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7章 人質を救出せよ
8 弱肉強食のピラミッド
しおりを挟むまとめ役の男が驚きに一瞬動きを止めるが、入って来た人物の姿を頭から足元まで確認し終わる、その表情には喜色が浮かんでいた。
「お前、女か?」
「残念だったな……男だ」
中に入って来た灰色の髪の青年が、唇を片方だけ上げて笑う。
まさかこのような状況でレネが笑うとは思わなかったので、ヨニーは動揺した。
場違いな薄紅色の唇にドキリと心臓が高鳴ったが、きっとこれは緊迫した場面のせいだと言い聞かせる。
「マジか……男でもこんな上玉がいるんだな……」
「女でも見たことねえよ……」
それもそうだろう。
こんな森の中で薄汚い男だけで暮らしている中、極上の美形が突然やって来たら、性別に関係なく浮足立つに決まっている。
盗賊たちにとってレネは、捕まえた人質の身代金を持って来た使用人。
腰には剣も差しておらず、武装した二十人余りの男に囲まれている。
圧倒的に盗賊たちが有利な状況にある。
よりによって、なぜ団長の養子がこんな危険な場所にやって来た?
ヨニーは困惑する。
見るからに非力な男がここに来たって、なんの役にも立たないのに……。
人質がもう一人増えるだけだ。
「アルノーさん、無事でよかった。もうすぐあなたは解放されますのでもう少し待っていて下さい」
レネはアルノーに安心するよう頷いて見せる。
どういう手順になっていたかヨニーは知らないが、レネが二人の安否を確かめるためにここへ一人で来たのだろう。
「一度外に戻って身代金を取って来る」
レネは男たちに告げたが、背後で何人かがチラチラと目配せして、玄関の扉を防ぐように移動していた。
(あいつらっ!?)
盗賊たちの意図に気付き、ヨニーは無意識のうちに奥歯を噛み締める。
「おっと、つれねえな。折角だからここで遊んで行けよ」
レネが踵を返そうとすると、隣にいた男が肩に手を掛けて動きを阻止する。
「そうだぜ、こんなに綺麗だったら野郎でも大歓迎だ」
「マジでこいつ男なのか?」
「此処までの美形となると高く売れるぜ」
「このおっさんの身代金なんかよりがっぽり儲けそうだな」
欲を隠さない視線でジロジロと見ながら行われる男たちの皮算用にも、レネは顔色一つ変えない。
なんの予備動作もなく、それは突然起こった。
ごすっという不吉な音と共に、レネの肩に触れた男が泡を吹いて倒れる。
肘が綺麗に顎の下に入って、そのまま男は動かなくなった。
突然なにが起きたのか理解できず周囲が動きを止めている間に、レネは近くにいた男の腰から剣を抜き、目にもとまらぬ速さで斬り裂いていく。
斬られた腹を押さえる手の間から血と共に臓物が床の上に零れ落ちる。
「……は?」
想定外の出来事に、ヨニーの脳は思考することを放棄し、間の抜けた声しか上げることができない。
仲間が助けに来たというのに、この中で一番動転しているのは……もしかしたら自分かもしれない。
やっと回りだした頭の中で、ヨニーは思う。
「——戦って死ぬか、拷問に掛けられて死ぬか、自由に選べ」
男たちの征服欲を刺激するような蠱惑的な姿で……この薄紅色の唇は、なんと残酷な言葉を発するのだ。
それではどちらも死という、究極の二択しかないではないか……。
ヨニーは盗賊に捕らえられた時よりも緊張し、口の中がカラカラに乾いて唾さえも飲み込めない。
「うぁぁぁッッッ………」
「ひぃぃぃぃっ……」
吐き気を催すような臓物の香りが部屋中に立ち込め、男たちは誤って招き入れてしまった美しい殺戮者の手から逃れようと、出口へと向かい一目散に走って行く。
しかし中には骨のある男たちもいるようで、仲間を殺された怒りに身を燃やしレネに向かっていく。
「くそぉぉぉっっ!!!」
レネは敵から奪ったロングソードで器用にその攻撃をいなすと、足を払って相手がバランスを崩した所に心臓を一突きして仕留めると、もう一人に向かい合う。
水の流れるような剣技で、ヨニーはすっかり失念していたが、レネは両手剣ではなく片手剣の使い手だったはずだ。
仕事を終え、本部に帰って来るレネの細い腰には、それに似合った華奢な作りの反りの強い剣が差してあったではないか。
(——本来、不得手なはずの両手剣で戦ってこれか……?)
ヨニーはその可憐な容姿に騙されて、自分がとんでもない誤解をしていたことに気付く。
「動くなッ!! コイツが殺されてもいいのか?」
すっかりレネの動きに釘付けになっていたら、まとめ役の男がいつの間にか隣でアルノーの首筋にナイフと突きつけていた。
「ひぃッ……た……助けてくれっ!!」
アルノーが悲鳴を上げる。
太っているのでまるで殺される前の豚の声みたいだ。
流石に二十余名の盗賊たちをまとめているだけあり、男は突然のレネの凶行にも取り乱した様子はない。
護衛対象が危険に晒されるとなれば、レネもこれ以上動くわけにもいかない。
ピタリと動きを止め、まとめ役の方に視線を向ける。
「ただの使用人じゃねえだろ。お前は何者だ?」
「リーパの護衛だ」
レネが剣を振り回すところを見ていなかったならば誰もその言葉を信じる者はいなかっただろう。
しかし今は、『嗚呼……』という絶望の表情が、盗賊たちの顔に浮かんでいる。
「だからっ……お前はこんなに剣が使えるのか……」
男の顔にも焦りが生まれる。
リーパ護衛団に手を出した者たちは必ず殲滅させられるというのが、賊たちの間で持たれている共通認識だからだ。
「その隣にいるのもリーパの団員だ。オレたちはそいつらの尻拭いに来たのさ」
黄緑色の瞳に睨まれる。
過ちを犯したヨニーを責める様な冷たい視線は、思わず背筋が凍えるほどの迫力があった。
レネを初めて見た時は剣など似合わないと思っていたのに、今はどうだ……肚の奥がずしんと重くなるような、強者の雄だけが纏う独特の色気を発している。
盗賊だけではなく、ヨニーまでもが完全にそのおとなし気な外見に騙されていた。
「おとなしく武器を捨てろ。こいつを殺すぞ」
まとめ役の男はそんなレネの圧を受けながらも、人質を決して離さない。
アルノーの首筋にナイフの切っ先を触れさせると、脂肪に覆われた皮膚から血が滲み出してくる。
「——嫌だと言ったら?」
護衛対象が人質に取られているというのに、レネは動揺を見せるどころか、不敵な笑みさえ浮かべているではないか。
(ここで笑うのか……)
なぜそんな余裕があるのか、ヨニーには理解できない。
この男は、自分と生きている世界が違う。
同じ雄としての圧倒的な差に、ヨニーは心臓を素手で掴まれ揺さぶられるような衝撃を感じる。
「なんだとッ! 舐めた口叩きやがっ……ぐああああっ!!!」
まとめ役の男は、いきなりロフトから降って来た黒い影に蹴り飛ばされ、無様に床に転がった。
(——ゼラ……!?)
いきなり上から降って来た男によって、硬直していた均衡が再び崩れた。
まとめ役を蔑ろにされ、盗賊たちも黙っておくわけにはいかない。
(いつの間に……)
この漆黒の肌を持つ男が、団員最強と謳われているのはヨニーも知っている。
だがまさか二階に潜んでいるとは思わず、心臓が口から飛び出すくらい吃驚した。
レネの衝撃でとんでもない方向へと飛んで行ったヨニーの意識が、再度衝撃を受けたことにより、正常な位置へと戻った。
冷静な思考が戻ったと同時に、どっと全身に冷や汗が流れる。
団長の後継者と、最強の男が尻拭いをしに来ているという事実に、ヨニーは自分たちの犯した過ちの大きさを思い知ることになる。
ゼラは背中にアルノーを庇うと、レネの攻撃に追い立てられて逃げてきた男たちを容赦なく薙ぎ払う。
二人は全くと言っていいほど対照的なのに、戦う姿は溜息が出るほど美しい。
つい先ほどまで自分の馬鹿な行いに打ちひしがれていたというのに、今はそんなことも忘れ、羨望の眼差しで二人を見つめている。
ヨニーたちの尻拭いのために二人を寄越したのは間違いなくバルナバーシュだ。
この二体の荒ぶる鬼神を従えることができるのは、それ以上の強さを持った神しかいない。
強さだけが支配するシンプルで美しい構図に、ヨニーの身体に甘い痺れが走る。
この最下位に自分も組み込まれているのだと思うと、言いようもない安心感に包まれた。
(ここが俺の居場所なんだ……)
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