菩提樹の猫

無一物

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5章 一枚の油絵

9 えっ!? そういう関係?

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◆◆◆◆◆


 昼食を終えレネたちの泊まる部屋に、アネタはボリスと二人そのまま居座っている。
 ボリスと違い、レネは仕事でこっちに来ることは滅多にないので、長期の休みがある時にしか過ごすことはない。
 だから貴重な機会を逃すわけにはいかないと、アネタも今日は工房の仕事を休んでいた。


「嘘っ!? バートはレネに剣を捧げたって……レネの騎士ってこと?」 

 代々騎士の家で育てられ、竜騎士団に所属していたのは前もって聞いていたが、貴族でもない一般市民のレネの騎士になるとは尋常なことではない。

「——そうです。全てをレネに捧げました」


(全てを捧げたってどういうこと!?)

 アネタの中にあるいけない好奇心が、ムクムクと頭を擡げてきたが、レネとバルトロメイの表情を見ているとこれ以上踏み込んではいけない気がした。
 

「バートは認知されてないにしても団長の実の息子で、オレは養子。だかあ色々あったんだよ」
 
 確かに、いきなり団長そっくりの実の息子が現れたら、養子のレネの立場は微妙になっただろう。
 だからと言って、なぜバルトロメイがレネに剣を捧げることになったのか、アネタには全く想像もつかない。

「なにがあったのよ?」
 
 凄く気になる。

「…………」

 レネは自らは語りたくはないのか、バルトロメイに目配せして代わりに喋るように促している。

 こんなイケメンを顎で使う弟に苛立ちを感じながらも、我が弟ながら完璧な美貌を持っているだけに、この二人……妙に絵になっているとアネタは感心する。

「俺が軽い気持ちでリーパに入団して、団長の養子であるレネの立場が微妙になって来たので、退団しようとしたんです。そこでこいつと色々あって、こいつが決闘を申し込んできて、俺はその決闘を受けました」

(決闘……?)

 どうやら二人の間には想像していたよりも物騒な出来事があったようだ。
 
「……で、どうなったの?」

 レネは外見だけだとおっとりして見えるが、中身はそうでもないのをアネタは知っている。
 じゃないと、護衛団で護衛なと務められない。
 きっと大型犬のように優しく笑っているバルトロメイも、激しい気性を隠しているのだろう。
 なんたって、あのバルナバーシュの血を引く息子なのだ。

「俺が負けました。完敗です」
 
 バルトロメイが後頭部に手をやりヘラッと笑いながらなんてことない風に言うが、アネタは固まる。

「……え!? レネが勝ったの?」
 
 アネタは信じられず、隣同士で並ぶレネとバルトロメイの姿を見比べるが、相当な体格差もあるし絶対バルトロメイの方が強そうなのに。

「アネタ、外見だけで弟を判断すると駄目だよ。バルトロメイも団の中では五本の指に入る強さだけど、レネはその男に真剣勝負で勝ったんだ」
 
 アネタがなにを考えているのかお見通しのボリスが、情報を補足する。
 
「真剣!?」
 
 実際の剣を持って勝負したというのだろう。

 レネはルカーシュの弟子だ。
 二人とも反りの強いサーベルに似た剣を腰から下げているが、ぜんぜん強そうには見えない。
 ルカーシュは、なんとなく得体の知れない雰囲気があるので、「剣の達人なんだ」と言われれば、「そうかもね」と頷ける。

 だが我が弟はどうだ?
 常人ではない美貌は持っているが、虫も殺さなそうな系統の顔で、これで人を殺しているとはとても思えない。
 
「あんたそんな強そうには見えないのに、どうやってバートに勝ったの?」

 以前レネがポリスタブで、自分たちを守るために別人のように豹変したのを目の前で見たので、この見た目に騙されてはいけないことは知っている。
 でもやはり、レネがバルトロメイと真剣勝負して勝ったとは思えなかった。

「強そうに見えないは余計だろ」

 弟は唇を突きだして、ぷりぷりと怒りはじめる。
 こんな所は子供の頃から変わっていない。

「あんたよりバートの方が身体も大きいし、よくこんな相手に勝てたよね」

 アネタは不躾にバルトロメイをジロジロと眺める。
 ボリスとは髪の色も瞳の色も似ているのだが、バルトロメイの方が野性味が強く、素直に感情をぶつけて来るタイプのような気がする。

「オレは子供の頃からバルみたいな強い男に憧れてたんだ。バートに負けてるようじゃバルより強くはなれないからな」

 こんな顔をして、弟はなかなか勝気なことを言う。

「……お前、失礼な言い方だよな。まあ……実際に負けたからなにも言い返せねえけどさ……」

 バルトロメイは不満そうだが、レネは一向に気にしていない。
 この上下関係は、レネが決闘に勝ったことできっちりついたのだろう、バルトロメイもこれ以上口は挟まなかった。

 二人の関係は傍から見ていても実に男っぽくて潔い。
 アネタはふだんから女ばかりの所にいるので、こんなさっぱりとしたわかり易い関係に憧れる。


「あんたそう言えば……バルがお客さんで店に来てた時から、ずっと『剣を教えてくれ』ってせがんでたわよね……」

 なにがそうさせるかは知らないが、レネは幼い頃から強くなることを望んでいた。
 アネタが嫉妬するほど綺麗な顔をしておきながら、レネの中身は実に男っぽいのだ。
 
「まあ結局、団長じゃなくてルカが師匠になったけどね。このまえ団長に手合わせしてもらったけど……まだぜんぜん相手にしてもらえなかった……」
 
 レネは急にシュンと項垂れた。
 
「レネ、そんな気落ちすることもない。あの後、団長が自分の胸にできた傷を見て、『俺を傷つけるなんて初めてだ』って喜んでたぞ」

「そんなこと言ってたの? いっつも直接言ってくれないからわかんねーんだよ」
 
 ボリスの言葉に、レネはわかり易いように元気を取り戻す。
 アネタはこれまで、自分ばかりが好きなことをして、弟だけが過酷な環境におかれて申し訳ないと後ろめたさを感じていた。
 だがレネはレネで、自分の夢を追いかけている最中なのだ。 

 アネタが編物で生計を立てたいと夢見ていた同じ頃から、レネも『大きくなったら騎士になりたい』と夢を語っていたではないか。
 今だって、バルナバーシュが自分の成長を喜んでいたのを知って、目をキラキラと輝かせている。
 

「今でもバルみたいな騎士になるのが夢なの?」
 
「夢っていうか、オレがリーパを継がなきゃいけないし」

 レネの口からは、意外にも具体的な言葉が飛び出してきた。
 アネタの中でレネは自分の夢を熱心に語る小さな男の子のままだったので、少し驚いた。

「あっ……そうか……でもあんたが団長って……想像できないわ……」

 失念していたが、バルトロメイがレネの騎士になったのも、跡取り問題でゴチャゴチャしないためでもあったのだ。
 バルナバーシュには実子のバルトロメイがいるのに、レネを跡取りと決めたのにはよっぽどの理由があるのだろう。



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