菩提樹の猫

無一物

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8章 真実を知る時

1 銀虎

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 まるで妖精の住む森の中に迷い込んだかのように美しい庭園。
 柳の木が揺れ、菩提樹の甘い花の香りがする。
 足元には、観賞用に品種改良された花々は少なく、ハーブなどの野草が多い。

 わけあって、この庭は人の手を最低限しか加えてない。

 そんな幻想的な庭に、皮手袋を嵌めた中年の男が銀のトレイに肉塊を乗せやって来た。
 するとどこからか現れた銀色の被毛を持つ虎がトレイの前に座る。


「ディチェ、鹿肉は美味いか? これは私が獲ってきたのだぞ」

 銀の獣はガウガウと唸りを上げながら、目の前へ出された肉の塊に齧りつく。
 語り掛ける言葉などまるで耳に入っていない様子だが、男は目を細めながら満足そうに眺めている。

 虎はトレイに乗せられた肉を完食し、満足したとばかりにぺろぺろと口の周りを舐めて毛繕いを始めた。
 一通り身支度を終えると、思い出したかのように近くに居る男へと猫のように身を摺り寄せる。

「そうかそうか。美味かったか。だったらまたお前のために狩りへ行かなければな」

 銀虎は大人が両手を回してやっと抱えきれるくらいの頭の大きさがあるが、男は手袋を外し、まるで我が子を可愛がるかのように愛情をこめて耳の後ろから頬を撫で擦る。
 ゴロゴロと喉を鳴らすのだが、その音は地響きのように大きく、仕草は猫でも図体は虎なのだ。

「さあ、首輪を取ってブラッシングしてやろうか」

 男が皮と金属でできた首輪を外すと、銀虎はこれからなにが行われるかを悟り、尻だけを高く上げ大きく伸びをした。
 馬用のブラシを持って銀色と黒の美しい模様の入った毛を丹念にブラッシングする。

 顎の下をブラシで撫でると目を細めて顎を上げ、腹を擦るとゴロンと仰向けになりされるがままに男へと身体を預ける。
 虎が人間にここまで心を許すなど稀だ。

 この銀虎は、まだ目も開かぬ赤子の時から男によって育てられた。
 職務をこなす間も、男は赤子の虎を肌身離さず側に置きここまで育て上げたのだ。
 銀虎は男以外には慣れておらず、その毛皮にでも触れようものなら噛み殺してしまうだろう。

 だから余計に、男はディチェ『赤ちゃん』と名付けた銀虎が可愛くてならなかった。
 特にピンと尻尾を上げた時に見えるプリっとした睾丸はなんともいえないほど愛らしい。
 

 銀虎との触れ合いの時間だけが、男にとって全てから解放される憩いの時間だった。

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