菩提樹の猫

無一物

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4章 癒し手を救出せよ

12 救出作戦

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◆◆◆◆◆


「これから先は馬を繋いで俺たちだけで進もう」

 見えて来たヴェスニーチェ村の入り口の手前で、バルトロメイとゼラは馬を止める。

 二人を拉致した男たちもこの村のどこかに潜んでいる可能性があるし、静まり返った夜中に蹄の音を響かせたら、村人たちを起こしてしまうかもしれない。

「お前たち、三頭なら獣も襲ってこないだろうから。ゆっくり休んでろ」

 夜中まで働き詰めだった馬たちを労わると、二人はすぐに足音を忍ばせて村の中へと入って行く。

 バルトロメイは馬を労わり落ち着いた振りをしているが、本当はそんな心の余裕などなかった。
 レネの安否のことばかりが頭の中を占領している。
 隣に何時でも冷静なゼラがいてくれるから、バルトロメイはなんとか正気を保つことができていた。

「もし潜んでいるとしたら、こんな道沿いにはいない。たぶん村の外れの空き家とかにいるだろう」

「——おい……あそこ」

 視界の端にチラリとなにかが動いて、視線を走らせると、三人の男たちが農家の納屋からなにかを取り出している。
 二人は物陰に隠れてその様子を窺う。

「泥棒だな。もしかしたら二人を攫った男たちかもな」

 バルトロメイは目を凝らして暗闇に紛れる男たちを観察する。
 中から農作物を運ぶための荷車を引いて、どこかに移動させるようだ。

「幌馬車が使えなくなったから代わりになるものを探してるんだろう。あいつらの後を追えば居場所がわかるかもしれないぞ」

 ゼラが腰からナイフを取り出しいつでも飛び出せるような体勢を整え、こっそりと荷車を引いて村の奥の方へと進んで行く男たちの後に続いた。

「エミルは十人近くいたって言ってたよな」

 だったらあと倍の人数はいると思っていい。

「いるにしてもどこか建物の中だろうから、居場所に目星が付いたら、仲間と合流する前にあいつらは片付けた方がいいかもしれん」

「そうだな」

 バルトロメイもゼラの意見に賛同する。
 レネとボリスは拘束されているなか、狭い建物の中で大人数を相手に太刀回りはしたくない。
 
 
 しばらく歩くと、村の外れにポツンと一軒の廃屋が見えて来た。
 
「——あそこだな」

 ゴロゴロと荷車を引いて行く男たちの後ろを追いながら、二人は近くの雑木林に身を潜める。

「ほら、入り口のところ見張りが二人いる」

「雑木林伝いに先回りして見張りから片付けるか」

「じゃあ一人ずつな」

 男たちはやる気がなさそうにトロトロと歩いているので、すこし遠回りになるが容易に先回りすることができる。
 そして荷車を引いて来る男たちに気付かれないように、音も立てずに見張りを始末しなければならない。

(あいつがいればな……)

 レネはナイフの扱いが得意で、こんな時にはもってこいの人材だ。
 その本人を救出に行くので無駄だとはわかっているが、どうしても思い浮かべずにはいられない。


 
 二人は雑木林を走り抜け、建物の後ろからそれぞれ両サイドに回り込み、扉の前に立つ見張りを背後から襲い、喉を掻き切る。

「上手くいったな」

「ああ」

 二人でズルズルと建物の影へと死体を引きずって隠す。
 そして今度は道沿いにある雑木林の影に隠れ、男たちが車を引いて来るのを待った。

 見張りは始末済みだし、少し小屋からも離れているので多少は音が出ても構わないだろう。
 ゼラと言葉を交わさなくともそこら辺の肌感覚は同じで、互いの腰に差している剣に手を掛けている。

 ナイフで攻撃するより剣でバッサリとやった方が早い。

「ごっ……」
「ぐぁぁっ……」
「がっっ……」

 バルトロメイが一人倒している間にゼラは二人の敵を倒していた。

(やっぱりコイツには敵わねえ……)

 相棒としてこれほど頼もしい相手はいない。
 群青色の瞳が闇を吸い込んで、美しい夜の色へと変わっていた。


「バート、なにが起こっていても落ち着いていけよ」

 ゼラはなにとまでは言わないが、間違いなくレネのことだ。

「……わかってる」

 口ではそう言っても自信はない。
 だが、自分が取り乱せば取り乱すほど、中で捕えられている二人が危険に晒されることだけは確かだ。

「仮にボリスが癒し手とわかったとしても、男たちはすぐにレネを殺したりはしないはずだ……」

 死体を道の端に避けながら、ゼラが淡々と語る。
 ボリスが癒し手だとわかってしまったら、レネは敵にとって役立たずの邪魔者でしかない。
 だがゼラはそんなレネを殺したりはしないと言うのだ。

「憂さ晴らしに嬲るからか?」

 殺される可能性が低い方が嬉しいのだが、それはレネにとって地獄でしかないだろう。

「……死ぬよりマシだ」

 そう言いきれるのは、誰かに死なれた経験があるからだ。

 ほんの一瞬だが……ゼラの心の闇を見た気がした。
 


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