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8章 真実を知る時
8 取引き
しおりを挟む「——王宮の宝物庫から、あるモノが盗まれた。王宮の宝物庫に泥棒が入るなんて前代未聞だ」
ドプラヴセはこの場の支配者としての威圧感を増し、憤りを露わにするレネと睨み合う。
いつもどこか風采の上がらない男とはまるで別人のようだ。
夜光石のランプに照らされていつもより凄みを増した男顔が、現在の事態がどれだけ深刻なのかを窺わせる。
「言っとくけどオレじゃねえぞっ!」
まず動機がないし、最近はずっと他の誰かといたのでアリバイもある。
「残念ながらお前の立場は微妙だ」
持っていた手紙に目を通しながらドプラヴセはレネに告げる。
不思議なことに、レネでも仰天した手紙を読んでも、ドプラヴセは顔色一つ変えていない。
まるで既にその事実を知っていたかのようだ。
「宝物庫に入った泥棒は捕まってはいないが、犯人は誰だか見当は付いている」
「だったらオレは違うとわかっててるだろ」
「最後まで話を聞け。盗みに入ったのはある盗賊団の仕業だ。その名も『復活の灯火』。この手紙に押してある手の平のマークが、奴らの紋章だ。この手がなにを意味しているかわかるか?」
「わかんねえよ……」
「五本の指がそれぞれの神を表している。ほら、指の先に火・水・地・雷・癒のシンボルが書いてあるだろ。奴らが目指しているのは、神々と再び契約を結び魔法を復活させることだ。そんな組織が古代王朝の直系であるお前を探している」
「は!? オレになにをしろと?」
「お前は神々との契約者としての条件が揃っている。だが神との契約には、『王冠』『聖杯』『五枝の燭台』の三つの神器が必要だ。『五枝の燭台』は既に奴らが持っている。王宮の宝物庫から盗まれたのは『聖杯』だ。奴らはお前に再び神との契約を結ばせようとしている」
「そんなことできるわけがないだろっ!」
「お前の感情なんて関係ねぇよ。奴らは古代王朝の復活を望んでいる。王朝直系の男子であるお前を担ぎ上げるつもりだ。——我が国にとってお前は、王国に反旗を翻す危険分子だ。聖杯が盗まれた今、『復活の灯火』の本拠地にお前を向かわせるわけにもいかん。時が過ぎるまで『悔恨の塔』に身柄を拘束しておく」
『我が国』という言葉一つとっても、今はこの男がただの運び屋ではなく、王直属の捜査機関の長として話していることが窺える。
『悔恨の塔』とは重犯罪者のための収容所で、一度入れられたら二度と出て来ることのできない場所として民から恐れられている場所だ。
ドプラヴセはそんな場所に自分を拘束すると言っている。
「……どうしてオレがそんな所に……」
「第一に『復活の灯火』からの手紙を持っていて、そして聖杯が盗まれたタイミングでメストから離れようとしている。お前の出自云々を抜きにしても、聖杯を盗んだ容疑者として俺はお前を拘束する」
「そんなの言いがかりだろっ!」
ドプラヴセとレネが言い合う中、レネの隣に居るバルトロメイのとりまく空気が変わった。隣にいるだけでも殺気でチリチリと肌が痛い。
臨戦態勢ともいうべきだろうか、しかしそれは当のドプラヴセではなく、その後ろにいるゾルターンへと向けられていた。
剣とナイフは取り上げられたが、バルトロメイはどこかに武器を隠し持っていると、レネは気配から察した。
(こいつ……いざとなったらゾルターンと戦うつもりだ……)
主であるレネを逃がすために……。
「おいおい……お前、まさかゾルと殺り合うつもりでいるのか?」
ドプラヴセもバルトロメイの異様な殺気に気付いて、苦笑いする。
「主を守るのが俺の役目だ」
レネを背に隠し、バルトロメイはドプラヴセと睨み合う。
「なんだ? 騎士気取りか?」
「おい、挑発するな。こいつは本気だぞ」
好奇心に目を光らせるドプラヴセにゾルターンが注意を促す。
恒例行事となりつつあるリーパとホルニークの合同鍛練で、ゾルターンはバルトロメイの剣の腕を知っている。
そしてレネも、いざとなったらブーツに仕込んであるナイフでドプラヴセを殺す自信がある。
いくらゾルターンが強くとも、ドプラヴセを護衛しながらバルトロメイと戦うことは難しい。
それにここは狭い天幕の中なので、剣を持っていることが有利とは限らない。
「此処から上手く逃げ出したとしても、既に国境付近は竜騎士団が厳戒態勢を敷いている。お尋ね者になったお前らが逃げ延びるのは無理だろう」
「ふざけたことばかりしやがってっ!」
なんの罪も犯していないのにいきなり容疑者扱いされ黙ってられようか。悪態の一つも吐きたくなる。
「——なあ……レネ。お前が一つだけ罪を逃れる方法がある」
灰色の瞳が、底なし沼のように濁って見える。
その表情からは、腹の中でなにを企んでいるのか全く予想できない。
(たぶん……これからが本題だ)
この男は一筋縄ではいかない厄介な相手だ。
「この手紙によると、お前は奴らのアジトである山城に招待されている。その場に必ず盗まれた聖杯がある。それを取り戻せ。そして『復活の灯火』を壊滅させろ。それしかお前の生き残る道はない」
「……聖杯を取り戻す?」
なぜそれが自分の生き残る道なのか、レネはいまいちわからない。
「これまで王宮の宝物庫へ盗みに入った者はいなかった。王宮にとってこのような不祥事は前代未聞の汚辱でしかない。お前が聖杯を取り戻し『復活の灯火』を壊滅させない限りは、古代王朝の生き残りであるお前をこの国で生かしておくことはできない」
「レネは今日この手紙を読むまでなにも知らなかったんだぞ、そんな奴らと一緒にするなっ!」
隣で聞いていたバルトロメイが、ドプラヴセの理不尽な言葉に思わず口を挟む。
そうなのだ。
レネは今日、自分の出生の秘密を知ったばかりだし、『復活の灯火』という組織なんて名前も知らなかった。
それなのに、どうして自分まで聖杯を盗んだ容疑をかけられなければならないのだ。
バルトロメイの尤もな言葉にレネも頷く。
「だから仲間じゃないことを証明する必要がある。自分の身の潔白を証明するためにお前は『復活の灯火』を壊滅させ、聖杯を取り戻せ。親の仇でもあるんだろ?」
「……なぜそこまで知っている」
「俺を誰だと思ってる?」
王直属の捜査機関を纏める男であることを忘れてはいけない。
ドプラヴセの言う通り、レネは親の仇を取りたいという思いもあって、この手紙の送り主へと会いに行くつもりだった。
だからそれを阻止しようとするバルナバーシュとも戦ったのだ。
この男は、仇を取りに行くついでに聖杯も取り戻せと言っている。
「…………」
レネはじっと考え込む。
このままドロステアで罪人扱いされるよりも、ドプラヴセの条件をのんだ方がいいのではないか?
もしこの場を逃げ延びたとしても、自分が罪人扱いされたら、周囲の人間にも迷惑をかけることになる。
リーパの面々にも、そして唯一の肉親である姉にも……そして可愛い双子たちにも肩身の狭い思いをさせるかもしれない。
(……クソッ……)
「……わかった。聖杯を取り戻し、『復活の灯火』を壊滅させる」
苦渋の決断だが、今はこれしか方法を思いつかない。
「レネ……」
ドプラヴセの要求を飲んだ主に、バルトロメイは驚きの声を上げる。
「オレが罪人になれば周りに迷惑かけるからな……。これしか道はない」
ただやることが一つ増えただけだ。
そう難しく考えることはない。
「よし、交渉成立だな。見る限りなんの荷物もないし、着の身着のままで家を飛び出して来たんだろ? 旅券がなけりゃあ国境越えは不可能だ。俺が特別に手形を発行してやろう」
レネの返事を聞いて、ドプラヴセは口元に満足げな笑みを浮かべる。
わざわざ国境越えの手形まで発行するとは、先ほどまで罪人扱いしていたのにやけに太っ腹な対応だ。
この男は……最初からレネにこの条件を飲ませてここを通すつもりだったのだ。
(……してやられたな……)
利用することができるものは全て利用する。
実にこの男らしい遣り口だ。
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