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7章 人質を救出せよ
14 役立たず
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ヨニーが小屋の中の死体を片付けていると、ゼラがブランケットに包まれたレネを腕に抱き部屋の中へと入って来た。
「ロランド乾いた布を」
「ほらっ」
雪のように真っ白な顔色だが、どうやらレネは生きているようだ。
ヨニーは安堵の吐息を零し、へなへなと脱力し床に座り込む。
ゼラがロランドから布を受け取ると、ブランケットを取って白い裸体を剥き出しにする。
(ああ……)
これ以上見てはいけないと目を逸らそうとするが、一度見たら囚われたようにレネの素肌から目が離せなくなる。
薄いピンクと紫色の間の色をした隈の上に灰色の睫毛を落し、細緻な所まで作り込まれた芸術品のようだ。
まるで同じ男とは思えないくらい、レネはどこもかしこも美しかった。
敵に付け入る隙も与えなかった男が、今は無防備に全てを晒している。
その落差に、ヨニーの心臓がドキリと高鳴る。
自分はこんなレネの姿など見てはいけなかったのだ。
ただ強いだけならば、バルナバーシュのように、強く美しい男に陶酔するだけでよかった。
しかしこんな儚い姿を見てしまえば、強い庇護欲が湧くと同時に、隙あらば狙ってやろうという疚しい気持ちが生まれて来る。
「お前っ、ジロジロそんな目で見んじゃねえよっ!!」
ヨニーの視線に違うものが混じっていたのを敏感に嗅ぎつけたフィリプが、レネを隠すように間に身体を入れる。
「そんなつもりじゃ……ただ申し訳ない気持ちでいっぱいで……」
ヨニーとて、こんな事態になるとは思っていなかった。
ただあの時は、レネを矢の標的から外すために必死だったのだ。
今は敵に囲まれた自分たちを助けに来てくれたレネを、こんな目に遭わせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「誰のせいで死にかけたと思ってんだっ糞がっ!! コイツはなっ、こんな所で死んでいい男じゃねえんだっ!!」
フィリプの言う通りだ。
レネはリーパ護衛団の次期団長になる男だ。
敵は見事に蹴散らしたのに、味方から殺されかけてはたまったものではないだろう。
「ぐぅっ……」
胸倉を掴まれ顔に激痛が走る。
ヨニーは手加減なしにフィリプから顔を殴られた。
どんなに謝罪しても言葉では言い尽くせないので、こうして殴られる方が楽だった。
自分はやはり暴力の世界で生きている人間だから。
常にレネの周りには強い男たちがいてくれた方がいい。
そして邪な目でレネを見た男たちを、このように殴って思い知らせてほしい。
お前たちが手を出していい人間ではないのだと。
そうしないと、いくらレネが強いといっても、自分たちの手の届く存在なのではないかと勘違いしてしまう。
遠くで、すっかり元気を取り戻したレネの談笑する声が聴こえた。
近くには、椅子に横たわったまま傷の痛みに耐えるヘークと、絶望した顔で虚空を見つめるアルノーがいる。
これからどうなるのだろう……。
わざとではないとはいえ、レネをあんな目に遭わせてきっとただでは済まない。
このままクビにされてしまうかもしれない。
ヨニーはズキズキと痛む顔に濡れた布を当てて、片方だけ狭くなった視界でぼんやりと天井を見上げた。
山小屋で一晩を過ごし、次の日本部へと帰り付いたヨニーたちは、そのまま執務室へと呼び出された。
団長の執務室に行くのなんて初めての経験で、ヨニーは心臓がドキドキと口から飛び出しそうに緊張している。
ヘークはすぐに足の治療のため医務室に行ってしまったので、新人はヨニーだけだ。
今回の事件は、自分たちの最初の対応のせいで多くの人々に迷惑をかけてしまった。
特にレネについては、助けてくれたのにも関わらず殺してしまう所だった。
団長にどう謝ればいいのか言葉が見つからない。
レネたちの背中を追いながら、重い足取りでヨニーは執務室へと足を踏み入れた。
ロランドが人質奪還作戦について一通り報告を終えると、バルナバーシュは自分の養子に目を向け眉を顰める。
「なんだ……お前……そのくたびれた格好は」
濡れた身体と服は乾かしたものの、泥水の川へと流されたまま風呂に入ったわけでもない。
レネの髪はボサボサで服も泥色に染まったままだ。
まるで久しぶりに家へ帰って来た飼い猫みたいに変わり果てた姿になっている。
「それに、お前……その顔はどうした? 盗賊に殴られたのか?」
今度はヨニーの顔を見てますます眉間の皺を深くすると、ロランドが事の経緯をバルナバーシュへと説明する。
(ああ……俺は団長に怒鳴られてクビにされる……)
しかしバルナバーシュは、ヨニーが思っていた反応と違った。
「馬鹿かお前らは……」
団長は呆れた笑いを口元に浮かべるだけだ。
ヨニーのせいで養子であるレネが死にかけたというのに、あまり気にしている様子ではない。
「ぜんぶ俺のせいですっ! 申し訳ありませんでしたっ!」
だからといって、ヨニーの犯した過ちが軽くなるわけではない。
ここは素直に謝罪する。
「団長、ヨニーはオレを矢の照準から外すためにやっただけです。責めないでやって下さい」
まさかレネ本人からフォローが入ると思わず、ヨニーは驚く。
「おいレネ、こんな奴庇うなよ。お前は死にかけたんだぞ?」
フィリプが信じられない顔をしてレネを見つめる。
バルナバーシュはそんな三人の様子を眺めると、腕を組み大きく息を吐いた。
「ルカーシュ十箇条の掟を」
団長の言葉に後ろへ控えていた地味な男が、リーパ護衛団の掟を読み上げる。
「フィリプ、わかってると思うが……お前は四条違反で五万ペリアの罰金だ」
(俺じゃなくて……フィリプが罰金……?)
「……はい」
不服そうな顔をするも、団長の命令は絶対なのでフィリプは受け入れるしかない。
「そしてヨニー、今回リーパのサーコートの有難みがよくわかっただろ?」
バルナバーシュの言葉に、ヨニーはレネがリーパの護衛だと告げた途端に盗賊が顔色を変えたのを思い出した。
本来ならば、松葉色のサーコートを身に着けているだけで関わりたくない存在だと見分けがつき、盗賊に襲われることなどなかったのだ。
「はい。勝手なことをして申し訳ありませんっ!」
自分たちの勝手な判断で、多大な迷惑をかけてしまった。
「我儘な依頼者に当たっても、契約通りに任務を遂行しろ。相手が無理をいうようなら途中で護衛を打ち切って帰って来い。依頼主が契約書にサインした時点でお前らにはそうする権利がある」
「はっ…はいっ!」
「そうすることでしか、俺はお前らの命を守れない。だからお前らはその範疇内で行動しろ。今回はたまたまこいつらの手が空いてたから救出できたが、運が悪ければ殺されてた」
年齢を重ねた男の目の奥に哀愁の光が宿る。
これはヨニーの想像だが、バルナバーシュはこれまでに命を落した団員たちのことを思い出しているのだろう。
傭兵団を束ねる団長として、団員たちの命の重みを背負いながら生きている。
入団した当初にいっていたように、バルナバーシュは団員の命を守ることに全力を尽くしてくれていた。
やはりこの男は思った通りの男で、自分の命を安心して預けることのできる相手だ。
じんわりと胸の奥が熱くなる。
そして気になることが一つ。
バルナバーシュによると、どうも自分にまだ次がある様な言い方をしているが……。
「……団長……、俺はクビじゃないんですか?」
ヨニーは恐る恐る尋ねてみる。
「この事件は元はといえば、新人二人をあの依頼主に付けた俺の判断ミスでもある。お前らの責任だけじゃない」
「私は反対しましたけどね……」
その後ろで副団長がボソボソ言うと、バルナバーシュは「うるせえな……」と面倒くさそうな顔をして言い返す。
「じゃ……じゃあ……護衛の仕事を続けてもいいんですか……?」
「——次はないと思え」
そう口にするバルナバーシュは伏し目がちの恐ろし気な表情を浮かべているが、ヨニーにはまるで神のように輝いて見えた。
「……あっ…ありがとうございますっ!!」
クビにされるとばかり思っていたのに、寛大な団長の判断に目頭が熱くなる。
いたらない自分を、最後にバルナバーシュが掬い上げてくれた。
そのことがヨニーは嬉しくて、これからもリーパの団員を続けられることを誇りに思う。
(——俺の居場所はここしかない……)
そしてバルナバーシュの養子であるレネもまた、その意志を継いでいることを今回身をもって知った。
ヨニーのせいで死にかけたというのに、先ほども『責めないでやってくれ』と庇ってくれたではないか。
外見だけで勝手に判断していた自分が恥ずかしい。
今回は救われてばかりだったが、いつかバルナバーシュとレネを護れる存在になりたいとヨニーは心に誓った。
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