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6章 次期団長と親交を深めよ
12 ギード
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茶色と金の落ち着いた色合いで統一された一室。
部屋の調度品は全て質の良いもので揃えられ、普通の市民にはとてもではないが手の届くものではない。
陽が落ちて、テーブルと壁にある夜光石の黄色い灯りが、ぼんやりとその部屋を照らしていた。
「おい、どうした。今日はやけに落ち着かないな」
ハヴェルはバルナバーシュの方を胡乱な目で見つめた。
「……そうか?」
昨日、目の前にいる親友のバルナバーシュから、あした家に居るかと手紙が来た。
バルナバーシュの同居人二人が今夜は留守で、どうやら一人なのでつまらないらしい。
ハヴェルもちょうど暇だったので、自宅に呼んで夕食を共し、居間に移動して酒を飲み始めた所だった。
「お前がこっちに出て来るのも珍しいじゃないか」
そんな時は大抵なにか気になることがある時だ。
もう何十年もの付き合いなので、ハヴェルにはよくわかった。
「一人で飯食うのも詰まんなくてな」
「俺はいつも会食以外、独りで飯だぞ」
それが当たり前になると、むしろ楽になるのだが。
「じゃあ早く嫁を貰えよ。あのお節介の叔母さんに頼めばすぐに見つかるだろ?」
「……犬や猫じゃねえんだからそう簡単にいくかよ! もういいんだよ。跡継ぎは甥っ子がいるから。俺は気楽に独身生活を謳歌するさ」
早い時点で、ハヴェルは姉の息子をヴィコレニット商会の跡継ぎとして教育している。
既にいくつかの仕事を任せており、随分と身が楽になった。
「その甥っ子ももうすぐ結婚するんだって?」
「ああ、この前婚約したよ。後はあいつに任せればもう安泰だぜ。そういや、お前ももうすぐ祖父ちゃんじゃねえかよ」
少し前にアネタへの出産祝いの贈り物を相談され、知り合いの商人を紹介した。
「生まれて来るのはもう少し先だけどな」
いつもは鬼の団長として恐れられている男の頬が緩む。
目線だけで人が殺せそうな顔をしていても、バルナバーシュは大の子供好きだ。
面白いことに、子供は本能でそれを察知してすぐに懐くのだ。
見知らぬ十人の子供に、ハヴェルとバルナバーシュどちらと一緒に遊びたいかと聞いたら、八人はバルナバーシュを選ぶだろう。
どんなにニコニコと人の好さそうな笑みを子供相手に浮かべても、ハヴェルはバルナバーシュに叶わない。
ハヴェルが最初にレネと会った時も、バルナバーシュの背中に隠れて暫く警戒されていた。
「レネはどうなんだよ? 彼女はいないのか?」
「……あいつはなぁ……」
バルナバーシュは含みのある表情を浮かべた。
「バルトロメイが狙ってるからか?」
「……俺は認めねえぞ」
二人とも一応バルナバーシュの息子だ。
バルトロメイがレネに手を出し返り討ちに遭った事件は、さぞかし父親として複雑な気分だっただろう。
その後バルトロメイがレネに剣を捧げたことで関係も落ち着き、一安心していたようだが。
「認めてやれよ」
自分だって、男と付き合っているくせに。
「別にレネは男が好きなわけじゃねえ」
ハヴェルとしては親戚のおじさんの様な立ち位置なので、どんな関係であれ、仲が良いならいいじゃないかと思っている。
バルトロメイの一途な想いが叶うようにと応援しているくらいだ。
「ああ、そうか……そうなるとまた跡取り問題が発生するもんな」
バルトロメイには気の毒だが、女が好きなら普通に結婚した方がいいだろう。
「ヴルク家の人間が団長になってるのは相続の問題があるからだ。あの土地を個人じゃなくリーパの管理に変えれば、別に誰が団長でも構わねえんだよ。それはあいつが次の団長を決める時に変えればいいことだ」
「二十年前はまさかお前がこんなことをいう時が来るなんて思いもしなかったぜ」
若い頃は後を継ぐことをずっと嫌がって三十(正確には直前)までハヴェルと遊び歩いていた男が、大戦に参加して帰国した後は、まるで人が変わったように団長職をこなしている。
「俺なんかに比べたら、レネは真面目だぜ? 今だって、ホルニークの跡継ぎと遠乗りだ」
「なんだよ、次期団長同士の交流会なんてやってんのかよ?」
「俺の時もホルニークの次期団長だった男とよく手合わせをしたな。ここまで俺が剣の腕を磨けたのもギード……ホルニークの団長になるはずだった男のお陰だ。うちの親父は強かったが、隻眼になってからは第一線を退いて俺の実戦の相手にはなっていない。ギードは俺よりも強い男で、俺のライバルでお手本だった」
バルナバーシュは懐かしく笑うが、その目には哀愁が浮かんでいた。
ハヴェルは哀しげな表情の意味を悟る。
「——ギードが大戦へ行くきっかけになった男なのか……」
三十直前まで自分と遊び歩いていた親友が、急に東国の大戦に傭兵として参加すると言いだした。
それはある男の死がきっかけだと言っていた。
「……そうだ。ギードは盗賊の撃った毒矢が腕を掠って、数日間苦しんだ後に死んだ。ささいな掠り傷だったから解毒を受けずに放置していたのが原因だ。あんな強かった男があっけなく死んじまった。危篤だと知らせを聞いてあいつの元に駆けつけた時、偶然意識が戻っていてな、『俺はこんな所で死ぬつもりはなかった……お前はこんな所で腐ってないで俺の代わりに生きろよ』って言われたんだ」
「だからいきなり東国に行くって言いだしたのか」
あんなに遊び呆けていたバルナバーシュがいきなり別人になったように、真面目に剣の稽古に取り組み身体を作り直して、傭兵を募っているというオゼロへと行ってしまった。
「自分の実力を試したくてな」
その言葉通り、バルナバーシュは敵将を討つという大きな戦果を挙げ、国の英雄となった。
勲章の授与式の様子を、平民であるハヴェルは見学できなかった。
ただ、王宮広場から神殿までを練り歩く戦勝祝賀パレードを、溢れるように集まった民衆たちの中に混じって見ていた。
騎士の正装で騎乗する勇ましい親友の姿を、眩しいようなこそばゆいような気持ちで見守っていた。
戦勝祝賀パレードでは、街は王家の紋章と花で彩られ、バルナバーシュが通る時には、一際大きな歓声が上がった。
晴れ渡った青い空に紅いマントが風になびき、民衆の歓声を浴びながらも、親友は笑顔一つ浮かべることなく、進んで行ったのを覚えている。
なぜあの時、バルナバーシュの顔に笑顔がなかったのだろうか?
大戦を終わらせた立役者ともいわれる英雄を、傭兵団の長で終わらせるには忍びないと、将軍の席まで用意されていたと聞いた。
それを蹴るどころか、この男は最初、リーパの団長にもならないと突っぱねたのだ。
長い祝賀行事が終わり、団長職を継ぐように周りの説得を受けたが、バルナバーシュは再びオゼロへと戻って行った。
「——なあ……祝賀パレードでお前の顔に笑顔がなかったのってギードのことがあったからか?」
ハヴェルはずっとあの時の様子が腑に落ちなかったので、本人に訊いてみた。
「それは違う……」
しかしなにか含んだ顔をして口を閉ざす。
オゼロであったことをバルナバーシュは一切語らない。
親友といえども踏み込めない領域に、ハヴェルはいつも置いていかれたような気持ちになる。
あれだけ一緒に遊んでいた親友が、急に傭兵になると戦地に赴いた時の心情と同じだ。
「……でもギードの死がなかったら、大戦に行ってなかった。俺の人生に大きな影響を与えた一人だ。だからあいつの息子のフォンスとレネもいい関係を築いてほしいんだがな……」
息子たちの名を出した途端にバルナバーシュの顔が曇る。
「なんか問題でもあるのか?」
「どうもフォンスとは馬が合わんらしい。今朝もイヤイヤながら出て行きやがった」
バルナバーシュの不機嫌な顔を見て、ハヴェルは吹き出した。
「なんだ、お前レネのことを心配してんのかよ? そんなことで心配すんなよ……どんだけ過保護なんだよ」
「——待て……」
ハヴェルがそう言いながらゲラゲラ笑っていると、急にバルナバーシュが真剣な表情であたりを窺いだした。
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