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5章 一枚の油絵
6 一足遅れ
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「じゃあ、着いた時には男娼館のオーナーが逮捕された後で、店は閉まっていたわけですね」
トーニの提案もあって、美少年・美青年が集まる所に行けば、『契約者』に繋がる情報が得られるのではないかと、レーリオはその最先端の地であるテプレ・ヤロへと足を運んだ。
事前にメストで仕入れた情報によると、貴族たちの集まるテプレ・ヤロの高級温泉施設では、皆それぞれに見目麗しい者を連れ自慢しあうのだという。
残念ながら、レーリオの側にはそんな美しい青年など今はいない。
かつて愛した青年の姿を思い浮かべ、口元を歪める。
レーリオのように連れのいない客のために、テプレ・ヤロの歓楽街では男娼たちを貸し出している店があると聞いて、行ってみたのだが、あいにく先ほどトーニに話したような理由で店は閉まっていた。
男娼専門の店と聞いていたので、当然見目好い男たちが集められているだろうし、『契約者』の情報も得られるのではないかと期待していたので、その落胆は大きかった。
「ああ。また空振りかと思ったが、運よく手掛かりは掴めたぞ」
レーリオは口ではそう言ってみたものの、まだ決定だといえるものでははい。
「今度メストにある、マロヴァーニ伯爵の家に実物を見に行くことになった」
「実物?」
「銀髪に黄緑色の瞳を持った青年の絵だ」
「絵?」
トーニの顔には、「実物と言っておきながら、絵じゃないか」と言わんばかりの落胆した表情が浮かんでいる。
「そんな顔するなよ。他にも気になることがあったんだぞ」
あれはレーリオも初めて聴いた歌だった。
◇◇◇◇◇
「なんと不思議な旋律だろうか……」
ほうっと溜息を吐いて、マロヴァーニ伯爵は、バンドゥーラを爪弾きながら唄う、美しい容姿の吟遊詩人の声に聴き惚れている。
マロヴァーニ伯爵は四十前後の小柄な紳士で、この夜会の主催者であるリンブルク伯爵から『彼も古代王朝の歴史に造詣が深い』と、紹介された人物だ。
レーリオと同じで同伴者がおらず、お互いの連れを気にすることなく話題を進められるので、すぐに打ち解けることができた。
温泉にゆっくりと浸かり場がほぐれてきた頃に、酒や食事が摂るスペースの隣で、吟遊詩人が唄いはじめる。
決して主張するわけでもないのだが、その歌声は聴く者の心を掴んではなさない。
(古代語の歌……)
少し学のある者ならば、古代語を読むくらいはできる。
だがその古代の言葉を日常会話に使う者などいない。
読むことはできても、古代語を聴きとれる者はよっぽど専門的に学んだ学者くらいしかいない。
そんな失われた言語で綴られた歌を、吟遊詩人は唄っていた。
言葉のせいなのか、それとも吟遊詩人の無機質な声のせいなのか……骨組みだけ残った遺跡に迷い込んだような、不思議な感覚に陥る。
「——この詩は……!?」
古代語で綴られる歌の内容に、レーリオは戦慄した。
まさかこんな所で、レナトス王の歌を聴くなんて想像さえしていなかった。
「不思議な歌でしたね。ですがお恥ずかしいことに、私は全く古代語の聴き取りが駄目でして……フォルテ子爵、いったいどういった詩の内容だったのですか?」
マロヴァーニ伯爵が少し恥ずかしそうに頭を掻いて、レーリオに助けを求めた。
「スタロヴェーキ王朝最後の王である、レナトス王の幼少時代を称えた歌のようです。私も初めて聴く歌で、大変興味深い内容でした」
まるで実際に幼少時代を見守ってきたような具体的な詩の内容に、朽ちた遺跡の中で美しい少年だけが生き生きと駆け回っている、そんな奇妙な光景が思い浮かぶ。
「古代語の聴き取りまで完璧だとは、素晴らしい。レナトス王といえば、名前だけでほとんど文献にも登場しない謎の王と言われていますね」
「ええ。今の歌によると、王子は銀髪で黄緑色の瞳をした類稀なる美しい容姿で文武両道であったと」
レナトス王の特徴は、あの山城で見た壮麗な姿と一致する。
会話の邪魔をしないよう配慮して、敢えて違う言語の歌ばかりを唄い続けている吟遊詩人にチラリと目を向ける。
先ほどの無機質な声とはまるで別人みたいな悩ましい歌声だ。
本当にさっきの歌をこの吟遊詩人が唄っていたのだろうか?
レーリオは、自分だけが幻想に囚われていたような、そんな奇妙な感覚に陥る。
(しかしなぜあんな歌をあの吟遊詩人は知っているんだ?)
西国三国にとって、レナトス王は都合のいい存在ではない。
五柱に愛され、五つの魔法を自由自在に使ったレナトス王。
レナトスの死と共に四柱に去られ、恩恵まで失われてしまったままの今の三国の王たち。
比べるまでもなく、前者の方が絶対的な力を持っている。
そんな王がいたと知れば、現在の王の威厳が薄れてしまう。
そのような理由からか、レナトス王の文献は各国の書物庫から姿を消した。
レナトス王の伝説を語り継ぐのは『復活の灯火』だけだと思っていたのに……。
(——あの吟遊詩人は何者だ?)
「ほう……、スタロヴェーキ王朝といえば淡藤色の瞳の王たちが治めてきたと伝えられていますが、黄緑色とは……珍しい」
マロヴァーニ伯爵が言う通り、王家の血が流れる者たちは淡藤色の瞳を持った者が多かったと、数少ない歴史書には綴られている。
「……ええ。私も意外に思っていた所です」
「——そう言えば……銀髪……ではなく灰色なのですが、瞳は間違いなく黄緑色をした青年の絵が我が家にもありまして……」
(なんだと!?……もしかしたら……)
それが例え絵の中の人物だとしても、レナトス王の生まれ変わりと関連性があるかもしれない。
銀髪ではなく灰色と言っているが、現在使われているアッパド語は古代語の銀を灰と訳し、アッパド語でいう銀髪とは、リンブルク伯爵の騎士のような白に近い光沢のある髪色を指す。
「それは興味深い。珍しい組み合わせなだけに、気になりますね」
「そうでしょう? もう少し貴方とはゆっくりこの話題についてお話したい。メストに滞在しているのであれば、ぜひ私の屋敷に絵を見にいらして下さい」
マロヴァーニ伯爵からメストにある屋敷へ招待してくれるとは、またとないチャンスだ。
「私も、もっとお話したいと思っていたところです」
マロヴァーニ伯爵の誘いは、レーリオにとっても魅力的なものだった。
なによりも先ほど話に出た絵の実物を見てみたい。
「それはよかった!」
こうして二人はメストの住所を交換し合い、このまま話が流れてしまわないように、マロヴァーニ伯爵の屋敷を訪問する日程を取り決める。
二人の会話が弾んでいる間に約束していた曲数を唄いきったのか、吟遊詩人は優雅にお辞儀をしてその場から離れた。
向かった先は拍手で迎え入れるリンブルク伯爵と、吟遊詩人の同伴者だと思われる四十手前の男の所だ。
「彼は素晴らしい歌い手でしたね。盗み見るつもりはなかったのですが、先程温泉に入っている時に、彼の背中に残る傷痕を見てしまって、過去になにがあったのだろうと気になってしまいました」
品のいい紳士を装っておきながら、マロヴァーニ伯爵もしっかりあの悩ましい肢体見ていたようだ。
レーリオも思わず目を奪われてしまったのだが。
「あの吟遊詩人を同伴している方をご存じで?」
「リンブルク伯爵から紹介されたのですが、なんでもメストの骨董商で、確か……名前はアンブロッシュさんでしたかな……」
(——アンブロッシュだと!?)
女流作家のサロンでベニートに聖杯の存在をチラつかせていた男だ。
そんなアンブロッシュが、またしても、レーリオが喉から手が出そうなほどに欲しい情報をチラつかせている。
(もしかして……わざとレナトス王の歌を吟遊詩人に唄わせていたのでは?)
本当は今すぐにでも、吟遊詩人にあの歌のことを詳しく訊きたかったのだが、フォルテ子爵の肩書の裏で『復活の灯火』として活動するレーリオにとって、それは獲物をおびき寄せるための罠に思えた。
今はまだ、フォルテ子爵としてのレーリオ・デ・モンテフェルトロと『復活の灯火』とを紐づけされたくはない。
レーリオは本能が鳴らす警笛に従い、その場にグッと足を留めた。
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