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7章 人質を救出せよ
4 リカバリー
しおりを挟む緊急の用事だと非番だったレネは執務室に呼びだされる。
着替える暇もなかったので私服のままだ。
そこには既に、ゼラとロランド、そしてフィリプがいた。
精鋭揃いの顔ぶれに、レネはこの呼び出しが只事ではないと察知する。
「よし、すぐに今回の任務について説明をする」
全員揃ったところで、いつもより早口でバルナバーシュが喋りだした。
「リーパの護衛を二人付けてザクラトゥコ村に行く途中、盗賊に護衛対象が拉致された。団員も一人捕らえられている」
「その情報はどこから?」
眉を顰めてロランドがバルナバーシュに尋ねる。
「団員が一人戻って来た。盗賊が使用人と勘違いして一度帰って身代金を持って来いと言ったらしい」
「…………」
ザクラトゥコ村はメストからそう遠くはないが、道が悪く馬車ではいけない。
「どうも護衛対象は、当初の依頼内容と違うことを団員たちにさせていたようだ」
そのようなことは、滅多にないが稀にあることだ。
レネも聞いていた話と全く違ったことが何度かある。
しかしここで判断を間違えると、大変なことになってしまう。
内容によっては犯罪の片棒を担がされる可能性もあるので、あまりにも怪しいと感じた場合はその場で護衛を断ることもあった。
バルナバーシュの斜め後ろに立っていたルカーシュが話を続ける。
「物々しいからと言ってサーコートを脱がせて、リーパの護衛であることを団員たちに隠させ、それだけならまだしもメストを出てザクラトゥコ村まで出かけていたようです。完全に契約違反だ」
「メストを出るとわかっていたら、新人二人を護衛につかせたりはしない。それにサーコートはお守りだって、俺は日頃から口酸っぱく言ってたんだがな……」
バルナバーシュの言うように、松葉色のサーコートを着ているだけで賊たちはよっぽどのことがない限り襲ってこない。
リーパ護衛団に関わると痛い目を見るということをちゃんと理解しているからだ。
それがあるので、新人の内は、必ずサーコートを着用する任務しかつかせない。
依頼人のニーズに合わせて服装を変えたりするのは、ベテランになってからだ。
言われたことを守らなければ、助かる命も助からない。
今回の事件は、依頼人も契約違反を行っているし、護衛についた団員たちも教えられたことをちゃんと守っていない。
これでは盗賊に襲われても仕方ないと言える。
しかし助けに行かないと、人質が殺されるかもしれないし、リーパ護衛団の名に傷がつく。
「十人以上の武装集団だったと言っている。帰ってきた団員は現在救護室で治療中だが、終わり次第、お前たちの案内をさせる」
「帰ってきた団員の精神状態は大丈夫ですか?」
怯えているようなら自分たちの足手纏いにもなりかねないので、レネは出発前にそこだけは確かめておきたかった。
「心配ない。自ら案内役を買ってでている」
「それならいいですけど……」
まだ自ら志願する気力はあるのならとレネは一安心する。
現在は正午過ぎなので、メストからザクラトゥコ村まで馬で行けば、夕方には着くことができるだろう。
「うわっ!?」
「お前、大丈夫か」
フィリプが呆れて後ろを振り返る。
まだ乗馬に慣れていない新人の案内役が、馬を制御できずに先ほどから列を乱している。
「はい……なんとか」
困った顔をしながら、首を振る馬を宥め落ち着けようとするが、完全に舐められている。
依頼人が馬に乗れないため、朝からザクラトゥコへ行った時は途中まで馬車、途中からは徒歩で向かったと言っていた。
まだまだこの新人にとって乗馬での任務は厳しいようだ。
他の四人は乗馬など慣れたものだ。
フィリプは入団して二年しか経っていないが、剣も乗馬の腕も中々のものでベテラン団員たちに混じって遜色なく任務をこなしている。
とは言っても、フィリプとて入って来た時には既に二十代半ばだったので、元々乗馬が得意だったのだろうとレネは推測する。
「おい、盗賊たちのいる場所はあの森の中か?」
ザクラトゥコ村が見えてきたところで、ロランドが畑の先にある鬱蒼とした森を指さす。
新人のスピードに合わせながら進んだので、予定よりも陽が傾いていた。
夏に向けて陽が長くなってきたので、すぐに陽が沈むことはない。
「はい。あの森の中です」
案内役の団員は身を硬くして答える。
たぶん盗賊たちは、身代金が来るのをまだかまだかと、森の中で待っているだろう。
今回ロランド、レネ、フィリプ、ゼラという顔ぶれだが、ゼラ以外はサーコートを脱ぐと、商人の家で働く青年たちに見えなくもない。
レネとロランドは元から護衛には見えない風貌だ。
今回一緒のフィリプも金髪を短く刈り込んではいるが、着やせするタイプで普段着だとそう筋骨隆々には見えない。
商人の家の者だということにして、盗賊たちの所に身代金を持って行っても怪しまれたりはしないだろう。
しかしゼラの風貌はこの国では異質で威圧感を与える。
盗賊たちに警戒心を与えそうなので、自分から『後で合流する』と言い残し、まるで黒豹のようにどこかへ走り去ってしまった。
「ったく……あいつめ馬を置きっぱなしに行きやがって……俺たちも森へ入る前に、村で馬を預かってもらおう」
ゼラが去って行った方角を睨み、ロランドが舌打ちする。
「そうだな」
レネとフィリプもロランドの意見に同意する。
森の中に繋いで盗まれでもしたら大変だ。
それに森の中には狼の群れがいる可能性もある。馬たちだけ放置していくには危険な場所だ。
新人の団員は慣れない乗馬から解放されるのでホッとした顔をしている。
(たぶんこいつは出世しないな……)
レネが入団して五年余りになるが、その短い期間でも団員たちの入れ替わりは激しい。
沢山の男たちを見てきたので、レネは新人の将来が容易に想像できる。
乗馬を怖がっているようでは、金になる仕事は回ってこない。
護衛で食いっぱぐれず金を稼ぐには、乗馬ができて剣の腕もそこそこあり、いかにも強そうな見てくれであることが必須だ。
この三条件が揃えば、長距離を移動する商隊の護衛に必ず選ばれる。
そして、厳つい外見をしていればしているほど顔を覚えられ、個人で指名がかかるようになる。
こうなってくるとプラス指名料が追加されるので、個人の稼ぎも大きくなる。
ヤンやゼラがその最もたるもので、風貌だけで人を威圧することができた。
歩いているだけでどんな人混みの中でも、勝手に人々が道を開けていく
。
そのような男たちを護衛に従えていれば、効果覿面だ。
加え二人は、その外見に見合った腕を持っている。
しかしそんなヤンでも、バルナバーシュの手にかかると……『お前は顔が可愛すぎる。頬に傷でも入れたらもっと指名がくるぞ? どうだ? 俺が入れてやろうか?』と、まるで熊のぬいぐるみのように扱う。
レネは時々、養父のそういった感覚についていけなくなる。
観察する限り、この新人は三つ条件のどれもにも当てはまらない。
メストで門番をしているくらいが関の山だ。
しかし厳つい容貌を持たずとも、護衛としての需要がないわけではない。
レネやロランドは厳つい外見とはほど遠いが、逆に護衛には見えない外見を買われて、サーコートを着用しない任務に就くことが多い。
それには単独で護衛対象を護るスキルが求められるので、これもまた容易ではないが。
「ほら、お前こっちに来い」
ロランドが馬に乗ったまま、ゼラの乗っていた馬の手綱を引き誘導する。
口ではグチグチ言いながらも、ちゃんと仲間の馬の面倒まで見ている。
人当たりはきついが、意外といい奴なのだ。
レネは何年か一緒に仕事をしてやっと気付いた。
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