菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
402 / 473
6章 次期団長と親交を深めよ

1 お願い

しおりを挟む

 メストの南にあるホルニーク傭兵団の団長室。
 七十半ばの立派な白い顎髭を生やした老人と厳つい金髪の青年が、なにやら話し合っている。

「なあ祖父ちゃん、ホルニークの中だけで鍛練したって刺激が足らねえよ」

 フォンスは、ここ数年ずっとそんな悩みを抱えていた。
 ホルニークでは自分より腕の立つ相手はゾルターンしかいない。
 毎日同じ相手に手合わせをしていても、お互いの癖もわかっているし刺激が足らない。

 ホルニーク傭兵団の団長を務めるフォンスの祖父ボジェクは、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
 ボジェクは高齢で、団員たちを直接指導ができないことに心を痛めていた。
 フォンスの訴えは、ボジェクにとっても深刻な問題なのだ。

「なあ、リーパの鍛練に参加させてもらうとかできねえの?」

 実はこの言葉の裏には、下心が隠れている。
 シニシュで出会ってから、フォンスはもう一度レネに会いたいと思っていた。
 そのためには、リーパ護衛団に出向いて行く口実が必要だった。

「リーパとか……?」

 リーパという言葉に反応して、ボジェクの白い眉が片方だけ上がる。

「竜騎士団に申し出たって断られるだけだろ?」

 騎士団から見たら、傭兵団など格下の存在だ。相手にされるわけがない。
 だったら、同じ傭兵団にお願いするしかないだろう。
 いや、断られる以前に竜騎士団と一緒に鍛練などやりたくもないのだが、ものの例えだ。

「祖父ちゃんはリーパの先代とも仲いいし、交流があるだろ?」

 少し前にも先代団長が現副団長を供に連れて団長室を訪れていたのを、フォンスは知っている。

「……うーむ……確かに悪くない話だな。でもお前からそんなこと言い出すなんてどうしたんだ?」

 ボジェクが孫に対して疑問を持つのも不思議ではない。
 同じ傭兵団としてリーパに対しては、ライバル心こそ持っていたが、これまで交流を深めようなんて気持ちなど、フォンスはこれっぽっちも持っていなかった。

「いや、次期団長としてリーパとは交流を深めておきたかったんだ」

 フォンスは自分の立場を利用して、レネに再会し、あわよくばホルニークへ引き抜こうと思っていた。
 以前ゾルターンから『リーパの団長を敵に回したいのか?』と止められたが、フォンスはぜんぜん諦めていなかった。
 なぜリーパの団長を敵に回すのか理由もわからないのに納得できるわけがない。
 
 
「まあいい。団員たちの強化にも繋がるし、さっそくあっちの団長に手紙を書くか……」

 ボジェクは引き出しから便箋を取り出し、サラサラとペンを走らせた。


◆◆◆◆◆


「ホルニークとの合同鍛練?」

「団員たちがたるんでるから俺に気合を入れ直してほしいんだと。——あっちの団長は親父よりも年上だからな……」

 バルナバーシュがボジェクから来た手紙を読みながら、ルカーシュへと説明する。
 きっと団員たちを自ら鍛えることができなくなり、ボジェクも思い悩んだ末にこの手紙を書いたのだろう。

 もしこの様子をフォンスが聞いていたら、「俺はそんなこと一言も言ってねえッ!」と叫びだしたに違いない。
 リーパとの交流目的が、いつの間にか団員たちの気合を入れ直すことに趣旨が入れ替わっている。

 そんなこと、バルナバーシュは知る由もないので、ボジェクのために身体の動く自分が一肌脱ごうとやる気になっている。


「こっちに来るんですか?」

「手紙にはそう書いてあるな。ホルニークから二十名ほど連れて来るから、都合のいい日時を教えてくれと」
 
「じゃあこっちも、主要な団員たちのいる日がいいですね」

 ルカーシュが、スケジュール帳と睨めっこを始める。

「まあ、最低、レネ、ゼラ、バルトロメイ、ヤン、カレル辺りは欲しいな」

 せっかくやるのなら、有意義なものにしたい。

「たぶんホルニークの団員たちには、ロランドみたいな相手も必要です」

 元は炭鉱夫の集まりだったホルニークの傭兵団。
 力任せの戦法が大半で、トリッキーなレイピア使いなどあまり相手にしたことはないだろう。

「確かにそうだな……あいつが空いてる日を選んでくれ」
 
「後は、怪我人がたくさんでそうなので、癒し手も二人いる日がいいですね」

「じゃあ、ボリスが帰って来てからの方がいいな」

 ボリスがジェゼロに行っている間は、癒し手の中でも一番若手のイェロニームが救護室で仕事をしている。
 大勢の怪我人がでた場合、イェロニーム一人ではまだ荷が重すぎるし、イグナーツにもあまり無理はさせたくない。
 やはりここは、ボリスの力が必要だ。

「手紙のやり取りだと時間がかかるので、私がホルニークに顔を出してあっちの団長と細かい話を詰めてきます」

 ボジェクは、旧友の息子でもあるルカーシュをなにかと気にかけている。
 ルカーシュもそれをわかっているのか、用事があればホルニークに顔を見せに行っている。
 
「それがいいかもな」

 スケジュールを合わせるために、何度も手紙をやり取りするのを億劫だと思っていた所だ。
 
「じゃあ、さっそくあっちに行ってきます。私がいない間、サボらないでくださいね」

「……わかってるって」

 いつもの台詞を口酸っぱく言うと、ルカーシュは執務室を後にした。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...