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7章 人質を救出せよ
15 出現
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部屋の扉を開けると、月の光を浴びる美しい人物の姿があった。
こうして見るとレネの髪の毛は、灰色ではなく銀色なのだと改めて思う。
ペリドットの瞳がバルトロメイを見つめ、ゆっくりと口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「……!?」
バルトロメイはすぐに異変に気付く。
「久しいの……ナタナエル」
姿はレネなのに、その所作や喋り方も全くの別人だ。
全ての者をひれ伏させる圧倒的な存在感に、バルトロメイは後ずさりする。
レネは自分の美しい外見の効果を認めていない。
だが目の前にいるこの男は、どの角度でどうすればその美貌を最大限に利用できるか、全て理解した上で動いている。
月光に照らされて光る銀糸と、いつもより青みを帯びた神秘的なペリドットの瞳が、バルトロメイを捉えた。
「お……お前は誰だ……? それに俺はナタナエルではない」
「其方が我のことを忘れるとは……時の流れとは恐ろしいものよ……」
いつものレネの砕けた口調とは違う。
バルトロメイは王族の会話など聞いたこともないが、これは明らかに高貴な人物の言葉遣いだ。
「お前は何者だ? なぜレネの身体を乗っ取っている!!」
「今宵は満月。一つきの中で神力が最も強くなる時。こやつは剣の腕しか磨いてきていないからな、自分の精神を上手くコントロールできん。仕方ないから我がでてきた。蝕が近付くにつれ酷くなっていくだろう。やらなければいけないことが山積しているというのに、こやつには我の言葉がちっとも届かん……」
そういって少し拗ねた表情をする。
尊大な言葉遣いとは違い実際の年齢は若いのかもしれない。
ずっと訴えかけていたと言っているが、もしかしたら……レネの悪夢の原因はこの男だったのかもしれない。
「……レネの夢にでていたのはお前か……?」
恐る恐る尋ねる。
「こやつは我を悪霊と勘違いしておったようだが、同じ魂とは言え、失礼な奴め……」
「……同じ魂……」
『レネ』という名は、生れ変わりの意味を持つ。
以前、バルナバーシュからレネの生い立ちを聞いた時のことを思い出す。
(……まさか……)
身体がワナワナと震え、目の前にいる男が発する、人の上に立つ絶対者としての覇気に、跪きそうになるのを必死に堪える。
この感覚は、レネに剣を捧げた時と同じだ。
「——我が名はレナトス。だいたいの話はこやつの養父から聞いておるであろう?」
(……ああ……やっぱり……)
バルナバーシュの言っていたことは本当だったようだ。
「ナタナエル、フェリペとギーを探し出し『契約の島』へ……」
「フェリペとギー?」
人物の名前のようだが、バルトロメイは聞いたこともない。
「二人のことも忘れたのか……。フェリペは護衛団におるぞ。ギーも時が近付けば現れる」
「いったい……なんのことだ……」
ナタナエルと呼ばれることも不本意だし、当然バルトロメイは他の二人の名前も知らない。
頭が混乱して、自分がなにを言われているのか全く理解できない。
しかしバルトロメイが事態を把握する前に、突然その時間は終わりを告げる。
「……うっ……こやつが目を覚ますっ……」
今までの傲慢とも言える態度はどこへやら、どこか官能の琴線に触れるような声を上げレナトスは意識を失った。
「おっ……おいっ!?」
バルトロメイは片手で身体を受け止めると、長椅子にレネの身体を寝かせる。
(——レナトス……)
スタロヴェーキ王国最期の王。
まさかレナトスがレネの身体を使って現れるとは想像もしていなかった。
それに自分はナタナエルと呼ばれていたが、いったい誰のことなのだ。
フェリペとギーを探し、『契約の島』へと行けと言っていたが、なんのためにそんな場所へ行かなければいけないのだろうか?
そもそも、レナトスの言葉を信じていいのか?
自分一人では持っている情報量が少なすぎて判断しかねるので、すぐにでも団長たちに報告した方がいい。
「……あれ……オレ寝てた? バート……いつ来てたんだ?」
長椅子の上で身じろぎしたかと思うと、よく見知った黄緑色の瞳が、少しぼんやりした表情でバルトロメイを見つめる。
「よかった戻ってきて」
本来の主が帰って来て、思わずその細い身体を抱きしめた。
自分が主に選んだ人物は、あんな偉そうな態度をした男とは違う。
「なにすんだよ急にっ!」
すぐに抗議の声が上がる。
バルトロメイはレネからスキンシップ過剰な男として認識されているので、毎回抗議の声は上がるが、好きにさせてくれた。
犬みたいにクンクンと主の匂いを嗅いで、そのままこめかみに口付けする。
「ゼラから聞いた。お前、川に流されて死にかけたんだって?」
当初の目的を思い出し、バルトロメイは先ほどあった出来事などなにもなかったように振舞う。
「フィリプが川に飛び込んで助けてくれたから無事だった」
「……フィリプが?」
意外な名前がレネの口からでてきて思わず訊き返す。
あの男とは何度か一緒に仕事をしたが、人当たりも良く周りの団員からも好かれている。
しかし、バルトロメイはあの男が気に入らない。
いつも目でレネの姿を追っているからだ。
例え仲間であれど、レネへと必要以上に近付く男は排除したくなる。
「たぶんあいつが助けてくれなかったら、死んでたと思う」
「ゼラも一緒だったんだろ?」
近くにいたら、ゼラは絶対レネを助けに行く。
「ゼラはオレを狙った射手を仕留めに行ってたから近くにいなかった」
「……そうだったのか……。でも前日の大雨で増水してたんじゃないのか……?」
いくら泳ぎが得意だと言っても勇気のいる行動だ。
「あいつも下手すりゃ溺れてたかもしれないのに、そんな危険を冒して川に飛び込んでくれたんだよ。仲間想いの奴だよな」
主は感慨深げにその様子をバルトロメイに語る。
レネ以外の団員が川に落ちたら飛び込んでいたかどうかは疑問だが、フィリプは骨のある男と思って間違いないだろう。
一緒だったら良かったのだが、昨日はバルトロメイだけ指名が入り、レネは非番で急に人質奪還の仕事が入ったため、このような事態になってしまった。
自分がいない時は、レネの側に少しでも骨のある男が一緒にいた方がいい。
レネの生命を天秤に掛けるのならば、個人的な感情など抜きにしなければいけない。
剣の腕も立つし、フィリプは使える男だ。
フィリプの話に意識が持っていかれていたが、バルトロメイはその前に起こっていた出来事を思い出しハッとなって立ち上がった。
(……まだそんな遅い時間じゃないし、このまま団長のとこに行って報告しよう)
「俺、ちょっと団長に相談しなきゃいけないことがあるから言ってくるわ」
「ああ。だから二階に来たのか」
「まーな」
ただレネの様子を見に来ただけだったが、ここは適当に話を合わせる。
まさか意識がない間に、知らない人間に身体を乗っ取られていたなんて思いたくもないだろう。
しかし、このままでいいのか?
レネが異変に気付くのも時間の問題だ。
生い立ちについて、今まで知らされていなかった分、真実を知った時の反動は大きいはずだ。
それを思うとバルトロメイの心は痛んだが、今はまずバルナバーシュに報告することの方が先決だ。
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