菩提樹の猫

無一物

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6章 次期団長と親交を深めよ

7 過激な狼一家

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◆◆◆◆◆


「おい、コラ! 笑うんじゃねえ!!」

 リーパの先代団長が、凄みを利かせて睨むが、そんなものではレネの笑いを止めることはできないようだ。

(おいおい……あんなおっかねえのによく笑い続けられるな……)

 見ているフォンスの方がオロオロと心配する。
 現団長のバルナバーシュも鬼のように恐ろしいと思ったが、先代団長のオレクも同じ顔をしてそれに輪をかけて貫禄があった。
 そんなおっかない爺さんに睨まれても、レネはものともしないで笑い続けている。
 
「お前の禿げ頭を笑い飛ばすとは、リーパの跡取り様は見かけによらず豪胆じゃねえか」

 そのレネの笑いに釣られるかのようにボジェクまでゲラゲラ笑いだした。
 

「——そういえばフォンス」

 机に突っ伏して笑うレネの首根っこを掴んで黙らせ、バルナバーシュが話題を変える。
 先ほど見せた冷酷な態度と打って変わって、その扱いは乱暴なのだが……レネに対する愛情が滲みでている。

 そんな発見をしてしまい、フォンスは自分の名前を呼ばれているのにも関わらず、返事が少し遅れた。


「……なんですか?」

「お前、手合わせに勝ったら一つ願いを聞けと言ったな」

「……あっ!?」

 そんなことなどすっかり忘れていた。
 当初、リーパの次期団長との手合わせに勝って、レネをホルニークに引き抜く予定だった。

 だが、レネがバルナバーシュの養子で次期団長だということが判明した今、それを口に出すことなどできるはずがない。


「——どうした? 遠慮せず言ってみろ」

 フォンスはハシバミ色の瞳に見つめられ、いたたまれない気持ちになる。


 実は……地面に倒れているレネを見て、フォンスは勃起していた。
 サーコートを着ていたので、周りから気付かれるようなことはなかったが。

 苦戦した戦いほど、その後の勝利の喜びは大きい。

 フォンスは女を相手に剣を向けた経験はないので、相手はいつもむさい男ばかりだった。
 戦いに勝って得るものは、金と名誉だけだ。
 負かした相手には見向きもしない。

 だが勝負に負け、意識を失っているレネの姿を見た時に、初めて感じた。

 これは俺の獲物だ。
 思った瞬間、一気に股間に血が集まった。
 そんな時に、バルナバーシュの言葉がフォンスを正気に戻す。


『——フォンス、お前が勝者だ。こいつは煮るなり焼くなり、なんなら犯したってかまわないんだぞ?』
 

 バルナバーシュは間違いなく、フォンスの状態を見透かしていた。
 だからわざとあんな言葉をかけて来たのだ。

   あの言葉ばかりではない。

 勝負が終わり、この昼食会の前に風呂へと入るよう勧められた。
 ホルニークの団員たちもリーパの団員たちに混じって大浴場で汗を流してこいということだ。
 レネとまた一緒に入浴できると内心にんまりとしていたのだが、そこでまた牽制が入る。

 皆と一緒に大浴場のある場所へと向かおうとしていたレネの首根っこを、バルナバーシュが掴んで、『お前はあっちだ』と自分の部屋へと向かわせた。

 破れた服から見えた白い肌と血のコントラストに、フォンスが熱い目を向けていたことを、きっとバルナバーシュは気付いていたのだ。

 リーパの門を潜り、レネを見つけた時に出て来たバルトロメイも、まるで最初からフォンスがレネを手に入れるためやって来たことを気付いているかのように、自分の後ろへと隠した。

(親子揃って邪魔してきやがる……)


「なんだ、いまさら言い出し難いことなのか?」

 口を閉ざしたフォンスに、バルナバーシュが面白がるようにニヤニヤ笑う。

「いえ、ホルニークとリーパの交流はこれからも必要でしょう。だから次期団長同士、レネとは交流をもっと深めていきたいと思っています」

「…………」

 ここまで言ったところで、レネが警戒の色を見せる。猫だったら身体中の毛を立ててフーフー言っている状態だ。

「一緒に飲みにでも行ければと」

 レネをくださいとは言えないので、だったらせめて交流を深めていきたいと、かなりハードルを下げた願いを申し出る。

「そんなの、俺にわざわざ許可を求めんでもいいだろう? ガキじゃあるまいし……」

 バルナバーシュは鼻で笑う。

「……いや……できればゆっくり差しで飲む機会があればと……」

 その言葉を聞いて、レネの眉間に皺が寄る。
 負けたことで、よけいにフォンスへの嫌悪感を募らせているようだ。

「——おい、いいこと教えてやろうか? コイツは下戸だぞ。簡単にお持ち帰りされるくらいにな」

 フォンスの隣に座っていたオレクが、耳元でとんでもない情報を囁く。
 
「!?……お持ち帰り?」

「好き放題されて、ぜんぜん記憶がないんだぜ?」

(……好き放題って……なんだ……?)

「おいっ、オレクっ!! いらんこと教えるんじゃねえッ!!」

 先代が自分の知られたくない過去をばらしていることに気付き、レネは声を荒らげる。
 さっきレネが自分の禿げ頭のことで笑ってたので、オレクは腹いせにと仕返ししたのだろう。

(呼び捨てかっ!?)

 レネは、バルナバーシュにはあんなに敬意を示しているのに、先代のオレクに対しては遠慮のない物言いをする。

「お前、ちゃんと犯人に気付いてるみたいだな? 完全犯罪になると思ってたんだがなぁ」

 そう言って面白そうに笑う顔は、息子のバルナバーシュと同じ顔だ。

「オレはあいつにヤリ返したからな」

「倍返しだったな」

 二人の間でしか理解できない会話があった後、改めてレネが正面に座るフォンスを睨んでボソリと呟く。

「クソ……、オレはお前なんかと酒なんて飲みたくねえ……」

 目の前で言われると、けっこうなショックを受ける。
 フォンスは今まで、ここまであからさまに嫌われたことも、物事が思うように進まなかったこともないのでどう反応してよいか混乱する。


「——おい、テメェがそういう口を叩くのか?」

「…………」

 養父の怒りを含んだ低い声に、レネはびくんと身を竦ませる。
 
「フォンス、お前はこの勝負に勝ったんだ。こいつを煮るなり焼くなり好きにする権利がある。酒を飲みに行くぐらいの甘っちょろいお願いでいいのか?」

「……はい」

 この願いでさえもレネに拒絶されているのに、「レネをください」なんて言ったら、とんでもないことになりそうだ。
 なのにどうして、バルナバーシュは執拗に何度も聞いてくるのだろうか?


「甘めえな……こいつは決闘で負かした自分より二回りも大きい男を、肩に担いで帰って犯したんだぜ?」

「——は……?」

(いま……なんと言った?)


「ぶっははははははっ……リーパの跡取り様はとんだ豪傑だな。お前、勝ててよかったじゃねえか。負けてたら今頃、ケツ掘られてたぜ」

 ボジェクがフォンスの背中を叩いて豪快に笑っているが、ここは笑う所なのか?

 今まで築き上げてきたレネという人物像がバラバラと壊れていき、フォンスはショックで言葉もでないのに、ここの席に座っている人物たちは、ゲラゲラと笑っている。

 感覚が狂っている。
 まともなのは、レネの隣で静かに食事をする副団長くらいではないか。
 

「——ちょっと待て、こんな相手に勃つわけないだろっ!!」


 それに追い打ちをかけるように、レネがまたとんでもないことを言う。

「……え……」

(こんな相手だと……?)

 別にレネに掘られたいなんて思いもしないが、その言いようはあんまりではないか。
 その直接的な言葉に、フォンスの心は傷付いていた。
 身体はこんなにも毛深いが、心臓だけは毛の生えてはいないツルツルのガラス製だ。
 
「おい、じゃあどんな男なら勃つんだよ。俺ぁ気になって死ぬに死にきれえねえぞ」

 しつこくレネに答えを聞き出そうとするボジェクに対し、今まで口を閉ざしていたルカーシュが口を開く。

「——ほらほら、もうこれ以上この話題ははやめましょう。ホルニークの跡取り殿が今にも泣きだしそうな顔をしていますよ。それに……これ以上バルトロメイの名誉を傷付けることを言ってはいけません」

「……え……」

 フォンスに手を差し伸べる振りをして追い打ちをかけ、更にもう一人をも巻き込む発言に、周囲はしん……と沈黙する。
 救うどころか、同時に二人も殺しに来ている。

(……相手はバルトロメイだと……?)

 穏やかな笑みを浮かべる死神から、フォンスは最後の止めを刺された。

 
 
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