菩提樹の猫

無一物

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6章 次期団長と親交を深めよ

17 二刀流

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◆◆◆◆◆


 出発の準備を整え、フォンスが注文していた弁当を受け取ろうとカウンターに向かうと、女将と配達に来た酒屋の男がなにやら話し込んでいた。

「また出たらしいぜ。今度は町外れの農家がやられたってよ」
 
「まあ……殺されたのかい?」
 
 女将は注文した酒を確かめながら、酒屋の男を振り返る。

「いや、幸い怪我だけで、羊が一頭盗まれたくらいで済んだらしい」
 
「それだけで済んでよかったわねえ……騎士団はなにもしてくれないのかねえ……」
 
「なんでも他のことに手いっぱいで、山賊なんかに手を焼いてらんないってさ……あいつらは貴族の言うことばかり聞いて、俺たちのことなんてどうでもいいんだろ」


「——山賊が出たのか?」
 
 フォンスは山賊と聞いて気になり、二人の会話に割り込んでいく。
 ホルニークでも賊の討伐の依頼を請けることがあるので、反射的に反応してしまう。

「そうなんだよ。最近どこからか流れて来たみたいでさ、被害がでてるのよ」
 
 女将が困った顔をする。
 この町周辺に悪い噂が立てば、商売にも影響してくる問題だ。

「相手は何人くらいなんだ?」
 
「それが十人はいたって話よ。あんたも、連れの子が狙われるかもしれないから気を付けないとね」

 先に馬の所へと行っているのでこの場にはいないが、どうやらレネのことを女将は心配しているようだ。
 全く知らない人間からしたら、レネはか弱い美青年にしか見えない。
 外見だけなら山賊たちの餌食になりそうだが、フォンスはレネの実力を知っているので鼻で笑う。

「心配しなくていい。あいつも傭兵だし」
 
「まあ!? ホルニークの?」
 
「いや、ホルニークじゃないけどな」

 レネの素性については、リーパの副団長だけではなくゾルターンからも、あまり口外しないようにと釘を刺されていたので、フォンスは話を濁した。
 そういえば……ゾルターンはレネがリーパの跡継ぎだったことも知っていたし、どこでそんな情報を掴んでいるのだろうか。
 フォンスが問い詰めても、いつもうまい具合に話をはぐらかしてしまう。

『お前が団長になったあかつきには全て話してやるよ』
 
 いつもこの言葉を最後にゾルターンは口を閉ざしてしまうのだ。

(あいつはなにを隠してんだよ……)
 


 河川敷の脇道よりも、きちんと道路の整備された街道の方が短い時間でメストに帰ることができる。
 二人とも明日から仕事ということもあり早めに帰りつきたいので、帰りは街道を行くことにした。

 レカの町からシエトへと南下する街道の横にはドゥーホ川が流れている。
 この大河には大きな船が往来し物流の大半を担っているため、北の街道に比べると荷馬車の数が少ない。

 目立つのは聖都シエトへと向かう巡礼者たちの姿だ。
 船でシエトに向かうこともできたが、昔から徒歩で行く方がゾタヴェニの御利益があると信じられている。
 だが徒歩での旅は、馬車や馬での移動よりも危険に晒される確率は高い。
 巡礼者は山賊たちの恰好の餌食にされ、いつも襲われる危険と隣り合わせで旅をしなければならなかった。

 シエト周辺は神殿騎士団が街道を警備し、それ以外は各領主が警備を受け持つので、領地ごとに治安が変わって来る。
 近くの領主たちは、巡礼者が集まると領地が潤うので、街道の治安維持に力を入れている。
 しかしメスト周辺の領主たちは、巡礼者よりもメストへ向かうドゥーホ川の船舶から交通料を取った方が儲けは大きいので、あまり街道の警備には力を入れていなかった。

 レカの町一帯を治める領主も上に同じで、武器を持たない旅人や地元の住民たちは常に危険に晒されていた。
 
 
「——おい、あそこ……誰か襲われてるっ!」
 
 レネが目を凝らして、街道の先に豆粒大に見える集団を指さす。

「そういえば女将が山賊の被害が出たって言ってた」

 フォンスはけさ聞いたばかりのことを思い出す。
 レネに倣い目を細めて先を見ると、確かに武装した集団が旅人を取り囲んでいるのが見える。


「助けるぞっ!」

「おいっ……レネっ!?」
 
 一気に馬を駆らせて前へと行ったレネをフォンスも慌てて追いかける。
 

 
「な……なんだっ!! テメェはっ!?」

 レネは襲われる旅人二人と賊たちの間に、邪魔するように馬で突撃すると、急襲に腰を抜かした賊の一人が、泡を食った様子で叫び声を上げる。

 その見事な馬術は、軍馬専門の牧場を経営している隻眼の老人が関わっていると見て間違いないだろう。
 
(代々騎士の家系は違うな……)
 
 馬には乗るが、しょせん炭鉱夫上がりのホルニークとはわけが違う。

「邪魔するなら斬って捨てるぞっ! やれっ!!」
 
 リーダー格の男の一声で、他の賊たちが一斉にレネへと向かって行った。

「おい、あんたたちは俺の後ろに隠れてろっ!」
 
 フォンスはやっとのことで追いつくと、旅人たちを自分の背後に隠す。

 レネは馬を攻撃される前に降りると、右手に剣をもったまま腰からもう一本の剣を抜き放ち、二本の剣の軌道が波紋を描く。

「ぐぁぁぁッッ……」
「ううううぅッッ」
 

(——二刀流だとッ!!)

 自分と手合わせした時とはまるで別人の動きに、フォンスは衝撃を受ける。
 まるで水を得た魚のような動きで敵を倒していく。
 
 レネの二刀流はフォンスの両手剣とは違い、全方向に対処でき、攻撃範囲と守備範囲が広い。
 このように多くの敵を相手にする時、力を発揮する。
 十数人を一気に相手にしていても、そこにフォンスの割り込む隙などなかった。

 レネと手合わせをしている時には余裕がなかったが、輪の外からその戦いを眺めていると見えてくるものがある。

 圧倒的なレネの強さだ。
 

『お前、勝ったと思うなよ』

 今になって、祖父が言っていた言葉の意味を正確に理解することができた。
 あの時、レネは本来の力の半分しか出していなかったのだ。
 昼食会の時にレネが不貞腐れていた態度をとっていたのも頷ける。


(クソ……俺ダセぇな……)
 
 あの時も直前まで、レネは腰から剣を二本提げていたのに、二刀流だとは疑いもしなかった。
 
 改めて、二刀流のレネの戦いぶりを眺めるが、剣技以上に迸る気迫が凄まじい。
 繊細な外見だから余計にそう感じるのだろうか?

 多人数ではあるが賊たちはレネの足元にも及ばない。
 そんな力の差がある戦いでも、フォンスの心臓はドクドクと高鳴り、その美しい姿に魅了されていた。

 バルトロメイとの決闘は、さぞや壮絶な戦いだったに違いない。

 昨日まではバルトロメイがレネに手加減したとばかり思っていたが、今では本気の戦いでレネが勝利を手にしたのだと理解できる。

 もしレネが剣を二本使って戦っていたら、今の自分の実力では勝てないだろう。
 いくらフォンスは自分の腕に自信があるといってもそこまで自信過剰ではない。
 
 そんなことを考えながら、戦いの模様を目で追いかけていっていると、いつの間にか地面に倒れている男たちを除いて、賊たちはどこかへ逃げてしまっていた。


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