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6章 次期団長と親交を深めよ
4 真剣勝負
しおりを挟む「レネっ!?」
思わぬ人物の登場に、フォンスは驚きの声を上げる。
後ろにいたヨーや他のホルニークの団員たちもまさかの出来事に動揺を隠せないでいる。
(跡取りはバルトロメイじゃなかったのかっ!?)
「どうしてレネがっ!?」
バルナバーシュの方を見て、フォンスは問いかける。
「こいつは俺の養子だ」
バルナバーシュの隣にレネが並んでも似ても似つかない。
バルトロメイと並んでいた時とは違い、年齢の差もあるせいか、どうしてもレネの儚さばかりが浮き立ってしまう。
これでは、団長の愛人だと噂されても仕方がない。
(そう言うことか……)
『リーパの団長を敵に回したいのか?』
以前ヨーと二人でレネをホルニークに引き抜こうと画策していた時に、ゾルターンが言っていた言葉を思い出す。
(ではバルトロメイは?)
あんなにそっくりなのに、血が繋がっていないなんて考えられない。
「手合わせはうちのやり方でやらせてもらうぞ。いいか?」
他のことに気をとられているうちに、バルナバーシュがフォンスに同意を求める。
「はい」
「真剣勝負でどちらかが降参するか、戦闘不能になるまで続ける」
「……戦闘不能ですか……」
真剣で、戦闘不能になるまで戦うということは、命懸けの戦いになりはしないか?
ホルニークで行う手合わせとは随分違う。
「心配する必要はない。ちゃんと癒し手が待機しているからよっぽどのことがない限り命を落とすことはないだろう」
すっかり失念していたが、リーパ護衛団には癒し手が存在していた。
ホルニークでも重傷者がでた時には、リーパから癒し手を派遣してもらい治療をお願いしている。
フォンスも一度世話になったことがあった。
だからそんなに強度の高い手合わせが可能なのだろう。
「準備はいいか?」
バルナバーシュがこれから手合わせを行う二人に尋ねる。
「——ちょっと待ってください」
リーパの副団長が、団長へと声をかける。
レネはその副団長に呼ばれて、予備で腰に差していた剣を預けている。
『おい、あんなのがフォンスと真剣勝負して大丈夫なのか?』
『下手したら死んじまうぞ?』
実際に戦っている所を見たことがないホルニークの団員たちの方が、レネのことを心配している。
フォンスやヨーはレネが盗賊を容赦なく斬り殺していたところを目撃しているので、戦うとなったら厄介な相手であることを知っている。
「フォンス、俺の面子を潰すなよ」
ボジェクが厳しい顔つきでフォンスを見つめた。
その顔を見て、フォンスは気付く。
この戦いはホルニークとリーパの傭兵団の面子の張り合いだということに。
「さあ、もういいか?」
副団長の所へと行っていた自分の養子にバルナバーシュは声をかける。
「——はい。お待たせしました」
以前あった時は、フォンスとは初対面にも関わらず、レネはタメ口で喋りかけて来たのに、養父に対しては敬語だ。
なんだか自分が軽く見られていたようで、フォンスは面白くない。
「よし。両者向かい合って、——はじめっ!!」
(——クソ……)
完全に出鼻をくじかれた。
レネがリーパの次期団長だったという予想外の出来事に、フォンスは戦いの中にまだ入り切れないでいた。
容赦のない攻めがフォンスを傷付けていく。
実際に剣を合わせてみるとわかる。
レネの外見にどれだけ自分が惑わされているかということに。
華奢な身体のどこにこんな力があるかと思うほど、レネの剣は重かった。
全ての動きを無駄なく剣に乗せて来る攻撃法は、片手剣なのにダイナミックで美しい。
受け手に回ると相手の動きに翻弄され体力を奪われていく。
フォンスはこんな太刀筋の剣士と剣を交えるのは初めてだ。
先ほど、レネの養父であるバルナバーシュと木刀で軽く手合わせをしたが、この二人は師弟関係ではない。
サーベルのような、だがそれよりも反りの強いこの剣は、リーパの副団長が腰に差しているものと同じ形だ。
華奢な体型も似ているし、レネは副団長から剣を習っていると考えて間違いないだろう。
「……くっ……」
首筋を剣が掠る。
(……コイツ……)
今のは本気で命を狙いにきている。
『フォンスが押されてる』
『あいつ滅茶苦茶つええな』
ホルニークの団員たちも容赦のないレネの攻めに、ザワザワと騒めき出している。
いざ戦うと、それを感じる余裕さえもないが、戦う前とはまるで別人のようなレネの豹変具合に、さぞかし驚いていることだろう。
盗賊のアジトでレネの戦う姿に魅せられて、なんとかして彼をホルニークに引き入れたいと思っていた。
ホルニークの団員たちとは全く毛色の違う人物が一緒にいたら、つまらないことも、楽しくなると思ったからだ。
本来の予定では、リーパの次期団長と手合わせに勝利し、勝った見返りに、レネをホルニークに引き抜くつもりだった。
まさかレネがその次期団長だとは、予想外だ。
(……俺がここまでして、お前を手に入れようとしているのに、お前はちっとも振り向こうとはしない……それどころか、俺の命を狙おうとしている)
隠そうともしない凄い殺気で、いやが上にも気付かされる。
ここまで相手につれなくされるのは、初めての経験だ。
「このやろうっ!!」
攻撃のリズムを変えて、右後方から斬り上げた。
「……っ」
フォンスの攻撃がレネの胴体を斜めに掠り、バッサリと切れた服から血が滲む。
垣間見えた白い地肌と血のコントラストに、フォンスの心拍数が一気に上がった。
元々レネと剣を交えるつもりはなかったので、手合わせが始まってもどこか心が乗りきれていなかった。
だがレネの血を見て、初めて自分がこれからやろうとしていることを意識する。
(こいつは俺の獲物だ。狩ったら、自分の好きにしていいんだ)
フォンスの中にある原始的な本能が目覚めていく。
眼球の中へドクドクと野蛮な熱に浮かされた血が流れ込むにつれ、レネを取り巻く全ての空気の流れが目に見えた。
フォンスには徐々に次の動きが予想できるようになる。
こんな体験は初めてだ。
レネという敵を前にして、フォンスは剣士として新たな壁を越えた。
「くッ……」
次第にレネはフォンスによって動きを見切られ、攻撃の受け手へと入れ替わっていく。
だがこのままでは、レネに大きな攻撃を加えることはできない。
いつも紙一重で避けられてしまう。
この状態では、ただ体力を消耗してしまうだけだ。
動きの早いレネに勝つためには、肉を切らせて骨を断たなければならない。
やっと見えてきた勝利方を、躊躇なく身体で忠実に実行するのみ。
そこに恐怖やためらいは一切ない。
「うおおおおおおっっっ!!!」
フォンスは攻撃を躱すことなく突き進み、この身に起こっていることは無視してレネの脇腹に剣を叩き込む。
ロングソードの歯の根元は歯が潰れているので、叩き込むだけでは切れることはない。
剣を引けば切れるのだが、心のどこかにストッパーがかかっていた。
まだこのままでは勝ちにはならない。
止めを刺すために、フォンスは歯を食いしばって耐えた。
「ぐっ……」
レネがバランスを崩し倒れたところを、すかさず剣の柄で鳩尾《みぞおち》を突く。
するとそのまま、レネは地面に倒れ動かなくなった。
(……もう少し)
白く仰け反った首筋に剣先を当て、「これでどうだ!」と側まで寄って来たバルナバーシュと目を合わせた。
腕が限界を迎えてブルブルと震える。
ほんの僅かな間でも自分の中から生気がどんどんと零れていくのがわかった。
「——勝者、フォンスっ!!」
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