菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

7 想定外

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混同しやすいのでもう一度人物のおさらいです。

ヘーク…レネたちと一緒に行動している新人
ヨニー…レネのことを気にくわない新人(人質になっている)





◆◆◆◆◆


 ジロジロと男たちの視線がレネに集まっている頃から、ヘークは嫌な予感がしていた。

「そこのお前だけ、金を持ってこっちに来るんだ」

(やっぱり……)

 バルナバーシュの養子でリーパの次期団長だと言われているのに、レネは剣など似合わない外見をしている。
 自分だって身代金と身柄交換のために誰を選ぶかと言われたら、迷わずレネを選ぶだろう。
 最初に武器を取り上げてから中に入れ、後は力で取り押さえてしまえば簡単だ。
 ヘークは純粋にひ弱そうだという理由でレネを選ぶが、盗賊たちのレネを見る目には良からぬものが混じっている。
 
「……本当に金を渡したらアルノーさんとヨニーを解放するんだろうな?」

 ロランドも、男たちの動向を怪しんでいる。
 レネ一人で中に行かせるのが心許ないに違いない。

「金さえ渡せば人質は解放する」
 
 身代金なんか持って来ていないのにいったいどうやって人質を取り戻すつもりなのだろうか?

「その前に、腰に提げたお飾りの剣を置いて行ってもらおうか」

 口ではお飾りと言いながらも剣を持ち込ませないとは、盗賊たちは用心深い連中のようだ。

 レネは腰に反りの強い片手剣を差している。
 団長がもつ両手剣とは違う。
 それは後継者のはずなのに、団長から直接剣を教わっていないことを物語っていた。

(たぶん……両手剣が重くて扱えないんだ……)

 ヘークも片手剣を武器にしているのでよくわかる。
 レネはロランドに剣を預け、盗賊たちを見渡し口を開く。

「オレは身代金を持って入らない。まずは主人の無事を確認するだけだ」

 意外だが、レネに全く怯えた様子はない。
 他の団員たちがいるので安心しきっているのだろうか?
 だが他の団員たちも、途中から別行動をとっている南国人以外はみなあまり強そうに見えない。

「……まあいい。でも中に入れるのはお前だけだからな。金を持って入るのもお前だぞ」

 盗賊たちは中にレネしか入れないと決めたようだ。
 ますます面倒くさいことになってきた。
 
「そんなことより、早く主人の無事を確かめさせろ」

 レネは自ら進んで建物の中に入って行こうとする。
 こんな敵の巣窟に、よく武器も持たずに入って行く勇気があるものだ。

「もっとビビるかと思ってたら、おまえ意外と肚が据わってるな」

 盗賊たちもレネの意外な態度に少し驚いているよだが、活きのいい獲物に目を輝かせている者たちもいる。

「あの……一人で行かせて本当に大丈夫なんですか?」

 下手すればレネまでも人質へ取られかねない事態に、ヨニーはロランドを振り返る。

「仕方ないだろ、向こうのご指名なんだから」

「……でも」

「黙れ」

 次期団長が危険に晒されるというのに、ロランドは気にしてもいない。

(本当に大丈夫かよ?)

 もしなにかあって自分たちの責任にされたらたまったものではない。
 

◆◆◆◆◆


 護衛対象の無茶な要求のせいでとんだ事態になってしまった。
 ヨニーは今頃になって頭を抱える。

 サーコートを着た護衛と一緒に行くなんて物々しいと、サーコートを脱いで自分の使用人のふりをするように頼まれた。
 
 研修期間に『リーパの松葉色のサーコートはお守りのようなものだ。これを着ていると盗賊たちの襲撃を受けることはない』と教えられた。
 それだけ盗賊たちはリーパの団員たちを恐れている。
 手を出したら必ず報復されるからだ。

 だからサーコートを脱げと言われ、はいそうですかと言うことを聞くわけにはいかない。
 ヨニーとヘークは契約内容と違うと主張したが、「だったらお前らはクビだ」とごね始めたので、しょうがなくサーコートを脱いで護衛をすることになった。

 心のどこかで、サーコートがなくとも盗賊なんて俺がやっつけてやると、甘く見ていたのかもしれない。
 リーパではサーコートを着用しない仕事を任せられるのは、団の中でも腕の立つ一握りの団員だけだと聞いている。
 ヨニーはこの仕事をこなせば、自分もそんな存在に近付けると慢心していた。

 護衛対象と二人、薄汚い山小屋で両手を拘束された今、その考えが甘かったことを後悔している。
 ヘークが護衛対象の屋敷に帰って身代金を取って来るよう言われてどれくらい経つだろうか、辺りも薄暗くなってきて日没も近い。

 自分たちを捕えた盗賊たちは二十名以上の大所帯で、猟師たちが使っていたこの山小屋を寝床にして活動しているようだ。
 昔はきっと領主が狩りを楽しむように作った建物のようで、ただの猟師小屋にしては作りが大きく、二十人前後が寝泊まりする広さは十分にある。

 助けが来たとして、そんな大人数を相手に護衛対象を救出することができるのだろうか?
 ここに拘束されて半日あまり、護衛対象である太った中年の商人も極度の緊張のためか顔色が悪い。

(早くなんとかしねえと……)

 どんな面子がこの窮地にやって来るのか未知数だが、今はその助けに縋るしかない。
 

「二階にネズミでもいるのか? カサカサうるせえな」
「手入れしてねえボロ屋だからな、ネズミを狙ってイタチでも棲みついてんじゃねえか?」

 ヨニーも釣られるように二階を見上げ、構造を確かめる。
 飴色の丸太に蜘蛛の巣があちこち張っていて、男たちが言うように小動物が棲みついていてもおかしくはない。
 二階はロフト状で、盗賊たちの寝床になっていると思われる。
 階段はなく、木の梯子で上り下りするようになっているが、暗くてよく見えない。

 ヨニーは棲み処に連れて来られてからずっと、どうにかして逃げ出せないかと行き来する男たちを観察しながら、部屋の間取りを探っていた。
 だが残念ながら、奥のもう一部屋に直接外へと繋がる扉はなく、盗賊たちは玄関からしか外に出入りしていない。

 常に玄関には見張りがおり、振り切って扉まで走ったとしても両手を拘束したままあの扉を突破することは無理だろう。



「連れが戻って来たぞっ!」

 外で見張りに立っていた男が小屋の中へと入って来た。

「おい、お前らで様子を見て来い」

 この集団のまとめ役の男が他の盗賊たちに目配せすると、ぞろぞろを半数あまりが小屋の外へと様子を窺いに出て行った。

「さて、あいつはちゃんとお前さんの身代金をかき集めて来たのかね……」

 ナイフを鞘から出して、まとめ役の男が商人に思わせぶりな視線を送る。
 まるで身代金を渡さないならばお前たちを傷つけると言わんばかりだ。
 
「……ひっ…」

 商人はブルブルと震えながら、夜光石に照らされギラギラ光るナイフを見つめている。

 盗賊たちの要求した身代金はヨニーが一年間働いても稼ぎきれないほどの高額だ。
 護衛対象は裕福な商人だが、こんな短時間で金を集めるのは無理だろう。
 敵はまだ、ヨニーとヘークがリーパの護衛だとは気付いていない。
 まさか護衛団に助けを求めに行っているとは思ってもいないはずだ。
 仲間が助けに来てくれることが、唯一の希望だった。

 何人かが外で喋っている声が聴こえる。
 ヘークはちゃんと助っ人を連れて来ることに成功したようだ。

 
「お~~い、お客さんだ。人質が無事か確認させてくれってよ」

 扉が開いて中に入って来た人物を見て、ヨニーは驚愕する。
 薄汚い盗賊たちに囲まれるように佇んでいると、余計に儚さばかりが目立っていた。

(どうして、あいつがっ!!)
 
 
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