとバルトロメイ二人でやっつけると、見物していた客が集まって来た。

『実は金に困っていて、誰か護衛に雇ってくれないかな……代金は飯代と寝床だけでいいんだ……』
 
 女将から『迷惑な客をとっちめてくれたお礼に』と無料で提供された豪華な朝食を平らげながら、レネが客たちに零していると、客の一人がすぐにこの農夫を紹介してくれた。
 
 昼間はどちらか一人が御者席に農夫と乗り込み、夜はもう一人が外で寝ずの見張りを行い、スロジットの峠で賊に遭うことなく、三人は無事にオネツに到着することができた。

『これは少しばかりだけど』と農夫から心付けまで貰い、レネとバルトロメイはなんの問題もなく、セキアへと入国した。

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