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4章 癒し手を救出せよ
10 足跡を追って
しおりを挟む◆◆◆◆◆
『レネさんのことを一番に考えているとばかり思ってたのに……』
(……クソっ……!!)
先ほどエミルから言われた言葉が頭を過る。
本当は……今すぐにでも飛び出してレネの側に駆けつけたい。
だが以前、剣を捧げた後にレネと約束した。
『仕事の時は任務を最優先させてくれ。他の団員たちに申し訳が立たない』
自分の立場に甘えないレネだから自らの剣を捧げたいと思ったし、レネも途中で任務を投げたしたりしないバルトロメイだからこそ、剣を受け取ったのだと思う。
二人とも、普段は周囲に主従関係を意識させないことを美徳としている。
剣の強さもさることながら、その生きざまに感服し、自らの剣を捧げた主だ。
そんな主が、おめおめと攫われっ放しになるはずがない。
バルトロメイはレネを信じて、己のできることをこなしていくしかない。
レネをよく知る者たちは理解してくれているが、エミルに口で説明してもどうせわかってはくれない。
しかし任務を優先するものとばかり思っていたカレルから、『癒し手が攫われたとなれば緊急事態だ』と言われ、今すぐ救出に向かうよう命じられた。
(……あの男がレネの足枷になってるだろうに皮肉だな……)
エミルから話を聞いて、だいたいの状況は掴めていた。
レネはボリスが一緒なので身動きが取れなくなっているのだ。
一人だったら、多人数に囲まれようともどうにかする実力を持っている。
攫われたのが癒し手であるボリスではなかったなら、そのままザトカまで通常通り任務を続けただろう。
「バート、ゼラを前から呼んで来るから、二人で救出に向かえ。俺たちは任務を終了させてから合流する。伝言があればポビート村に残しといてくれ」
そう言うと、カレルは踵を返して最前列にいるゼラを呼びに行った。
貴重な存在だと承知しているつもりだったが、まさかそこまで癒し手を重要視しているとは思わなかった。
騎乗しているゼラとバルトロメイに任務を放棄させ向かわせるということは、よっぽど差し迫った事態だと考えていい。
「これからまたひとっ走りしてもらうからな」
その間にバルトロメイは一度馬から降り、革袋に入った水を馬に与え、労わるように栗色の鬣を撫でた。
まるでバルトロメイの言葉がわかるかのようにブルブルと鼻を鳴らしてヤル気を漲らせている。
まだ若い馬だから来た道を戻り敵を追いかける体力は十分にあるだろう。
リーパ護衛団が所有する馬は、竜騎士団で使っていた馬よりも軍馬として優れた個体ばかりだ(一頭だけ変なのが混ざっているが)。
バルトロメイの祖父に当たるオレクが、いい仕事をしているからだ。
「準備はできたか?」
前からやって来たゼラがバルトロメイに声をかける。
「——ああ」
その表情を見て、バルトロメイもつられて背筋を伸ばす。
この男は……仲間が攫われたことを静かに怒っていた。
ゼラの顔はいつもと変わらない無表情だが、ただならぬ殺気を感じる。
二人は頷き合うと、急いで元来た道を引き返した。
ノロノロと徒歩のペースで進む荷馬車に合わせる必要がないので、比較的短い時間でポビート村に戻ってきた。
「じゃあ、その幌馬車は南へ向かって行ったんですね」
バルトロメイとゼラは、村で幌馬車についての情報収集をしていたら、すぐに知りたい情報を手に入れることができた。
「ああ、えらく急いでる感じだったよ。その印が描いてあったし、あんたちのお仲間だろ?」
サーコートに付いている菩提樹のエンブレムを見ながら、村人が話す。
「まあ色々事情があって。それと……表通りにあった居酒屋って夜遅くまで空いてますか?」
「今は農閑期だからね、暇な連中が朝まで騒いでるよ」
(よかった……)
カレルへの伝言は店に預けておけばいい。
夕方ザトカを出たとして、急いで馬を走らせても夜中になる。
「その南に向かう道にはどっか集落はあるんですか?」
あんな目立つ幌馬車で移動を続けるとは思えない。
手近な場所で移動手段を変えるはずだ。
「ここより小さいけど、ヴェスニーチェ村ってのがあるよ。でも陽も暮れるし……今日行くには遠いよ」
(奴らは間違いなくそこに寄るはずだ)
まずはそこに向かって走ろう。
「こっからザトカよりも近いでしょ?」
「そりゃあ、その半分もないだろうけど……」
村人は真剣な表情のバルトロメイに少したじろいだ様子だ。
(だったら余裕だ)
「ビエリーも元気だといいな」
後ろではゼラが手持ちの林檎を与えながら馬たちに話しかけている。
『ビエリ―』とは幌馬車を引いていた馬の名前だ。
馬たちもそれに応えるように鼻を鳴らしている。
この男、馬相手には饒舌だ。
馬たちもここまで休憩なしで走りっぱなしだったので少し休ませることにして、後で来るだろうカレルたちに、居酒屋へ行って伝言を預けるついでに、昼からなにも口にしていないので軽いものを摘まむことにした。
店のメニューであるハチノスのトマト煮込みをパンに挟んだ軽食を買って、居酒屋からの帰り道それを食べなら隣を歩くゼラがぼそりと呟く。
「レネの姉の腹には、ボリスとの子供が宿ってる」
「——は?」
「この仕事が終わったら籍を入れると言っていた。団長にも報告済みだ」
ゼラとボリスは気が合うのか、一緒にいることが多い。
だからバルトロメイよりも、ボリスのことをよく知っている。
「お前も父親のいない子供の気持ちはわかるだろ?」
「…………」
ゼラが真正面からバルトロメイを見つめる。
バルトロメイも二十三になるまで私生児として育ち、父親に会ったことがなかった。
「だから、なんとしてでも二人を無事に救出したい」
(ゼラが先ほど滲ませていた怒りの原因はこれか……)
お腹に子を宿しながら、弟のレネと夫になるボリスになにかあったら、レネの姉は深い悲しみに暮れるだろう。
だからゼラは、どうしても阻止したいのだ。
「他の奴らは知ってんのか?」
「いや……レネ以外は知らない」
(そりゃあ……レネは知ってるよな……)
自分の身を犠牲にしてでも、ボリスを逃がそうとするはずだ。
レネがやりそうなことなど、容易に思いつく。
目頭を揉みながらバルトロメイは長い溜息を吐いた。
ポビート村から南に向かう道は、整備されていないせいか荒れていて、馬が足元を取られぬよう明るい夜光石のランプで照らしながら慎重に馬を進めていた。
すると突如道端に、白い馬と幌馬車が浮かび上がってくる。
「車輪が壊れて乗り捨てたのか……荷台に乗っているスペアの車輪に交換する余裕もなかったみたいだな」
動かない幌馬車に歩みを進めることもできず、仕方なく馬も一緒に立ち往生していたようだ。
仲間がやって来て、安心した様子で幌馬車に繋がれた白馬が嘶いた。
「——ビエリー……無事だったか」
ゼラが、すぐさま動けなくなっている白馬の所へと駆け寄り、幌馬車の荷物から水と食料を取り出すと、飲まず食わずだった白馬へと与える。
バルトロメイも、手持ち無沙汰になり、自分たちの乗って来た馬に水を与えた。
「狼がいないとも限らない。一緒に連れて行くか。
先を急いでいるからとは言え、このまま置いて行ったら可哀想だ。
バルトロメイは幌馬車から白馬を解放してやる。
「それがいいだろうな。お前、一緒に引いて行けるか?」
「ああ。大丈夫だ」
元騎士であったこともあり、バルトロメイは馬の扱いに長けていたので、空馬を引きながらの乗馬もお手の物だ。
「幌馬車をここで乗り捨てているとなれば、二人を拘束したまま移動するのは難しい……そう遠くには行ってないはずだ。この先の村にいるかもしれないな」
こうして二人と三頭の馬はヴェスニーチェ村へと歩を進めて行った。
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