菩提樹の猫

無一物

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5章 一枚の油絵

エピローグ

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◆◆◆◆◆


 セキアの王都であるラバトは、今日もいい天気だ。
 青い空に白い鳩の群れが舞い上がり、時計台の上をぐるぐると旋回していた。

 時計台のある広場から少し入った所に、学生や学者たちで賑わう通りがある。
 扇状の石畳が広がるその通りは、書店ばかりが立ち並び『書店通り』と名前が付いていた。

 その中にある一軒の古書店『柘榴古書店』は未亡人のクローエが、亡き夫の後を継いで切り盛りしている。
 古代文字で書かれた専門書を主に扱っているが、客の要望があれば店とは無関係の本も買い取ったりしている。


「なんだ……これは……」

 店の三階に相棒と一緒に下宿しているシリルは、大家でもあるクローエに頼まれて、一階の古書店の店番をしていた。
 どうせ店番は暇なので、カウンターの横に積まれた客から買い取ったばかりの本を整理しておくように頼まれていた。
 どれも古代語で書かれた真面目な本ばかりだったのに、一冊だけ、この国の公用語であるアッパド語で書かれた、けばけばしいド派手な本がある。

 シリルは淡藤色の瞳で、本の表紙を見つめる。
 傍で見ていた者がいたら、まるで時間が止まったかのように錯覚したかもしれないほど長い時間、シリルは静止していた。
 古代語の本ばかり読んでいた弊害だろうか、その表紙書いてある言葉が暫く理解できなかった。

「【ドロステア美少年・美青年図鑑】……?」

 アッパド語はセキア、レロ、ドロステアの三国で使用されている公用語なので、買い取られた本の中にこうして隣国の本が紛れ込んでいることも少なくはない。
 だがここまで俗っぽい本はなかなかお目にかかれない。

(なぜ、真面目な本の中に一冊だけこんな本が……?)

 パラパラとページを捲ってみると、下手な挿絵と共にそのタイトル通り、美少年・美青年たちのランキングが載っていた。

 夜更かしをしていたせいか少し眠かったので、眠気を払うため声に出して第一位の青年の箇所を読んでいると、その内容に眠気などどこかへ吹っ飛んでしまった。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

注目度ナンバー1の美青年は、リー○護衛団の団長の愛人だとされている灰色の髪の美青年。この青年を巡ってリー○の団長は、実の息子と決闘騒ぎを起こし、無事愛人を取り戻し帰還する姿を多くの通行人に目撃されている。この美青年については、ハ○ェル商人もテプレ・ヤロで愛人として連れ歩いていたと目撃情報がある。目撃者のB男爵は、灰色の髪と黄緑色の瞳がまるで猫のようで、目の覚めるような美しい撫子色の乳首をしていたと語っている。リー○の団長とハ○ェル商人は親友同士で、どうやら愛人までも共有しているようだ。

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 別に撫子色の乳首が気になったわけではない。
 その前の『灰色の髪と黄緑色の瞳がまるで猫のようで』という箇所にシリルは引っ掛かり、何度もその一文を読み直す。

「灰色の髪と黄緑色の瞳……」

 
(これは自分たちが探している例の青年ではないのか?)

 それにリー〇護衛団という言葉も伏せ字になっているが、どこかで見た覚えがある。

 
 
「なんだよ、難しい顔して」

「わっ!? ……ロメオ、いつの間に来てたんだ」
 
 突然目の前に立っていた褐色の肌をした青年を見て、シリルは驚きの声を上げる。

「俺、ふつーに入って来ただけだよ? シリルが自分の世界に入り込んで気付かなかっただけじゃん」
 
 ロメオは不満そうに頬を膨らませる。
 まだ少年っぽさが完全に抜けきれていない仕草に、シリルは思わず口元に笑みを浮かべる。


「ちょっと、気になることがあって、お前に調べものを頼みたい」
 
 シリルは自分の長い黒髪を後ろに払って、目の前にある琥珀色の瞳を見返した。
 
 いつも真っすぐに見返して来るその瞳を見ていると、シリルはなんともいえない安堵感を覚える。

「なに? 仕事のこと?」
 
「う~~~ん……違うけど、重要なことだ」
 
 シリルの言葉に、ロメオの瞳は真剣さを帯びて来る。

「——極秘で、隣国にあるリーパ護衛団とその団長について調べてくれ」
 
「リーパ護衛団?」
 
 ロメオにとっては古代語の聴きなれない言葉だろう。

「リーパは古代語で菩提樹を指す」
 
「……菩提樹? じゃあ菩提樹護衛団なんだ」
 
 シリルの好きな木でもあったので、初めてその名を見た時から頭の片隅にずっと入ったままだった。

「レーリオがメストに行っていることと関係してくるかもしれない」
 
「えっ!?」
 
 レーリオという名前に、ロメオは過剰に反応を示した。

「じゃあ仕事関係じゃん」
 
「いや、これは仕事とは関係ない」

 自分の人生を大きく変えるきっかけとなったレーリオという男が、これからなにをしようとしているのか、シリルは知っておく必要があった。


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