菩提樹の猫

無一物

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6章 次期団長と親交を深めよ

14 侵入者

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◆◆◆◆◆


「書斎から人の気配がする」
 
「……でもあそこには鍵が掛かっているぞ」
 
「ちょっとそのカギを貸してくれ」
 
 バルナバーシュは鍵を受け取ると、ハヴェルを居間に置いて音を立てずに廊下へと出る。
 何者かが書斎に忍び込んでいたとしても、内側から鍵を掛けているはず。
 
 鍵を開ける間に侵入者は窓から逃げてしまうかもしれないが、捕まえることができなくとも、このナイフで傷付けられたら後から追跡可能だ。


 もしもの時のために、バルナバーシュは特殊なナイフを装備している。
 バルナバーシュはそのナイフを手に、完全に気配を消して慎重に書斎へと続く廊下を進んで行く。

 勝負は一瞬だ。

 
 重厚な木の扉の前に立ち、鍵穴に鍵を差し込みガチャガチャと開錠する。
 案の定、中が騒々しくなった。
 
『おい、誰か来たぞ』
『窓から逃げましょう』


「何者だっ!!」

 ドアを開けると、窓から逃げようとしていた二人のうち、一人の男に狙いを定めナイフを投げつける。
 ナイフは腕を掠め致命傷にもならないので、その足を止めることはできず、窓から侵入者たちは逃げて行った。
 
 後を追うように、窓へと駆け寄り外を確認するが、既にバルコニーは物の抜け殻で、血痕が点々と残っているだけだ。


「——泥棒だったのか?」
 
 誰もいなくなった書斎で、バルナバーシュは独り呟く。



「バルっ!! 大丈夫かっ?」
 
 後からきたとハヴェルが部屋の灯りをつける。

「コソ泥が二匹入り込んでいたが、逃げられちまった」
 
 悔しそうに顔を歪ませながら、バルナバーシュは改めて明るくなった部屋の様子を確かめる。

「ん? どうしてこの本が机の上にあるんだ?」
 
 今はもうどこにも売っていない本が、ハヴェルの机の上に開かれた状態で放置されていた。
 ボリスからテジット金鉱山のお土産に三冊渡された本は、バルナバーシュとルカーシュとハヴェルでそれぞれ持っている。

「おかしいな、人目に付かないように、机の引き出しの奥に隠してたのに……まさか泥棒が見てたのか?」
 
 ハヴェルが首を傾げながら他に荒らされたところはないかと部屋を点検している。

(なんだと……?)


「泥棒の目的は、あれかもしれん」

 部屋の奥に置かれた地味な作りの戸棚をハヴェルは指さす。
 戸棚が開いて、中にある堅固な作りをした金庫が顔を出していた。
 金庫の開錠作業中にバルナバーシュから見つかり、そのまま逃げたようだ。

「中にはなにが?」

 侵入者は二人いたので、一人がこちらの開錠して、もう一人が机の中を探っていたら偶然あの本を見つけたのだろうか。

「権利書やら、許可証やら、この部屋の中では一番大事な書類だな。お前のお陰でなにも盗まれちゃいないみたいだ」

「許可証?」
 
 バルナバーシュは商売人ではないので、いまいちピンとこない。
 
「俺たち商人が王宮に入るのには許可証が必要なんだ」
 
「そんなもんいるのかよ?」
 
 何度か王宮に行ったことがあるが、バルナバーシュは許可証など使ったこともない。

「そうだよな、お前は勲章まで貰った騎士だから顔パスだよな。平民の俺たちは中に入るのも厳しいんだよ。もし許可証が盗まれて悪用されたら大変なことになるから、ちゃんと保管しておかないといけねえし」

 ドロステアの身分制度は姓の有る無しで大きく分けられる。
 どんなに金を持った商人でも、この壁は越えることができない。
 
 多くは平民が集まる傭兵団の団長といっても、ヴルク家は代々騎士を輩出してきた家系だ。
 元は男爵家の次男が戦果を挙げて、王からヴルク(狼)という姓を賜ったのが始まりだと家系図には書いてある。
 バルナバーシュは他の貴族に仕えることもなく、騎士団にも入団しなかったので、三十過ぎまで叙任されていなかったが、家柄はしっかりしたものだった。


「でも金庫はわかるけど、なんでわざわざこの本を見てたんだ? こんな下世話な本を泥棒に入っている間にわざわざ見るか?」

 ハヴェルの言うことは尤もで、普通はこんなものを見るよりも金目になるものを探すのが先決だろう。

 バルナバーシュはこの本を机の上で発見した時から、不吉な予感を覚えていた。
 
「なんだよ……お前……泥棒に入られた俺よりも難しい顔して……」

『復活の灯火』は神の復活を目論む秘密結社だが、表立っては古代王朝所縁の品を集める盗賊団という認識が強い。
 だからこうして盗みに入るのも十分ありうる。

 ハヴェルの屋敷へ盗みに入ったのはただのコソ泥だろうか?

 
 もし侵入者が『復活の灯火』で、あの本の中身を見ていたのならば、もう一度団長の愛人の存在を洗い直すに違いない。
 あの本には具体的な容姿の特徴が描いてあるので、もうロランドでは騙せない。

 そしてその愛人を共有していると書かれていたハヴェルの方も、徹底的に調べるかもしれない。
 レネの両親まで殺した連中だ。愛人の居場所を素直に吐けと、ハヴェルを脅す可能性だってある。


「……おい、バルっ! 聞いてるか? さっきから真剣になにを考え込んでるんだよ? 俺に隠してることでもあるのか?」

 このままではハヴェルにも迷惑をかけるし、隠し通すことも難しいだろう。
 それにちゃんと理由を話しておいた方がハヴェルの身も守り易い。
 

「——ハヴェル、俺はレネについてお前に黙っていたことがある……」

 心のどこかでは、いつかこんな時がくると思っていたかもしれない。
 ハヴェルはこの屋敷の使用人も含めて、レネのことを可愛がってくれていたので、今まで黙っていたことにバルナバーシュは罪悪感を感じていた。

 用心のため、リーパの護衛を一晩付ける手配をして、バルナバーシュとハヴェルは元々酒を飲んでいた居間へと戻った。

 

「馬鹿野郎ッ!」
 
 レネの出生の秘密を喋ると、柄にもなくハヴェルが大声を上げ、バルナバーシュを殴った。
 暴力とは無縁の生活をしているハヴェルのパンチなど避けようと思えばできたが、バルナバーシュは甘んじて受け入れる。

「大戦の時のことは俺が踏み入れちゃあいけない領域だと思って、訊かないでおいたがな、なんでこっちに帰ってきて、それもレネのことを黙ってたんだっ!!」

 
 オゼロでなにがあったかを触れない自分に、ハヴェルが複雑な感情を抱えていることを、バルナバーシュは知っていた。

 メストに帰って来てからは、今まで通りに親友付き合いを再開させた。
 それなのにレネの出生を黙っていたバルナバーシュに、ハヴェルは怒っているのだ。


「お前に迷惑をかけたくないと思ってたんだ……」

「だから馬鹿野郎って言ってんだよ」

 ただでさえ下がっている眉尻を下げて、ハヴェルが困った様に溜息を吐く。
 その顔に先ほどまでの怒りはない。

「ハヴェル……」

「その重い荷物を俺にも少し持たせろよ……」

 そう言って、ハヴェルはバルナバーシュを抱き寄せる。

『旦那様っ……聞こえてますか? 入りますよっ……』

 急に扉が開き、抱き合っている主人とその親友を見て、中に入って来た女中のエマが顔を真っ赤にして固まる。

「あらっ!? お邪魔しましたっ……リーパの団員さんたちがお見えですとお知らせに来たのですが、応答がないので勝手に扉を開けてしまいました。申し訳ございません」

 そう言い残すとエマは、そそくさと出ていく。

 なにやら先ほどからドアの向こうが騒がしかったのには気付いていた。
 真剣な話をしていたので二人とも無視していたが、まさか扉があくとは思わなかった。


「なあ……俺たち完全に誤解されてないか?」
 
 抱き合っていた身体を離して、真顔でバルナバーシュはハヴェルを見つめる。

「……今ごろ……お互い結婚しない理由がこれだったのかって、思われているだろうな……」

 ハヴェルは顔を引き攣らせ、口元に苦い笑いを浮かべる。
 四十過ぎても独り身を貫く男二人。
 密室で抱き合っていたとなれば、嫌が上にもその仲を疑う。
 

「嵌りすぎじゃねえか……もういっそのこと付き合ってることにしちまうか?」

 バルナバーシュは今までの緊張が一気に解けて、ゲラゲラと笑った。
 


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