442 / 473
閑話
3
しおりを挟む「シリル、君は復活の儀式について私よりも詳しく知っているはずだ」
カムチヴォスは、隣に立ってレナトスの壁画を見つめる黒髪の美青年に視線を移す。
ラベンダー色よりもほんの少しだけ青味の強いその瞳は、大陸であまりみかけない色だ。
しかしカムチヴォスにとってはよく見慣れた色合いだった。
母と兄妹も隣に立つ青年と同じ淡藤色の瞳を持っていた。
兄はもう……死んでしまったが、母や妹は元気にしているだろうか?
島を出て、もう長い年月が経過した。
ふとカムチヴォスは郷愁に駆られるが、島には黒髪の者はいなかったので、シリルの髪と瞳の組み合わせは、
「盟主様は『契約の島』の御出身だとお聞きしましたが、『契約者』についての予言は島でも周知されているのでしょうか?」
「ああ。レリーフのある遺跡には直接行ったことはないが、島の者は子どもの頃から聞かされて育つ」
カムチヴォスも祖母から何度も耳にタコができるほど聞かされた覚えがある。
「予言には、『契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき』とありますが、日蝕のことだといわれています」
「太陽が隠れ、月が満ちた日に、神々は力を増すと聞いている」
「はい。五柱の親である太陽神が、いつもは子どもたちが人間へ干渉しないように見張っているのですが、この時だけは力が及びません。ですから人が神との契約を結ぶには、親である太陽神が姿を隠す日蝕の時しかないのです」
シリルの話す内容は、レナトスの末裔であるカムチヴォスでさえも初めて聞く。
「いったいどこでその知識を手に入れた?」
カムチヴォス自身も、三国中の伝承や文献を調べ尽くしたと思っていただけに、自分の半分しか生きていない若造がこのような知識を持っているのが、にわかに信じられない。
「子を知るには、親を調べるのが一番です。太陽神を祀る東国には、太陽の子である五柱に関する文献も少ないですが残っています。それに東国の知人から神々にまつわる伝承も聞きました」
「ほう、レナトス王が滅ぼした東国に答えがあったとは……目から鱗だな」
シリルは言葉を濁しているが、闘神である四柱とレナトスは、帝国を滅ぼした悪魔のような存在として描かれていたのではないかと想像する。
今では西側寄りとなったオゼロでも、神の話となれば途端に西側の人間と口論になるという話も聞いた。
「その日蝕の時期ですが、『契約の島』で次に起こるのは二年後の冬です」
「……では、それまでに準備を進めないといけないな」
『契約者』の居場所は掴んだ。
だが、まだ神器の方が揃っていない。
王朝の所縁の品を集める盗賊団として『復活の灯火』は長年活動していたはずなのに、肝心の神器を集めることができていなかった。
神器は五枝の燭台と、聖杯、そして王冠の三種。
だが『復活の灯火』の手元には燭台しかない状態だ。
カムチヴォスが加入した頃は、本来なら一対ある燭台の片一方しかなかった。
もう一つは隣にいるシリルとその相方が盗み出して来たばかりだ。
王冠の在り処は既にわかっているので心配することはない。
問題は、聖杯だ。
元はレロにあったものがドロステアに持ち運ばれ、『山猫』とかいう小賢しい連中に目をつけられ、メストの王宮の宝物庫にしまわれてしまった。
王宮の宝物庫ほど忍び込むのに大変な場所はない。
少し長期戦になるが、レーリオが必ず盗み出して見せるという報告を受けている。
あの男は『山猫』に目をつけられるというヘマを犯したものの、レネの居場所も突き止めてきた。
どんなにレネという名の青年を探しても見つからなかったのは、レネの養父であるバルナバーシュが、養子へ迎えた時にレネの名を変えて『セヴトラ』というミドルネームをそのままファーストネームとして戸籍に登録していからだ。
だから戸籍上レネは、セヴトラ・ヴルクという名になっている。
もしかしたら、レネ本人さえも気付いていないかもしれない。
今思い返すと、カムチヴォスがレネの家へと襲撃させた時に駆けつけたのも、養父であるバルナバーシュだった。
その時になにかを察してレネの名前を隠したのかもしれない。
もしかしたら、レネの両親から生い立ちについて伝えられていた可能性もある。
「——まだレーリオがドロステアでの総指揮を執っているのですか?」
「なんだ? 元相方のことが気になるのか?」
二人が以前どういう関係だったか知っているので、カムチヴォスはわざと口元に笑みを浮かべて訊き返す。
「いえ……そういうわけでは……」
バツの悪い顔をして、シリルが俯く。
「セキアにいる時はあまり成果が上がってなかったからな、大仕事をしたいと自ら進んでメスト行きを志願した」
その言葉を聞いて、一層シリルの表情が曇る。
シリルが盗って来た五枝の燭台は、元々はレーリオが長い時間かけて下調べを行っていたものだ。
二人の間でなにがあったのかは知らないが、シリルにとってはあまり良い思い出ではないようだ。
「『契約者』に関わることは暫くあの男に任せようと思う。そんなことよりも、神との契約とは具体的になにをするんだ?」
「スタロヴェーキ王朝の歴代の王たちは、淡藤色の瞳の持ち主だったと文献には残っています」
「私の母や兄妹も君と同じ瞳の色だった」
この瞳の色は、古代王朝の血を引く証といっても差し支えないだろう。
それだけ稀有な色だ。
シリルがこの組織に受け入れられたのも、この瞳の色があってこそだ。
「レナトス王の若草色の瞳は異端でした。しかし以前にも一人、同じ瞳の色と同じ髪の色を持った王がいました」
カムチヴォスは儀式について質問したはずだが、話はまだ核心へと向かわない。
学者肌の人間はどうしても話を遠回りする傾向があるようだ。
聞いた答えだけが簡潔に返って来ることは殆どない。
しかし最初にいったように、復活の儀式について詳しく知っているのはシリルだけだ。
もう一人は、カムチヴォスが殺してしまった。
臍を曲げて口を閉ざされたら困るのは自分だ。
だから今は辛抱強くシリルに付き合うしかない。
「それはいったい?」
54
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話
あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった
親は妹のゆうかばかり愛してた。
理由はゆうかの病気にあった。
出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた
そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。
もう愛なんて知らない、愛されたくない
そう願って、目を覚ますと_
異世界で悪役令息に転生していた
1章完結
2章完結(サブタイかえました)
3章連載
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる