菩提樹の猫

無一物

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閑話

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「シリル、君は復活の儀式について私よりも詳しく知っているはずだ」

 カムチヴォスは、隣に立ってレナトスの壁画を見つめる黒髪の美青年に視線を移す。
 ラベンダー色よりもほんの少しだけ青味の強いその瞳は、大陸であまりみかけない色だ。
 
 しかしカムチヴォスにとってはよく見慣れた色合いだった。
 母と兄妹も隣に立つ青年と同じ淡藤色の瞳を持っていた。
 兄はもう……死んでしまったが、母や妹は元気にしているだろうか? 
 島を出て、もう長い年月が経過した。

 ふとカムチヴォスは郷愁に駆られるが、島には黒髪の者はいなかったので、シリルの髪と瞳の組み合わせは、

 
「盟主様は『契約の島』の御出身だとお聞きしましたが、『契約者』についての予言は島でも周知されているのでしょうか?」

「ああ。レリーフのある遺跡には直接行ったことはないが、島の者は子どもの頃から聞かされて育つ」

 カムチヴォスも祖母から何度も耳にタコができるほど聞かされた覚えがある。

「予言には、『契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき』とありますが、日蝕のことだといわれています」

「太陽が隠れ、月が満ちた日に、神々は力を増すと聞いている」

「はい。五柱の親である太陽神が、いつもは子どもたちが人間へ干渉しないように見張っているのですが、この時だけは力が及びません。ですから人が神との契約を結ぶには、親である太陽神が姿を隠す日蝕の時しかないのです」

 シリルの話す内容は、レナトスの末裔であるカムチヴォスでさえも初めて聞く。

「いったいどこでその知識を手に入れた?」

 カムチヴォス自身も、三国中の伝承や文献を調べ尽くしたと思っていただけに、自分の半分しか生きていない若造がこのような知識を持っているのが、にわかに信じられない。

「子を知るには、親を調べるのが一番です。太陽神を祀る東国には、太陽の子である五柱に関する文献も少ないですが残っています。それに東国の知人から神々にまつわる伝承も聞きました」

「ほう、レナトス王が滅ぼした東国に答えがあったとは……目から鱗だな」

 シリルは言葉を濁しているが、闘神である四柱とレナトスは、帝国を滅ぼした悪魔のような存在として描かれていたのではないかと想像する。
 今では西側寄りとなったオゼロでも、神の話となれば途端に西側の人間と口論になるという話も聞いた。

「その日蝕の時期ですが、『契約の島』で次に起こるのは二年後の冬です」

「……では、それまでに準備を進めないといけないな」

『契約者』の居場所は掴んだ。
 だが、まだ神器の方が揃っていない。
 王朝の所縁の品を集める盗賊団として『復活の灯火』は長年活動していたはずなのに、肝心の神器を集めることができていなかった。

 神器は五枝の燭台と、聖杯、そして王冠の三種。
 だが『復活の灯火』の手元には燭台しかない状態だ。
 
 カムチヴォスが加入した頃は、本来なら一対ある燭台の片一方しかなかった。
 もう一つは隣にいるシリルとその相方が盗み出して来たばかりだ。
 王冠の在り処は既にわかっているので心配することはない。

 問題は、聖杯だ。
 元はレロにあったものがドロステアに持ち運ばれ、『山猫』とかいう小賢しい連中に目をつけられ、メストの王宮の宝物庫にしまわれてしまった。
 
 王宮の宝物庫ほど忍び込むのに大変な場所はない。
 少し長期戦になるが、レーリオが必ず盗み出して見せるという報告を受けている。
 
 あの男は『山猫』に目をつけられるというヘマを犯したものの、レネの居場所も突き止めてきた。
 どんなにレネという名の青年を探しても見つからなかったのは、レネの養父であるバルナバーシュが、養子へ迎えた時にレネの名を変えて『セヴトラ』というミドルネームをそのままファーストネームとして戸籍に登録していからだ。

 だから戸籍上レネは、セヴトラ・ヴルクという名になっている。
 もしかしたら、レネ本人さえも気付いていないかもしれない。
 
 今思い返すと、カムチヴォスがレネの家へと襲撃させた時に駆けつけたのも、養父であるバルナバーシュだった。
 その時になにかを察してレネの名前を隠したのかもしれない。
 もしかしたら、レネの両親から生い立ちについて伝えられていた可能性もある。
 

「——まだレーリオがドロステアでの総指揮を執っているのですか?」

「なんだ? 元相方のことが気になるのか?」

 二人が以前どういう関係だったか知っているので、カムチヴォスはわざと口元に笑みを浮かべて訊き返す。

「いえ……そういうわけでは……」

 バツの悪い顔をして、シリルが俯く。
 
「セキアにいる時はあまり成果が上がってなかったからな、大仕事をしたいと自ら進んでメスト行きを志願した」

 その言葉を聞いて、一層シリルの表情が曇る。
 シリルが盗って来た五枝の燭台は、元々はレーリオが長い時間かけて下調べを行っていたものだ。
 二人の間でなにがあったのかは知らないが、シリルにとってはあまり良い思い出ではないようだ。


「『契約者』に関わることは暫くあの男に任せようと思う。そんなことよりも、神との契約とは具体的になにをするんだ?」

「スタロヴェーキ王朝の歴代の王たちは、淡藤色の瞳の持ち主だったと文献には残っています」

「私の母や兄妹も君と同じ瞳の色だった」

 この瞳の色は、古代王朝の血を引く証といっても差し支えないだろう。
 それだけ稀有な色だ。
 シリルがこの組織に受け入れられたのも、この瞳の色があってこそだ。

「レナトス王の若草色の瞳は異端でした。しかし以前にも一人、同じ瞳の色と同じ髪の色を持った王がいました」

 カムチヴォスは儀式について質問したはずだが、話はまだ核心へと向かわない。
 学者肌の人間はどうしても話を遠回りする傾向があるようだ。
 聞いた答えだけが簡潔に返って来ることは殆どない。

 しかし最初にいったように、復活の儀式について詳しく知っているのはシリルだけだ。
 もう一人は、カムチヴォスが殺してしまった。
 臍を曲げて口を閉ざされたら困るのは自分だ。
 だから今は辛抱強くシリルに付き合うしかない。

「それはいったい?」


 
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