菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

3 気に食わない存在

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 ヨニーはドロステア南部の港町から、メストで一旗揚げようとやって来た。
 腕に自信があったので、この王国で一番有名な傭兵団に入ろうと決めていた。

 子どものころ大人たちから聞かされたのは、一人の傭兵が東国の大戦に参戦して敵の大将を討ち取ったというものだ。
 その出来事がきっかけで、オゼロに進行していたシキドペリアとヒルスキーの両国は軍を撤退させる。
 それ以来、長年に渡りドロステア王国へと脅威をもたらしていたシキドペリア帝国は、西方進出の手を止めた。

 自分もいつかはそんな存在になりたいと、木刀を振り回して剣の練習をした。
『漁師の息子がなにやってるんだい』と馬鹿にされたが、ヨニーはその夢を諦め切れなかった。
 夢を掴むために、騎士団を引退した男から剣を習い、町でヨニーに敵う者はいないくらいまでに腕を磨いた。

 大戦の英雄が団長を務めるリーパ護衛団に入団して、自分もこの国を護る英雄になるんだ!
 鼻息を荒くしてリーパ護衛団本部の門を潜った。

 最初の面接と実技で入団試験に通ると、合格者たちが会議室に集められ、初めて団長と対面する。
 松葉色のサーコートを着た長身の人物が会議室へと入って来ると、ヨニーは一目で心を奪われる。
 当時は女たちの人気が凄まじかったと聞いてはいたが、想像以上の男前だった。
 
 ハシバミ色の鋭い瞳が野生の狼を連想させ、チラリと目が合っただけでも威圧感に全身の産毛が総毛立ったのを覚えている。

『私が団長のバルナバーシュだ。この仕事は常に死と隣り合わせだ。一つの判断ミスで多くの命が失われる場合もある。君たちは護衛対象を命懸けで護るのが仕事だが、そんな君たちが命を落さぬよう私が全責任を持つ。その代わり入団したら団長には絶対服従だ。私に従えない者は今すぐここを出て行ってくれ。私もこれいじょう団員を無駄死にさせたくないからな』

(——無駄死にさせたくない……)

 その言葉を聞いた時から、ヨニーはバルナバーシュに陶酔していた。
 いわゆる男惚れだ。
 それ以来ヨニーは、早く団長から認められるようにと、剣の稽古に明け暮れる。


 
 リーパ護衛団本部の食堂は、お昼時が一番賑わう。

「はいっ! 追加でジャガイモが揚がったよっ!!」
「おばちゃ~~~ん、ミートボールもなくなったよ~~~」
「はいはい、ちょっと待っとくれっ」

 食堂の席はほぼ団員たちで埋まっており、調理場に隣接しているカウンターでは、調理担当のおばさんと団員隊の威勢のいい声が飛び交う。
 創設時に比べ団員たちの数が増えてきたこともあり、二年前から食事の提供方式が変わり、各自がそれぞれ食べたいものを取っていくというセルフ方式に変わった。

 団員たちは入り口でトレイを持ち、カウンターに並べられた料理を食べたいだけ皿に取って行く。
 食べ盛りの男たちの食欲は底なし沼だ。
 大皿へと山盛りに盛られた料理もあっという間になくなっていくので、厨房は戦場の様に忙しい。


「おい団長たちと猫が来たぞ」
「……!?」
「…………」

 一人の団員の言葉に、同じテーブルで食べていた他の団員たちが、一斉に食堂の入り口に目を向ける。

(なんだ?)

 同じテーブルにいたヨニーは、他の団員たちが急にソワソワし始めたので、その目線を追った。

(猫ってなんだ? ここはペット禁止じゃなかったのか?)

 最初に見せられた十箇条の掟にそう書いてあった気がする。
 ヨニーが首を傾げていると、団長と副団長、そして灰色の髪をした人物が食堂の中へと入って来た。

 その姿を確認するとおばさんがサッと、他の団員たちから食べられないように取っておいたメインのミートボールの大皿を、空になっていた大皿とを交代する。
 団長が食事に来たのに、メインの料理が無くなっていてはいけないので、厨房のおばさんはいつも団長たちの分だけは確保している。

 ミートボールはよくあるメニューで、夏のトマトの時期はトマト煮込み、それ以外はクリーム煮にするのが定番だ。
 馬丁が河川敷での野菜作りに精を出しており、ヨニーも何度か手が空いている時に畑仕事を手伝わされた。
 まだトマトの収穫には時期が早いようで、今日はクリーム煮だ。


「何度見ても同じ生物とは思えないな……」

 皿に残ったクリームソースをパンにつけながら、視線だけをその人物に向けて、団員の一人がぼそりと呟く。

 自分たちと同じ松葉色のサーコートを着ているが、野郎ばかりが集まったこの男臭い空間に似つかわしくない青年が、団長の隣の席へと座る。

「誰だ……あいつ……?」

 当たり前のように団長の隣に座るとは、ただの一団員ではないだろう。

「猫だよ……団長の養子。お前知らないのか?」

 隣に座っていた男が、驚いた顔でヨニーを振り返る。
 
「養子……?」

 独身だとは聞いていたので、まさか養子がいるとは知らなかった。
 それも、バルナバーシュの隣に座る青年は全くタイプの違う人間だ。
 中性的なその姿で、剣を振り回している姿など想像できない。

 団員たちの説明によると、レネと言う青年は養子で、バルトロメイという実の息子もリーパで護衛の仕事をしているそうだ。
 だがバルトロメイは婚外子で、あくまでも正式な子どもは養子のレネで、次期団長も彼が継ぐのだという。
 
 レネは、男らしいバルナバーシュとは似ても似つかず華奢な作りで、控えめに言っても強くは見えない。
 いや……正直に言うと、非常に弱そうだ。

(あんな奴が次期団長だなんて……)

 それがヨニーの素直な感想だった。



「なあ、アルビーンお前、俺たちよりここが長いし私邸住みだろ? 以前は猫が他の団員たちに混じって行動してたって本当か?」

 同じテーブルに座っていた青年へと団員たちは声をかける。
 本部敷地の奥にある団長私邸で寝起きするアルビーンは、若手の団員たちの羨望の的だ。

 見習い以外の団員たちの多くは、敷地外にある団員向けの宿舎から本部へと通ってきている。
 住むところは自由なので、所帯を持ち自宅から通う者や、中には高級住宅街に住む団員もいた。
 そんな中、団長のお眼鏡に叶った人物だけが、私邸の部屋に住まうことができる。
 アルビーンはそんな一握りに選ばれた人物なのだ。
 
「まあね、普通に他の団員に混じってた」

「へえ……じゃあ風呂も一緒だったのか?」

 アルビーンに尋ねる男の目に妙に熱がこもって見える。

「僕が初めて猫さんを見たのは、大浴場だったよ」

 アルビーンはミートボールを食べながらなんでもない風に言う。

「風呂……」
「マジか……」

 団員たちが信じられない顔をして、団長の隣で食事を摂るレネを見つめ、溜息を吐く。

 確かに、大浴場にあんな青年が混じっていたら、ヨニーだって驚くかもしれない。
 そのくらい男の集団の中で、レネの姿は浮いていた。

 男余りのドロステアでは、美少年・美青年も男たちからもてはやされる傾向にある。
 それに加えここは男ばかりの護衛団だ。

 男娼街にでもいそうな容姿のせいだろうか、団員たちはまるで女でも見るような眼差しでレネを見ている。

(野郎同士なのに鼻の下伸ばしやがって……見苦しい……)

 ヨニーは同じ男になどに興味はない。
 それにレネは、尊敬すべきバルナバーシュの後継者に似つかわしくないように思えた。
 だから高嶺の花のようにレネをもてはやす団員たちの態度が気にくわない。
 
(なぜ……あんな奴を養子に……?)

 


 レネは団長の養子ということもあり、見習いであるヨニーと顔を合わせることなどほぼない。
 あれ以降、見かけるのは食堂か、ヨニーが門番をしている時くらいだ。
 

 ヨニーはレネを崇拝する一部の団員たちと一緒に見られたくないので、自分の口からは一切レネの話題には触れない。
 自分からレネの話題を出したら負けのような気がしたからだ。
 だからヨニーはレネと言う人物の中身についてはよく知らないままだ。

 二十四の自分よりも若造で、ただ団長の養子というだけでチヤホヤされている存在を、好意的に見ることなんてできなかった。


 あの日までは……

 

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