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7章 人質を救出せよ
1 可愛い双子
しおりを挟む「ああああああ~~~~」
ベッドの中ですやすやと眠る双子の姉弟を覗き込み、レネはプルプルと身を震わせる。
(可愛い……可愛すぎる……)
マシュマロみたいなほっぺに、くるんとカールした睫毛、父親そっくりの巻き毛が幼子の可愛さを最大限まで高めている。
この天使のような姿を見るだけで、荒んだ心が癒されていく。
「せっかく寝てるんだから静かにしなさいよ」
やっとのことで寝付いた子どもたちが起きないようにと、レネの後ろから見張りに来ていたアネタが、小言を漏らす。
姉の目の下には隈ができており、レネがいる殺伐とした世界とは違う戦いがあることを物語っている。
前回来た時に双子の母親であるアネタは、この子たちを『天使の皮を被った悪魔だ』と豪語していたが、二児の母の先輩でもある編み物工房の女将モニカは『なに言ってんの、まだまだこんなの序の口よ』と鼻で笑っていた。
今年の冬には二歳になる双子の姉弟は、いつの間にか自分の足で歩き回れるようになり少しずつ言葉を発するようになってきた。
レネは今回のように仕事が終わった帰りか、まとまった休みがとれた時にしか来ることができないので、会う度に大きな成長を見せる姪っ子と甥っ子に毎回驚かされている。
姪っ子たちを見ていると、バルナバーシュが子ども好きなのもわかる気がする。
穢れのない無垢な存在に触れているだけで、自分の心から消えていたなにかが補充されるのだ。
この子たちの未来を守るために、汚れ役は全て自分引き受けようという気持ちが湧いてくる。
ここは……自分のような血で汚れた人間が長居する所ではない。
殺戮しかできないレネにとって、そんなほろ苦い想いに駆られる場所でもある。
心が感じるこの苦さこそ、少し自虐的であるが、自分の存在意義を確かめる大切な要素だと思っている。
「なんかあったの? 今日は凄く疲れて見える」
レネは姪っ子たちの寝顔を見た後に、一緒に来ていたバルトロメイとアネタの三人でお茶を飲みながら雑談をしていた。
「まあ……色々ね……」
レネはできるだけ表へと出さずにしていたが、あっさりと姉に見抜かれてしまった。
今回の任務は嫌な護衛対象に当たったが、レネの疲れはそこから来るものだけではなかった。
◆◆◆◆◆
こうしてバルトロメイがレネと二人でジェゼロの編み物工房を訪ねるのは何度目だろうか?
今回はポリスタブまでの任務を終え、帰り道に一目でもいいから甥っ子と姪っ子の顔を見たいというレネに付いてきた。
ジェゼロでの定宿は『虹鱒亭』と決まっている。
他の団員たちと夕飯を済ませて、それぞれ思い思いに過ごす時間になり、バルトロメイはレネとそっと宿を抜け出してきた。
ジェゼロにレネの姉がいて、癒し手のボリスと結婚し子どもまでいることを知っているのは、ほんの一握りの団員たちしかいない。
だからレネは今回も、こっそりと宿を抜け出しているのだ。
「あああ~~~癒される。子どもって可愛いよなぁ~~~」
「そうだな」
毎回ジェゼロに来ると、二人の間でこういった会話が繰り広げられる。
レネの姪っ子と甥っ子であるネラとテオは、美しく整った顔立ちをしており、どこか叔父であるレネの面影もある。
だが本音を言うと、バルトロメイは子どもたちなんてどうでもよかった。
ただレネに話を合わせているだけだ。
薄情な男だと思われるかもしれないが、それが本音である。
昔だったら違ったかもしれないが、今は「可愛いのはお前の方だろ」としか思わない。
レネに剣を捧げてからは尚更だ。
他人に惜しみなく愛情を振りまく博愛主義は卒業した。
自分の庇護欲は全て、主であるレネに向けている。
後は全て惰性で、レネが守ろうとする者を護るだけだ。
「あれ……この子、寝ちゃったわ……」
アネタが机に突っ伏して寝てしまった弟の姿を見て微笑む。
その顔はすっかり母親の表情だ。
「疲れてるんでしょうね」
釣られてバルトロメイも微笑んだ。
それにしても、こんな無防備に眠るレネを見たのは久しぶりな気がする。
次期団長としての自覚がでてきたのか、初めて逢った頃と比べると随分落ち着き、大人びてきた。
最近は執務室で、団長たちの仕事を手伝うこともあるようだ。
「バートってわかり易くっていいわ~」
いきなりアネタがケラケラと笑う。
「えっ!? なにが?」
突然なにを言われているのかわからず、バルトロメイは戸惑う。
「レネに付き合って、ここに来てるんでしょうけど、本当は子どもなんて興味ないでしょ?」
「…………」
アネタに心の中を見透かされているようで、バルトロメイは思わず目が泳ぐ。
「無理しなくていいの。子どもの寝顔見るよりも、レネの寝顔見てる時の方が顔も緩んでるし」
「はっ!?」
無意識のうちにバルトロメイは両手で頬を挟んだ。
(そんなに顔にでていただろうか?)
確かにレネの寝顔を見るだけで、なんとも言えぬ多幸感に包まれるのだ。
戸惑うバルトロメイをアネタは笑いながら見つめる。
「一人に絞り切れない誰かさんなんかと比べたら、いっそ潔くて清々しいーわ」
その誰かさんの顔がすぐに頭に浮かび、バルトロメイは余計にいたたまれなくなる。
アネタは自分の夫であるボリスが、妻である自分だけを愛しているわけではないことを知っているようだ。
それどころか、アネタもいつも危険と隣り合わせの弟が心配で、ボリスの一人に絞り切れない愛情を許容しているように感じた。
「……アネタさん」
「やだ……もしかして、あたしとボリスの夫婦仲を心配してんの? 大丈夫、夫のことはあたしが一番理解しているつもりだし」
「……俺と同じ年なのに、大人ですね」
「なんたって、二児の母ですから」
アネタは胸の前で腕を組んで、えっへんと笑ってみせる。
確かに全身から、母親の貫禄が滲みでてきている。
バルトロメイは、一人の人間しか愛情を降り注げなくなっている自分が、なんだか青臭く感じた。
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