434 / 473
7章 人質を救出せよ
11 フェリペ
しおりを挟む◇◇◇◇◇
レナトスは暴走する馬の背から振り落とされないように掴まっているのが精一杯だった。
落ち着く様にと馬に声をかけるが、全く聴こえてないようだ。
枝の上で楽しそうに囀っていた鳥たちも驚いて木から飛び去っていく。
従弟たちと森で狩りをしている最中、レナトスは一人はぐれてウロウロと彷徨っていたら、突然馬が嘶きを上げで暴走し始めた。
いつもは大人しい馬なのに、なぜいきなり暴れ出したのかわからない。
(誰かっ……)
不自然なほどレナトスの周りに誰もいない。
ここ最近レナトスの周囲では、部屋のシャンデリアが落ちてきたり、中庭でボヤ騒ぎがあったりと、不審なことばかり起きている。
誰かが、自分を亡き者にしようと仕組んでいるのだろうか?
「殿下っ! 今お助けしますっ!!」
蹄の音と共に、力強い男の声が聴こえた。
振り返ると黒馬に乗った人物が、猛スピードでレナトスの白馬をうしろから追ってくる。
紫色の制服は近衛騎士団のものだ。
あっという間に追いつき、レナトスの白馬と並走すると、その騎士は安心させるように口元に笑みを浮かべる。
不安に切り裂かれていたレナトスの心に希望の光が灯る。
「殿下、この先は崖です。早くこちらに飛び乗って下さいっ!」
騎士は片手で手綱を持ち、もう片方の手をレナトスの腰に回す。
レナトスは意を決し騎士へと抱き付く様にして隣の馬に飛び移った。
「お怪我はありませんか!?」
馬を止め、先に降りた騎士が馬を降りるレナトスに手を貸す。
「そなたのお陰で助かった。よく異変に気付いたな」
未だに心臓がバクバクとなっているが、それをおくびにも出さず澄まして答える。
「リノの嘶きが聴こえたのでなにかあったのかと気になって追って来ました。近くまで来て気付いたのですが、尻に細い矢が刺さっていました」
「なんだとっ!? 何者かが矢を放ったのか……リノは可哀想なことをした」
あの崖に落ちたら助かることはない。
愛馬を想いレナトスは俯く。
自分の命を狙っている何者かが仕組んだに違いない。
(いつまでこんなことが続くのだろうか……)
レナトスのことをよく思わない勢力がいることは知っているが、自分ではなくこうして周囲にいるものが犠牲になって行くことがなによりも辛い。
沈んだ気分を振り切るように、レナトスは騎士を見上げ話題を変えた。
「見かけぬ顔だな……名はなんという」
金髪で長身の男は、まだ少年の域をでないレナトスよりも十ばかり年上に見える。
近衛騎士に選ばれる者はみな容姿端麗だが、この騎士もたいそうな美男だ。
(はて……どこかで見たことがあるような……)
見覚えがある顔立ちに、レナトスは首を傾げる。
「はっ、フェリペと申します」
胸に手をあて恭しく頭を下げる。
「ではまさか……そなたがロレンシオの甥か……?」
頻繁に宮殿へ出入りする軍服に身を包んだ男と顔立ちが似ており、フェリペという名前は何度も本人の口から聞いていた。
「はい。ロレンシオ将軍でしたら、私の叔父でございます」
人好きのする笑みを浮かべ、フェリペは頷く。
(やはりそうだったか)
「ロレンシオが馬の扱いの上手い甥がいると自慢してたが、しかし見事な手綱捌きだった。改めて礼を言う」
「そんな滅相もございません」
フェリペは恭しく頭を下げた。
これが後のレナトス三騎士の一人、フェリペとの出会いだった。
◆◆◆◆◆
視界は暗いまま、聴覚だけが戻って来た。
なにかとても大切な夢を見ていたのに、聴こえてきた声にかき消されてしまった。
『酷い出血だ。縫った方がいい』
広い胸板から直接声が響いて来る。
その声は耳に心地よく、レネが心から身体を委ねることのできる数少ない存在だ。
『いや大丈夫です』
『なに言ってる、消毒してちゃんと処置しないと切断する羽目になるぞ』
どうやら遠慮する新人をロランドが脅しているようだ。
『レネを頼む。二人で火の近くにいろ』
身体が揺れて大きくて温かい身体から、少し体温の低い身体へと移される。
真っ暗だった視界がぼんやりと明るくなって、重かった瞼が持ち上がる。
暫くは焦点が合わずに虚ろな世界が広がっていたが、徐々に視覚が明瞭になって来た。
「……フィリプ……?」
「レネ!? 気が付いたか?……良かったっ!!」
いきなり強く抱きしめられ、意識の戻ったばかりのレネは困惑する。
いつの間にか山小屋の中に戻っているが、死体は綺麗に片付けられ、レネは暖炉の前でフィリプの腕の中にいる。
ブランケットにこそ包まれているが、二人とも裸だ。
「……オレ……なんでここに?」
新人たちを助けるために川辺へ行って……それ以降の記憶が曖昧だ。
「憶えてるか? 川に落ちたお前をフィリプが飛び込んで助けたんだぞ。もう男と人工呼吸なんて御免だ」
レネの濡れた服を乾きやすいように暖炉の前に置いてある椅子に掛けていたロランドが、疑問に答える。
「人工呼吸?」
「お前、助けられた時は息してなかったんだよ」
ロランドはふだん滅多に他人の世話を焼かない。
この男に世話を焼かれているということは、よっぽど自分は危険な状態だったのだと、レネは察した。
「フィリプが川に飛び込んでオレを助けてくれたのか?」
フィリプとは今まで何度か仕事で一緒になったことはあったが、命の危険を冒してまでレネのことを助けてくれるなんて思いもしなかった。
レネのためにそんなことしてくれるのは、自分の騎士であるバルトロメイくらいだろうと思っていた。
「助けた時には水飲んでて息してなかったからびびったけど、無事でよかった……」
心から安堵した様子でフィリプは腕の中のレネを見下ろす。
「あんたが助けてくれなかったらオレ死んでたかもな……ありがとう。……あ、ロランドも」
取って付けたようにロランドの名前も付けたした。
これはわざとだ。
「なんだよ、俺はついでか?」
案の定、こちらを見る翡翠色の眼差しに険がこもる。
(こうじゃなくちゃ)
レネはいつも通りのロランドの方が安心する。
この男に世話を焼かれるとどうも落ち着かない。
「そういえば、もう一人は?」
ヘークはゼラから怪我の手当てを受けているが、レネを川へ突き落したヨニーがいない。
「あの馬鹿か? 死体を片付けさせてる」
ロランドの瞳がより一層険しくなる。
余計な手間を増やした新人のことを怒っているんだろう。
フィリプが助けてくれたからレネは生きているが、もしあのまま流されていたら、間違いなく死んでいた。
一歩間違えばヨニーが片付けているであろう死体に混ざっていたかもしれない。
(オレ……生きてた……)
いつもレネは紙一重で生き残っている。
54
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話
あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった
親は妹のゆうかばかり愛してた。
理由はゆうかの病気にあった。
出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた
そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。
もう愛なんて知らない、愛されたくない
そう願って、目を覚ますと_
異世界で悪役令息に転生していた
1章完結
2章完結(サブタイかえました)
3章連載
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる