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4章 癒し手を救出せよ
17 消えゆく光
しおりを挟むこれは任務ではない。
レネにとってボリスは家族だ。
十歳の時に、両親が殺されるのを、納戸の中からただ見ていることしかできなかった。
あの時、家族を守れなかった自分を恥じ、強くなりたいと願った。
だからどんなに厳しい鍛練にも耐えてきた。
ここでボリスを守りきれなかったら、そんな自分に嘘をつくことになる。
(ボリスには姉ちゃんと幸せな家庭を築いてほしい……)
「——次は仕留める」
エゴールが次の攻撃の構えを見せた。
レネの頭の中で、瞬時にこの空間で起こっている情報を処理し、次に自分が起こすべき行動を割り出していった。
もうすぐソゾンとバルトロメイの決着がつく。バルトロメイが勝つだろう。
レネが次の攻撃を乗り切れば、バルトロメイがこちらに加勢へ来るはずだ。
だが……レネの読みは甘かった。
エゴールの動きにばかり頭がいって、背中に庇っているボリスの動きまでは予想できていなかった。
「死ねっっっ!!!」
「……あっ!?」
エゴールの攻撃に対応しようとする前に、後ろから不意打ちで身体を弾き飛ばされ、レネは床に倒れる。
咄嗟に上を見上げると、ボリスの腹にエゴールの剣が刺さり、背中から血濡れの切っ先が見えていた。
「……ボ……リス……?」
レネは目の前で起こっている光景が信じられず、ただ目を見開いて見つめることしかできなかった。
「貴様っ!?」
まさかの行動にエゴールも驚きを隠せないでいる。
「……レネ……は……死なせんっ……」
不敵に笑い、言い終わると共に、ボリスは口から大量の血を吐きだした。
(——うそ……)
「…………」
動転してなにもできないレネを前に、バルトロメイがエゴールの首を後ろから斬りつける。
辛うじて首の皮一枚で繋がったまま……屍と化した身体が床に転がった。
「おい……ボリスっ!!」
剣が刺さったまま膝を折るボリスに、バルトロメイが身体を支える。
「……ボリス……ボリスっ……」
レネは顔色を失っていくボリスの名前を、馬鹿みたいに呼び続ける。
以前バルトロメイも同じように、背中から剣を生やしたことがあるが、あの時はすぐにボリスが癒してくれたので一命を取り留めた。
だがボリスの場合は、傷を癒してくれる存在がいない……
「なんでオレなんか庇ったんだっ! 馬鹿野郎ッ!!」
庇うつもりだった男に庇われ、レネは完全に取り乱す。
本来なら礼を言うべき存在に当たり散らす。
「おいレネ、落ち着け」
非常識な対応にバルトロメイが窘めるが、そんな言葉など耳に入って来はしない。
吐血して喋ることもできない状態だが、ボリスはレネの顔を見て、静かに優しく笑った。
「笑うんじゃねぇっ!!!」
まるで全てをやり切ったような満足げな顔をするボリスに腹が立ち、レネは腹の底から怒鳴りつけた。
こんな時でさえ、ボリスはレネを聞き分けのないい子供のように扱う。
大人になって同じ仕事に就いたら、ボリスと対等になれると思っていた。
だがいくら大きくなっても、レネとボリスの差は埋まらない。
それどころか、ボリスはアネタと幸せな家庭を築かなければいけないのに、レネを庇って致命傷を負った。
(オレはなんのために強くなろうと思ったんだっ!!!)
大事な家族に守るどころか庇われるなんて。
二人の幸せの一歩手前で……全てを台無しにしてしまった自分が許せなかった。
レネはこれまで、数々の死を見てきた。
まだ息はあるが、ドクドクと傷口から流れる血で、もうボリスが助からないことくらい嫌でもわかる。
手を握り必死に名前を呼ぶが、涙で滲む視界に映るのは……輝きをなくしていくヘーゼルの瞳だ。
(光が消えてしまうっ!! ボリスが死んでしまう……)
◆◆◆◆◆
——そんなに泣かないで。
霞んでいく視界に愛する者が悲しむ姿を見て、ボリスは心配させないよう微笑もうとしたが、もう顔の筋肉を動かすこともできない。
こんなタイミングで自分が死ぬなんて思ってもいなかったが、愛するものを守れただけでも本望だ。
アネタと、これから生まれる子供たちには苦労をかけるかもしれないが、金銭的には親子で不自由なく暮らしていけるだけの金は残している。
後はレネが父親代わりに子供たちを見守ってくれたら……。
(私は……大きな嘘を吐いている)
ボリスは孤児だ。
親の顔さえもわからず、本来なら沢山の愛情を注がれて育つはずの子供時代を、孤児院の大人たちから虐待に近い扱いを受けながら育った。
そんなボリスが唯一心を開き、母のように慕っていた師は、この世から去ってしまった。
もう二度と、師のような存在と出逢うことはないと思っていた。
初めて姉弟を目にした時、師を亡くした時に死んでしまった心が……まるで息を吹き返したかのように熱くなった。
——この子たちを守りなさい——
初めて二人を見た時、ボリスは癒しの神から天啓を受けた。
灰色の髪をした二人の姉弟は、甘い蜜のようにボリスを魅了する。
その誘惑に抗えず、ボリスは団長の養女であるとわかっていながら、アネタが成人すると同時に、男女の関係を持つようになった。
だが……姉と恋人同士になりながらも、ボリスの心は弟のレネも欲していた。
ボリスはアネタと付き合いながらもレネに魅了されていく自分が抑えられないでいた。
しかしレネは、神々しいまでの光を内側から発しており、邪な目を向ける度、その光に戒められるのだ。
癒し手であるボリスは神聖な光に抗えない。
(でも……もしレネに恋人ができたら……私は嫉妬に狂ってしまうだろう……)
少年期を脱して美しい青年へと成長していくレネを見ながら、ボリスの心は日々焦燥していった。
このままではいけないと、心に折り合いをつけるために、必死に自分に言い聞かせた。
アネタと結ばれれば、レネと自分の関係は他人ではなくなる。
手に入らないのならば……不動の地位を築いて……これから一生レネに関わっていけばいい。
そうしてボリスは、邪な気持ちを抱えながらもアネタとの愛を育んでいった。
もちろん、アネタを心から愛している。
だがボリスは、それと同じだけレネも愛していた。
『アネタのことを誰よりも大切にするから』
レネにはそう誓っておきながら、妊娠中のアネタを置いて、一人あの世に旅立とうとしている。
(こんな身勝手な父親ですまない……)
ボリスはまだ逢っていない子供たちに謝る。
でも一切後悔はしていない。
愛する人を守れたのだから。
光が近付いて来る。
どうやらこの世界ともお別れのようだ。
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