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8章 真実を知る時
7 検問
しおりを挟む「なんだあれ……?」
腹を空かせたままバルトロメイとレネが街道を歩いていると、遠くに道を塞ぐように松明で明るく照らされた天幕が現れた。
天幕は騎士団や貴族の野営でよく使われるものだが、真っ白な天幕はどこの紋章もなく、誰がどういう目的で張ったのかここからでは確認しようがなかった。
「ちょうど村の手前だよな……?」
レネは目を凝らして先を見ると、天幕の前に通行人の列ができている。
「鷹騎士団の検問だ。どうしてこんなところに……」
バルトロメイが、松明の周辺で青い制服を着て動き回る男たちの存在に気付く。
「検問? 検問はオネツじゃねえのかよ?」
セキアとの国境町オネツは検問所があり、旅人たちは旅券を確認され通行税を取られる。
「国境の検問は竜騎士団の管轄だが、鷹騎士団がこんな場所で臨時に検問してるってことは、なにか事件があったんだろうな」
むかし竜騎士団に所属していたバルトロメイは、レネよりもそういった事情に詳しい。
「オレたちも並ばなきゃいけねえの?」
ここの地形は谷底で、両端に岩の壁が迫っている。先に進むには必ずこの道を通らなければならなかった。
検問をするにはもってこいの場所といっていいだろう。
「別に金を持ってないだけで疚しい所はなにもないだろ」
「そりゃあそうだけど……」
バルトロメイに言われレネは渋々列の最後尾へと並ぶ。
天幕は幕が下ろされており中の様子は見えない。
殆どの旅人は中に入ることもなく、旅券を見せたり幾つかの質問に答えるだけで終わっている。
騎士の一人が並んでいる旅人たちの様子を見るために、行列の後ろの方まで歩いてきた。
最後尾に並ぶレネの姿を見ると、男は引き返し他の騎士たちを呼んで戻って来た。
(なんだ……?)
「おいお前、詳しく訊きたいことがあるのでこっちに来い」
レネが訝し様子を窺っていると、いきなり剣を抜いた騎士たちに周囲を取り囲まれる。
「ちょっ!? ちょっと待ってくださいっ!!」
なにも悪いことはしていないのに、まさか自分が事情聴取をされるとは思わず、レネは驚きの声を上げる。
「こいつの連れなんですが、俺も一緒にいいですか?」
バルトロメイが、レネと騎士の間に身を滑らせ同行を申し出る。
こういうことには慣れていないので、バルトロメイの申し出は有り難い。
それにしても、いきなり剣を抜くとは罪人のような扱いではないか……。
どうして自分がそんな扱いを受けなければならないのか、レネは納得がいかない。
『なんだ? あいつら……お尋ね者だったのか?』
『人は見かけによらないね……』
周囲にいた旅人たちがコソコソと小声で喋っている会話がレネの耳に入って来る。
(オレ……なんもしてねえのに……)
レネは歯がゆさと屈辱感に苛まれ、唇を噛み締める。
「……いいだろう。その前に武器を置いて両手を上げろ」
剣とウエストに挟んでいたナイフを足元に置くと騎士がそれを没収して、他にも武器を隠し持っていないか身体検査をされる。
「なにやら怪しげな手紙を隠し持っていました」
懐に入れていた手紙も没収されてしまった。
「よし、一緒に天幕へ持って行け」
上官らしき男が、部下に指示を出す。
まるで罪人の様に引っ立てられながら、レネとバルトロメイは鷹騎士団に天幕の中へと連れて行かれた。
赤い幕をくぐり中に入ると夜光石のランプが室内を照らしていたが、入り口のすぐそこに衝立が置いてあり、奥が見えない。
「該当する者が現れましたので、連れてきました。それと連れの者も一緒です」
「——二人ともこっちに連れて来い」
「はい」
若くないが威厳もない……そしてどこか捻くれた性格が滲み出しているような声が奥から聞こえた。
レネたちは剣を後ろから突き付けられながら、奥に座る人物の前に歩かされた。
「よお、——久しぶりだな」
机の上に組んだ足を乗せて、偉そうにふんぞり返っている男を見て、レネは思わず叫んだ。
「ドプラヴセっ!!」
どうしてこの男が街道沿いの農村で検問などを行っているのだろうか?
なにか貴族絡みの事件でも起きたのかと思ったが、自分が引っ立てられる理由が不明だ。
「誰だ?」
横で聞いていたバルトロメイが、まだ面識のない男について尋ねる。
「ルカの得意客だ」
『山猫』についてどこまで喋っていいのかわからないので、表向きの説明をする。
「副団長の?」
怪訝な顔をしてバルトロメイはドプラヴセを見つめている。
「なんだ隣の男は? リーパの団長にそっくりじゃねえか。こいつが団長の実の息子か……」
こちらから説明しなくとも顔を見ただけで、ドプラヴセはバルトロメイがどういう身の上であるか察したらしい。
「——あの、こんな手紙を持ってました」
騎士がレネから没収した手紙をドプラヴセに渡す。
「もうお前は下がっていい。——それにしてもこりゃあ言い訳できねえな……」
手紙を受け取り手で騎士を追い払うと、ドプラヴセは人の悪い笑みを浮かべた。
「っ!? ゾルターンっ……」
今度はバルトロメイが驚きの声を上げる。
天幕のすみで完全に気配を消していたので気付くのが遅れたが、ホルニーク傭兵団最強の男も一緒にいるではないか。
「どうしてここに!?」
「仕事だ」
ゾルターンは以前オレクの牧場の近くに領地を持つ子爵を逮捕していた。
貴族を逮捕できる権限を持つのは王直属の捜査機関である『山猫』だけだ。
普段なんの接点もないはずのドプラヴセと一緒にいるということは、『山猫』のメンバーと見て間違いないだろう。
まさかこんな所で答え合わせをするとは思ってもいなかった。
「おいおい、ゾリのことよりも今は自分たちの身の心配をしろよ」
ドプラヴセは軽薄な笑みを浮かべながら二人の様子を観察している。
「なんでオレがここに連れて来られなきゃいけねえんだよっ!」
不当な扱いに、レネは怒りをあらわにする。
騎士たちが自分をしょっ引いたのは、ドプラヴセがレネの身体的特徴を騎士たちに通達していたからと見て間違いない。
(でもどうしてここを通ると知っていたんだ?)
自分自身でさえもこの手紙が届くまでは、家を飛び出してくるなど想像もしていなかったのに。
レネの中で幾つかの疑問が湧き起った。
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