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5章 一枚の油絵
5 めぐり逢い
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リンブルク伯爵とドプラヴセは、お互いの同伴者が大きな陶器でできた湯船に入る様子を眺めていた。
「脱いだらもっと凄いんですねぇ!」
そのまま口笛でも吹きそうな勢いで、ガウンを脱いだルカにラデクが感嘆の声を上げる。
ルカの着ていたブルーグレーのガウンの下から、極めて面積の狭い奇抜なデザインの黒の下着が現れた。
後ろ部分は尻の谷間に隠れてしまい、もうほとんどなにも隠していないといってもいい。
(ルカの奴……ちゃんと用意してんじゃねえか……)
ドプラヴセは、ルカが本当に色気のない下着など穿いていたらどうしようと思っていたので、少し安心した。
「ラデクさんもご立派なモノをお持ちで」
ルカといえば、ピッタリとした下着一枚になったラデクの股間にロックオンして、ニッコリと笑っている。
男漁りは卒業したとばかり思っていたが、こういう所は変わっていないようだ。
ルカの裸に周囲の男たちの視線が集まっている。
牙の抜かれた……可愛らしい愛玩動物を連れた男たちは、美しい野生の肉食獣を目の前にして感嘆の溜息を漏らす。
(……そりゃあそうだろうよ)
男たちの視線を一身に集める同伴者に、ドプラヴセの鼻も高くなる。
美術品というよりも、実用性を追求したルカの身体は……無駄なものが一切省かれた工芸品のような美しさがある。
ルカの身体は華奢なのだが、しなやかな筋肉が身体にメリハリを与え、ただ細いだけのガリガリとは違う。
特に腰から尻にかけてが絶品で、ツンと上を向いた尻は男臭さを感じさせない。
そんな尻に挑発的な下着を着け、惜しげもなく晒している。
ルカが背中に垂れていた長い髪を、お湯に濡れないように手慣れた仕草で結い上げる。
今まで見えていなかった背中の傷の痕が露わになると、男たちのざわめきがドプラヴセにも聴こえてきた。
『あれは……』
『鞭の痕ですかね?』
『……凄い……』
ドプラヴセはますます気分をよくする。
(醜い傷痕がここまで艶めかしく背中を彩るとわかっていても、綺麗な身体に……こんな傷など付ける勇気はないだろ?)
ただの遊びの鞭打ちでは、あんなケロイド状の傷痕は残らない。
だが酷い傷でもルカの背中にあると、決して痛々しくは見えない。
そんな傷など跳ね飛ばす強い個があるから、艶めかしく見えるのだ。
ここの温泉の中にいる同伴者たちの中で、この背中の傷を負けずに背負えるのは、ルカの隣にいる騎士のラデクだけだろう。
二人で一緒いると、まるで虎と山猫が並んでいるようで、視覚的にも美しい相乗効果をもたらしていた。
「ここに来たら、ラデクがいつも悪目立ちしていたのだけど、ルカ君が一緒だとつり合いがとれて、目の保養になります」
こんな言葉が出て来るリンブルク伯爵は、どこか自分と同じ感覚を持っているのかもしれない。
「悔しいですが、ルカは私の隣にいるよりも騎士殿の隣にいる方が絵になりますね」
まあ……本来ルカの隣にいるは、もっと迫力のある男なのだが。
「——彼はただの吟遊詩人ではないようですね」
「実は私も彼とは知り合ったばかりで、あまり過去については知りません」
あまり二人の関係を紐づけされたくはないので、ドプラヴセは嘘を吐く。
「そうなんですね。サンルームで見かけた時、仲がよさそうな様子だったので、もう長い付き合いだとばかり思ってましたよ」
リンブルク伯爵の口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
まるでなにもかもを見透かしたような笑みに、ドプラヴセは内心舌打ちする。
「いやぁ~そんな所まで見られてたなんて……彼はなかなかキツイ性格でして、知り合ってからもああやってずっとつれなくされているんですよ……」
(抜け目のないオヤジだ……)
ルカとラデクが湯船に浸かりなにやら談笑しているのを見届けると、リンブルク伯爵は、改めてドプラヴセの方を向き直った。
「——アンブロッシュさん。実は私、ヌースキー伯爵とは交流がありまして、捕まった弟さんのことを心配していましたよ」
ヌースキー伯爵とは、ドプラヴセが成りすましているアンブロッシュの一番上の兄のことだ。
アンブロッシュは脱税で捕まり三年間の禁固刑を言い渡され、現在も収監されている。
(わざわざ人払いまでして、話したかったことはこれか)
ドプラヴセがサンルームで自己紹介をした時に偽者だと気付いて、わざわざこの夜会にまで誘ったのだろう。
「兄が私のことを心配していましたか」
それでもドプラヴセは顔色一つ変えることなく、リンブルク伯爵と会話を続ける。
浮かべる笑顔に一切動揺などない。
こんなことで一々びびっていては、『山猫』の長など務められない。
「ええ。世間体を考えて、アンブロッシュさんのことを直接口にすることはありませんが、この前酒の席でポロリと私に漏らしてました」
「伝えておいて下さい。弟は元気にやっていますと」
実際にアンブロッシュは収監されてはいるが、『山猫』にとって有益な情報提供者なので、破格の待遇で囚人生活を送っていた。
「ありがとうございます。ヌースキー伯爵に会う機会があったら伝えておきます。きっと安心なさるでしょう」
リンブルク伯爵は動じないドプラヴセを見て、口元の笑みを深めた。
その様子からすると、どうも偽者であるドプラヴセを糾弾するのが目的ではないらしい。
二人のいる場所はジャスミンの生垣があり、周囲の視線から遮られていた。
周囲から見えないことを確認し、リンブルク伯爵はいきなり立ち上がり、ドプラヴセの前にやって来た。
「……下——まさかご存命だったとは……実際にお話するまで確信が持てませんでしたが……」
最初の言葉は小さすぎてドプラヴセにも聴きとれなかった。
リンブルク伯爵はドプラヴセに跪き、自分より身分が高い者に対する礼を執った。
「リンブルク伯爵……なにをなさっているんですか……頭を上げて下さい」
それには、さすがのドプラヴセもうろたえる。
リンブルク伯爵と最後に会ったのは、ドプラヴセがまだ少年のことだったので、まさか自分の正体を見破られるなんて思ってもいなかった。
「承知致しております。このことは誰にも口外いたしません。さあ、私たちも温泉に浸かりましょう」
神妙な顔はどこへやら、今まで通りの笑顔を向けながら、ドプラヴセを温泉へと誘った。
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