菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

13 狐いじりからの……

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 けっきょく夕飯を食べているのは四人だけだ。

 護衛対象のアルノーは食欲がないと顔を真っ青にして隣室で休んでいるし、ヨニーも誰かに殴られたように顔を腫らして、固形物は無理だと食事を断った。
 そして太腿をゼラに縫われたヘークもへばってしまい、痛み止めを飲んで長椅子に横たわっている。


 暖炉の前で車座になって、キジの丸焼きを部位ごとに切り取り、それぞれ好きな所を取って食べる。
 レネはまだ服が乾かず、裸でブランケットに包まったままだ。
 火の前で温まっていたので、寒さも治まり随分と元気になってきた。

「お前ら、ちゃんと美味い飯が食えるのは俺のお陰だからな」

 ロランドが一番美味いもも肉を齧りながら、レネとフィリプに言い聞かせる。

「……おっかなびっくりやってたくせに。それにキジを獲ったのも焼いたのもゼラだし」

 レネは肉を食べながら、偉ぶるロランドを横目に見る。
 ちょうどいい火の加減でパサつきがちな胸肉もしっとりして美味しい。
 これは焼き手の腕によるものだ。
 ロランドの手際が余りにも悪いので、けっきょく内臓を抜いただけで下拵えは強制終了し、キジ鍋から丸焼きにメニューが変更になった。

「なんだその言い方は、誰が蘇生してやったと思ってんだ?」

 眉間に皺を寄せ翡翠色の瞳に睨まれる。
 
「……うっ……」

 それを言われたらなにも反論できない。

 こんなに柔和な顔なのに凄むと迫力があるのは、この男の中身が全く柔和ではないからだ。
 レネが言葉に詰まっていると、意外な場所から助け船がやって来る。


「自らその役を買ってでた癖に……もっと素直になれよ」

 ゼラがロランドを見下ろし、犬でもあやすようにポンポンと頭に手を置く。
 普段は無口なゼラだが、スイッチが入ってしまったのか今日は矢鱈とロランドに絡む。

「お前こそいつも通り黙ってろ」

 バツの悪そうな顔をしてゼラを睨み返すロランドの様子がおかしくて、レネとフィリプは我慢できずに笑いだす。

「お前らも笑うなっ!」

 この様子を新人二人に見られていたら、きっとロランドはキレまくっていただろう。
 二人とも今は近くにいないので良かった。

 笑いが治まると、レネは隣にいるフィリプの方を見る。
 
「あんたも下手すりゃ溺れてたかもしれないのに、助けてくれてありがとう」

 正面に座り直し、改めて頭を下げて礼を言った。

「おい、そういうのはいらないって。俺がやりたくて勝手にしたまでだ。俺は仲間を見捨てられない性質なんだ」

 フィリプはレネに頭を上げさせると、困った顔をした。
 本人はそんなつもりはなかったのだろうが、レネはちゃんと礼を言わないと気が済まなかった。

「仲間じゃなくレネだからじゃないのか? 助けている時のお前はどこか執着じみたものを感じたぞ?」

 少し人の悪い顔をしてロランドが話の輪に加わる。

「そんなことないって」

 ロランドから詰め寄られ、フィリプはますます困り顔になる。

「そうだよな。誰かさんと違って溺れてるのが女じゃなくても普通は助けるよな?」

 レネは恩人がこれ以上困った顔をしなくてもいいように、ロランドとフィリプの会話の内容を思い出し、わざと言ってやった。

「お前は知らないかもしれないけど、お前を川に落した新人の顔が腫れてたの見ただろ?」

 しかしロランドはレネの皮肉をサラッと流して、話を進める。
 その話題よりも他に言いたいことがあるらしい。

「確かに……顔がジャガイモみたいになってたな」

 さっき見たら、ヨニーの顔が原型もわからないくらいに腫れていたので吃驚した。

「あれはこいつが一目見るなり、あいつを殴りつけたからだ」

「へっ!? どうして?」

 自分が気を失っている間になにがあったのか、全く見当がつかない。
 レネは金髪の髪を短く刈り込んだ人物に直接訊くが、口をへの字に曲げて喋ろうとはしない。

「…………」

(……喧嘩か?)

 フィリプは誰とでも上手く付き合っていけるような器用な男だと思っていたのに意外だ。

「お前を川に落したからって、新人をボコッボコにしやがった」

 ロランドが皮肉気に笑う。

「は……!?」

(オレを川に落したから?)

 レネは予想外の答えに息を呑む。


「だってよ、あの馬鹿のせいでお前が死んでたかもしれないんだぞ?」

 今でも怒りが収まっていない様子で、ヨニーを殴ったのはさも当然とばかりに訴える。
 フィリプも穏やかな人好きする顔をしていたので、すっかり騙されていたが、実は激しい気性の持ち主のようだ。
 今まで深く関わったこともなかったので、今回この男について初めて知ることが沢山あった。

「こりゃ大変だ。バートも思わぬ伏兵の登場でうかうかしてられないな……」

 後ろでロランドがボソボソと呟いているがレネは無視して話を続ける。

「でもあれは……矢の標的からオレを外すためだぞ。たまたまゼラが射手を殺したから大丈夫だったけど、もし間に合わなかったらオレは死んでたかもしれない。そのくらいわかってやれよ……」

 レネもあの時は一発殴ってやろうと思ったくらいにはヨニーに腹を立てていたが、冷静に考えたら仕方のないことだ。
 食事の前にヨニーから土下座して謝られたので、レネは『気にするな』と言って軽く流した。

 それにロランドが契約違反についてアルノーに話していた時に、どれだけ新人二人が、予定外の護衛対象の行動のせいで振り回されていたのか知ることになった。

 真の被害者はアルノーに付き合わされたヨニーとヘークかもしれない。
 そんな二人を、レネはこれ以上責めるつもりもなかった。


「もしお前が死んでたら、俺はあいつを殺してたかもしれない」

 その目を見れば、フィリプが本気で言っていることくらいすぐにわかる。
 この男からは……いつもレネの傍にいる誰かさんと同じ匂いがした。

「おいおい……過激なこと言うなよ。オレもあんたのお陰で無事だったし、それにあんた……たぶん罰金払わなきゃいけないぞ?」

 理由があったとしても、きっとこれは喧嘩扱いになるだろう。
 リーパ護衛団は十箇条の掟があり、破ったら処罰を受ける。
 団員同士の喧嘩は四条違反になり、五万ペリアの罰金だ。
 レネも以前、ヴィートを殴って罰金を払った過去がある。

「そんな金どうだっていい」

 フィリプは罰金など全く気にしている様子はない。
 それだけではなく団長からの説教も受けるが、それも恐ろしくないのだろうか?

「言うねぇ……」

 ロランドが後ろで茶化すが、レネはまた聴こえてない振りをする。

「フィリプ、お前は護衛対象を放置してレネを助けることを選んだ。俺はお前にアルノーさんを託して、お前はちゃんと返事をしたよな?」
 
 またゼラが口を開く。
 無口な男なのに、今日はなぜだか饒舌だ。

 この集団は弱肉強食。
 弱い者は強い者に従う。
 
 団員たちは団長のバルナバーシュに絶対服従だが、この場での最強はゼラだ。
 だから、ロランドでさえもゼラの言うことにはちゃんと従う。

「次からは気を付けろ」

 ゼラの目が冷たくフィリプを見下ろす。

「……わかった……」

 夜空の様な群青色の瞳に見つめられ、怖気づいたフィリプは大人しく応じた。



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