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6章 次期団長と親交を深めよ
15 青い毒
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ハヴェルの屋敷を抜けて、レーリオの住処に戻ろうとしている時のことだった。
「ここまで来たらいいだろう」
街路樹の影に身を隠し、トーニとレーリオは息を整える。
もう随分と走って来たので追手も来ないはずだ。
「あれは、リーパの団長でしたね」
「だからか……気配を消してたのに、気付くなんて相当の手練れじゃないかと思っていたところだ」
別室にいたのに気配に気付かれたことなど、今までほとんどなかったので、トーニも動揺が隠せないでいた。
「あの本にもハヴェルとリーパの団長は親友同士とありましたからね」
(厄介な相手に見つかったな……)
顔は見られてはいないが、あんなことがあってはもうハヴェルの屋敷に忍び込むことはできない。
「どうしました?」
トーニは突然足を止めたレリーオに怪訝な顔を向ける。
「……手足が……痺れて……」
そう言いながらレーリオはそのまま地面に膝を突き、倒れ込んでしまった。
「レーリオっ!?——まさかっ……」
ハヴェルの書斎で許可証を探していたら、とつぜん男が廊下からやって来てレーリオにナイフを投げた。
レーリオが咄嗟に避けたことで、幸い掠り傷で済んだ。
盗みには失敗したが、何事も起こらずに二人とも無事に逃げ出すことができたと思っていたのに。
トーニは意識までをも失いかけているレーリオの手首を掴んで、取り出した懐中石灯の光で指先を照らすと、先端が青く染まっている。
「これは……モドリィの毒……」
(急がなければっ!!)
解毒薬のない厄介な毒に侵された相棒を、トーニは急いで肩に担ぎ、大通りにあるゾタヴェニの神殿へと走った。
レーリオよりもトーニの方が身長は高いが体重は同じだ。
トーニは特別に身体を鍛えているわけではない。
そんな相手を肩に担ぐだけでも大変なのに、ある程度の距離を走るなんて、普段だったら絶対無理だ。
レーリオが命の危険に晒されることで、トーニは火事場の馬鹿力を発揮し、大荷物を担いで神殿まで完走することに成功する。
◆◆◆◆◆
「あんたが一人でここに来るなんて珍しいな」
歓楽街の寂れた裏通りにある古い建物の二階。
バルナバーシュが入って行くと、ドプラヴセは手前の部屋のソファーに寝っ転がっていた。
「ハヴェルの家に泥棒が入った」
泥棒という言葉にピクリと耳を動かし、反動を付けて身体を起こすと、ドプラヴセはバルナバーシュと向き合った。
バルナバーシュは先ほど起こった出来事を説明する。
「王宮への許可証の入った金庫と、あの本か。本は偶然にしろ、十中八九やつらだろうな。……せっかくテプレ・ヤロまで行って本の回収と差し止めをしてきたのに、詰めが甘めえよ……」
聖杯は現在国の管理のもとに保管されていると聞いた。
どこにあるとまでは教えてくれないが、きっと王宮の宝物庫の中だろう。
だから奴らは王宮への許可証が必要だったのかもしれない。
ドプラヴセは悔しそうにボリボリと頭を掻く。
「大丈夫だ。奴らを追う手掛かりはある。二人のうち一人はモドリィの毒に侵されている」
バルナバーシュが咄嗟に投げつけたナイフには、特殊な毒薬が塗りつけてあった。
モドリィは青い美しい花を咲かせる毒草だ。
その花から抽出した毒が傷口から入ると、血管を通して毒が回り、身体が痺れ手足の指先が青くなるという性質がある。
毒の種類はすぐに特定できるが、解毒薬は存在しない。
命が助かりたいのならば、癒し手に解毒をしてもらう必要があった。
「ルカのよく使う手だな」
「俺もルカから持たされてたんだよ」
そんなルカーシュは現在、少し長い旅に出てメストを留守にしている。
だからわざわざバルナバーシュは、この男の隠家に報告へとやって来たのだ。
「あんな特殊な毒に侵されるなんて滅多にないからな。神殿へ行ったらすぐにどんな人物が治療に来たかわかるだろう」
「でも俺が話を訊きに行っても神殿の奴らは口を開いてくれねえだろ……」
ドプラヴセは苦い顔をして笑う。
癒しの神を祀る神殿は、シエトの様にそこだけ小さな独立国家のようになっていて、王国の法が通用しない。
例え『山猫』の紋章を見せたとしても、治療を受けた人物の情報を流してはくれない。
「それも大丈夫だ。朝一番にウチの癒し手を神殿に向かわせる」
癒し手の中でも古参のイグナーツは、神殿を離れていても寄せられる信頼は厚い。
今でも神殿の癒し手たちとの交流を欠かしていないので断られることはまずない。
「……その手があったか。だからルカの奴、いつもモドリィの毒を使ってるのか」
過去にも何度かこういうことがあったので、神殿の癒し手たちにモドリィの患者が来た時はリーパ絡みだと思われている。
「死にたくなけりゃ、神殿に行くしかないからな」
癒しの力を悪用しているようで、あまり気は進まないのだが、背に腹は代えられない。
逃げた相手を特定するために今回はこの手を使うしかなかった。
(まあ……相手が命を惜しんだ場合だがな……)
もしかしたら……死んでも正体がバレたくない場合、神殿には行かないかもしれない。
一緒にいた仲間が我が身可愛さで見殺しにすることも十分に考えられる。
バルナバーシュが賭けに勝つ可能性は五分五分だった。
翌日、執務室にイグナーツがやって来た。
「ご苦労だったな」
イグナーツを椅子に座らせ、用意していた冷たい茶を勧める。
老体に本部から教会までの往復は、けっこうな運動になる。
「いやいいんですよ。歩かないと足腰が弱りますからね」
そう言って、イグナーツは出された茶を美味そうに飲む。
このお茶はイグナーツが、敷地内にある薬草園で育てたハーブティーだ。
少し暑くなってきたこの季節、清涼感のある後味が気に入って、バルナバーシュは執務室で愛飲していた。
「間違いありませんでしたよ。夜中にモドリィの毒で運ばれてきた男がいました」
途端バルナバーシュの顔が明るくなったので、イグナーツはにっこりと笑う。
「特徴は?」
「赤毛の背の高い三十前半の男で、大変美男だったそうです」
「ほう、赤毛の美男か。なかなか特徴的だな」
「ええ。連れも同年代の長身の男だったと言っていました」
ハヴェルの書斎では一瞬の出来事だったので顔までは細かく確認できなかった。
『山猫』のメンバーでもあるルカーシュがいない今、バルナバーシュは判断する材料を持っていないので、もう一度あの男に報告する必要があった。
(ったく……面倒くせぇな……)
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