菩提樹の猫

無一物

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閑話

山城で 1

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これはレネが『復活の灯火』に発見されて直後ですので、二年前のお話です。

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 カムチヴォスはいつものように奥の間にある一枚の壁画へと向かった。

 セキアの北東部、フォンチュー山脈の麓にあるこの山城は、まるで不思議力にでも守られているかのように、朽ち果てることもなく二千年前と同じ姿を保っている。
 特にこれから行く奥の間は、絢爛期を経て洗練されたスタロヴェーキ王朝後期の美の粋が集められている。

 玉座へと座るスタロヴェーキ最後の王レナトス。

 何度見ても、その絵は二千年前に描かれたとはとても思えない臨場感を持っている。
 レナトス王の姿は美しいという言葉の中には収まり切れない。
 男にしては華奢で中性的なのにも関わらず、その目は肉食獣を思わせる鋭さで、見る者に威圧感を与える。
 頭からつま先まで、人の上へ君臨するために生まれてきた王者の風格が漂っていた。



 思わず傅きたくなるような衝動を堪え、カムチヴォスはレナトスを睨み返した。
『復活の灯火』の盟主の座に昇りつめてからというもの、毎日この睨み合いは続いている。


 報告によると探していた人物は、この壁画にまるで生き写しのようで、それは美しい青年だそうだ。

 実はまだ赤子の頃の『レネ』を、カムチヴォスはよく知っていた。
 直系の男児として銀髪と黄緑色の瞳を持って生まれたその子に、生まれ変わりという名をつけ、大人たちは浮足立っていた。
 ひっそりと閉鎖的な島、ドホーダで暮らしていかなければいけなかった一族は、自分たちの祖先であるレナトス王そっくりの男児の誕生に希望の光を見出していた。

 我々はまだ神から見放されていないのだと。


 ドホーダは火山島で、南部にそびえたつホラ・ボジ山は絶えず噴煙を上げている。
 昔、北にあったもう一つの火口で起こった噴火のせいで、今でも人が安全に居住できる区域は島の三分の二ほどしかない。
 島周辺の海流も激しく、西側の湾になっている港からしか着岸できない。

 スタロヴェーキ初代王が神との契約を行ったこの島は、神々が降り立つ島として人々を寄せ付けないでいた。
 現在島を行き来するのは、レロにあるグリシーヌ公爵領から出る船だけだ。
 高度な航海術を持つグリシーヌ家が、スタロヴェーキ王朝時代から島を管理してきた。
 
 なぜそんな島に、ひっそりとレナトスの末裔が移り住んでいるのかというと、なんらかの危機を察したレナトスが、身重の妻をこの島へと逃がしたからだといわれている。
 その後レナトスは謎の死を遂げ、スタロヴェーキ王国は、約七百年の歴史の幕を閉じることとなる。

 国は三つに分かれ、スタロヴェーキ王家と異なる三人の王たちによって治められることになった。
 神の力が失われたことで、高い魔力を有した王家の血筋は意味を失くす。

 島の一族は、すっかり歴史から取り残されてしまった。


 そんな中、直系男子としてレネが生まれてきた。
 島民たちが騒めくのも仕方のないことだ。

 史実に残っていないので、実際には何千年前の建造物なのかもわかっていないが、島の神殿の壁に刻まれたレリーフの予言を連想せずにはいられない。


┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈ 

 契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき

 銀髪に若草色の瞳を持つ、神々に愛されし血を引き継ぐ者が

 再び王冠を被り、聖杯を満たせば

 五枝の灯火が復活し、神々との契約が再び結ばれん

┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈


 一族の大人たちはレネこそ、その予言の人物だと大いに歓喜する。
 もう一度神と契約を結べば、スタロヴェーキ王国を復活させることができるのではないかと夢見た。

 しかし、喜びに沸く周囲とは裏腹に、レネの両親たちは自分の息子が王朝復活の旗印として担ぎ上げられることを恐れ、月に一度、レロからやって来る船に紛れて島を逃げ出した。

 朝になり、忽然と姿を眩ませた親子を島民たちは血眼になり探したが見つからない。
 昨日港を出た船に紛れ込んでこの島から逃げたのだろうと結論付け、一族の長老たちはレネを探し出すためにある策を思いつく。

 そしてカムチヴォスに白羽の矢が立ったのだ。


 神がこの地を去ってから歴史の表舞台から消えることになった組織があった。
 それは、癒しの神以外を祀っていた神殿の神官たちが集まったものだ。

 魔法という恩恵がなくなると、人々は神に祈ることを止めた。
 癒しの神以外の形骸化してしまった神殿の神官たちは、民衆から無能だと罵られ迫害されることとなる。
 スタロヴェーキ王国時代は権威の象徴として、民衆たちから富を巻き上げていただけに、その反動は強かった。
 
 一部の神官たちは迫害の手を逃れ闇に身を隠し、自分たちの権威を取り戻すためにある組織を立ち上げた。
 それが『復活の灯火』だ。
 スタロヴェーキ初代の王が神との契約を結んだ時、五柱との契約を表す五枝の燭台には青い炎が灯っていた。
 もう一度、神との契約を結ぶことを悲願にこの組織は『復活の灯火』と名付けられた。


 カムチヴォスは島を出て『復活の灯火』に、レネ捜索の協力を求めた。
 その見返りとして、レネを取り戻すまで組織に身を置くことになる。

 
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