菩提樹の猫

無一物

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閑話

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「初代王レナート。彼こそが神との『契約者』です。銀髪に若草色の瞳を持ち、その美貌に神々は執着し、レナートの願いを叶えたとあります」

「まさか……神々は美貌にコロッと騙されてレナートと契約したというのか?」

 自らの力を与え、魔力を宿す人々に魔法を使えるようにしたと……。
 そんな簡単な理由で神々は自分の力を人間に与えるものなのだろうか?
 
「癒しの神以外の闘神は、人間のように感情的だったと文献に残っています。ですから気に入った者が現れたら、相手が人間であろうとすぐに口説きにいっていたようです」

 自分たちが崇めてきた神々が、想像していたよりも俗っぽくて、カムチヴォスは少し幻滅した。
 
「私が想像していた神とは随分違うようだ……」

「神は人間よりも本能的で気まぐれな一面も持っています。そんな神に力を貸すよう契約を結んだレナート王は只者ではなかったと思います」

「実は、レナトスの名も古代語で生まれ変わりの意味を持ちます」

「『生来の王』という意味ではないのか?……それに誰の生まれ変わりなんだ?」

「『生来の王』とは初代王のレナートのことであり、レナトスはそのレナート王の生まれ変わりという意味なのです。初代王レナートにそっくりの容貌を持って生まれたレナトスは、強力な魔力を持ち、火・水・地・雷・癒の全ての魔法を操ったとされています。五つの力を操ったのは初代王と、最後の王レナトスだけです」

「ではレナトスはレナートの生まれ変わりだったのか?」

「本当のところはわかりませんが、神から寵愛されていたのは間違いありません」

 確かに、真実など確かめようがない。
 レネとて、レナトスにそっくりであったとしても魂まで同じとは限らない。
 だがもし、レナトスの生まれ変わりだったならば、レナートの生まれ変わりである可能性もあるわけだ。

 最初に神との契約を結んだ『契約者』の生まれ変わりならば、神々がレネと契約を結ぶ可能性は高いだろう。

「儀式とはなにを行ったんだ?」

「予言の通り、蝕で太陽が隠れている間に『契約者』が自分の血で満たした聖杯を神に捧げ、燭台に青い炎が灯れば契約完了です」

 シリルはなにか他にも言いたげだったが、堪えるように口を閉ざす。
 先ほどから話が脱線ばかりしている自覚があるのか、もっと喋りたいのを我慢しているのだろう。
 
「生臭い神々だな」

 癒しの神の神聖さとはかけ離れている。
 カムチヴォスが癒しのゾタヴェニの総本山であるシエトを訪れた時、まるで滝壺の近くにでもいるかのような清廉な結界に守られていた。
 あの時、初めて神の存在を肌で感じた。

「四柱は闘神ですので血を好みます……」
 
「『契約者』が神と契約したら、やはり五つの力を使いこなせるのだろうか?」

「契約するということはその力を『契約者』本人が使いこなせるということだと思われます」

「……確かに。契約した本人が使えないとはおかしな話になる」

 だから五つの力を同時に使えたレナトスは、初代王の生まれ変わりといわれたのか。
 段々と話が飲み込めてきた。


「レナトスは一人で帝国軍を滅ぼしました。人の域を超えた存在です。もしレネという青年が『契約者』となれば、誰も敵う者などいません。『復活の灯』の悲願は神殿の復活です。しかし我々の存在など知らかなった青年が、要件を聞き入れてくれるでしょうか?」

「そこは心配しなくていい。どんなに強い魔力を携えていようとも新月の夜には同じ人となるのだろう? それに神との契約の前に反抗できないようなにか弱みを握ればいい」

「……二千年前も神殿の神官たちは同じやり方で、レナトスに力を使わせていたようです」

 少し暗い目をして、シリルが告げる。
 まるで罪悪感でも抱いているかのようだ。
 元々シリルは穏健派に属しており、過激なやり方を好まない。

「——ならばやはり、私のやり方は間違っていないな。その役もレーリオに任せたいと思っている。適任だろう?」

 レーリオは盗みに入る時もその屋敷の者を篭絡し味方につける。
 情報を訊きだすためなら手段だって選ばない。
 飴と鞭を上手く使い分け、相手の心の中に入って行くのが得意だ。

 強大な力を手に入れる前に、こちらがレネの心を支配してしまえばいいのだ。

「…………」

 元相方であるシリルはレーリオがどんな人間であるかを身をもってよく知っている。
 ペアを解消したのも、レーリオのやり方についていけなかったからだと聞いた。

「なぜそんな顔をする? わかっていると思うが、神との契約はこの組織の悲願でもある。君の知識がもっと必要だ。これからもちょくちょく呼び出すことになるだろうが、協力してくれるか?」

 盟主の命令は絶対だ。
 それなのに敢えてカムチヴォスは協力を仰ぐ形で下手に回る。
 シリルは懐で飼いならさなければいけない重要人物だ。
 しかし反抗するようならば、こちらもやり方を変えなければいけない。
 情報を訊きだす手などいくらでもある。


「——はい。盟主様の仰せのままに」

 まるで感情のない人形のような目をしてシリルはカムチヴォスの足元に跪き、つま先に口付けを落とす。
 思ったよりも従順な態度に、カムチヴォスは満足の笑みを浮かべた。



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