菩提樹の猫

無一物

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4章 癒し手を救出せよ

7 尋問

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◆◆◆◆◆


 辺りも暗くなった頃、ヴェスニーチェ村に到着して、村の端の方にある打ち捨てられた小屋を発見し、そこでひとまず腰を落ち着けることにした。

 窓には鎧戸が嵌っていて、部屋の中を明々と照らす夜光石の光が漏れることはないが、一応用心のため外に見張りを立てている。
 
 
 エゴールは、拘束され力なく床に座り込む二人に改めて目を向ける。

「さて……まだちゃんと確かめてなかったが、癒し手はどっちだ?」

 とにかく攫ってくることばかりに一生懸命だったので、二人の顔もまともに見る暇がなかった。
 明々とした部屋の中で二人の容貌を見て、エゴールは息を呑む。

(——これは……)

 方向性は違うが、二人とも美しい顔立ちをしていた。

 特に華奢な青年の方は、銀糸の髪に珍しい黄緑色の瞳の美青年で、なぜ傭兵団などに所属しているか不思議なくらい暴力とは無縁に見える。

 それにこんな美しい人間を見たのは初めてだ。

『おい……ドロステア人に不細工はいねえのか?』
『美人の産地はオゼロだって言われてたのにな……』

 他の男たちもずっと薄暗い中でしか獲物を見ていなかったので、驚きの声を上げている。

『虫も殺さないような顔してるし、こいつが癒し手でしょ』

 下品な笑いを浮かべながら仲間の一人が、銀髪の青年の顎を掴んで上向かせる。

 捕えて来たもう一人の男は、背も高くがっしりとした身体付きをしているので、その横にいると余計に隣の青年が嫋やかに見えて来る。

 しかし、エゴールはどうしても引っ掛かることがあった。

『おい、没収した武器を出せ』
『へい、これです』

 袋の中からジャラジャラと武器が出て来る。
 数本のナイフに剣が二本。

『これはオゼロのコジャーツカ族の剣だ……』

 その言葉に男たちも反応を示す。
 あまり細かな所まで見ていなかったのだろう。
 男たちは言われて初めて、サーベルに似たその剣がコジャーツカ族のものだと気付いたようだ。

 ヒルスキーにもコジャーツカ族がいるが、ヒルスキーのコジャーツカ族とオゼロのコジャーツカ族では持っている剣の形状に大きな違いがある。

 それは鍔の有る無しだ。

 この剣には鍔がある。
 だから余計にサーベルに近い形状となり、男たちは自国のものに見慣れていることもあって、これがコジャーツカ族の剣だとは気付かなかったのだ。
 
 勇猛果敢と知られるコジャーツカ族の男たちは、敵からすると脅威でしかない。
 頭頂部で髪を結い鎧も着けずに軽々と動き回り、敵の首を刎ね飛ばしていくその姿は、恐怖として植え付けられている。

『……まさか……その剣はこっちの細っこい方が持ってましたよ……』

 信じられないように、武器を没収した男が告げる。


「——おい、どうしてコジャーツカの剣を持っている? お前はコジャーツカ人なのか?」

 よく手入れされた剣を鞘から抜き、作り物の様に綺麗な青年の顎を、その切っ先で持ち上げた。
 わざわざアッパド語で話しかけているが、コジャーツカ人だったらその必要もないかもしれない。
 それどころか……ツィホニー語で喋っていた言葉の内容も、すべて聞かれていた可能性もある。

 少し瞳が揺れた気もしたが、それが剣を突きつけられた恐怖からなのか、それとも身元がバレそうになり動揺しているのか、エゴールには見分けがつかなかった。


 この青年がコジャーツカ人だったら、癒し手である可能性はなくなる。
 東国人には癒しの力は使えない。


「……違う。この剣は他の団員が倒した賊の持っていたもので、使いやすいからそのまま使っている」

 この青年のアパッド語は東国訛りもない。
 エゴールは、言っていることが本当なのか目を細めて見極める。

「賊が持っていた?」

「東国から流れて来る賊は多い」

 確かに自分たちも東国人なのでその言葉は否定できない。

「レネの言っていることは本当だ」

 隣にいた背の高い男が加勢する。
 その言葉のない内容よりも、エゴールは違うことが気になった。

(レネ……)

 西国風の名前で東国ではまず聞かない名前だ。
 偽名でないならば、やはりこの青年はドロステア人の可能性が高い。

「お前の名前は?」

 背の高い方の男に名を尋ねる。

「——ボリス」

 仲間の名前を呼んでおいて、自分は教えないわけにはいかない。
 背の高い男は素直に自分の名前を教えた。
 こちらも西国風の名前だ。

『ソゾン、聞いていただろ? ボリスとレネ、どっちが癒し手だと思う?』

 エゴールは少し離れた場所にいる男の所まで移動し、レネとボリスに聞こえないようにソゾンに耳打ちする。
 ソゾンは自分の他に唯一アパッド語がわかる男だ。
 だから、この二人を捕まえて来る時にエゴールが怪我人の役を演じ、ソゾンに付き添い役をさせた。

『わかんねえな。コジャーツカの剣を持ってるのは怪しいけど、コジャーツカ人に銀髪はいないだろ? 俺はレネの方が癒し手に見えるけどな』

 言われてみればそうだ。
 コジャーツカ人の髪は黒髪か茶髪が多く、偶に金髪がいる程度だ。

『——確かにな……』

 外見だけだったら間違いなくレネだ。
 癒し手のイメージそのままだ。

 だが最悪、二人とも癒し手ではない可能性もある。

 こういった場合、拷問して口を割らせるのが簡単なのだが、無暗に癒し手を傷付けたくはなかった。癒し手は自分の傷を治すことができないので厄介だからだ。

 しかし二人とも連れ歩くわけにもいかないし、ここで答えをださなければ先へは進めない。


「——もう一度訊く、癒し手はどっちだ?」



◆◆◆◆◆



 時間を稼ぐために、男の質問にどちらも口を噤む。

「……条件がある——癒し手じゃないもう片方は解放してくれ」

 ボリスが男たちに提案する。

(——駄目だっ!!)

 レネはボリスの顔を覗き込む。
 ボリスは自分が癒し手だと申告してレネを逃がすつもりだ。

「オレが癒し手だ。ボリスは関係ないっ!!」

 レネは咄嗟に叫んでいた。
  

(……ボリスはこの仕事が終わったら、姉ちゃんと結婚するんだ)

 アネタのお腹には新しい命が宿っている。
 父親のいない子供になんかさせるつもりはない。


「レネっ!?」

「やっぱりお前が癒し手か、俺もそうだと思ってたんだよ。こんな綺麗な傭兵がいるわけねえよな?」

 ソゾンが後ろから抱きすくめるようにレネの顎を取り頬を撫でた。
 
「…………」

 レネは不快感に唇を噛み締めながらも、この時ほど自分の容姿がこうでよかったと思ったことはなかった。

 先ほど他の男たちもツィホニー語で、虫も殺さないような顔をしているからレネが癒し手だろうと推測していた。

(——このまま騙されろっ!!)


「まて、レネは嘘をついているっ! 私が癒し手だ!!」

 ボリスが慌ててレネの発言を取り消そうとする。
 レネはボリスがこんなに取り乱している所を見たのは初めてかもしれない。

「いまさら言ったって遅えよ。——レネ、お前も自分の発言には責任を取ってもらう。俺が言葉だけで信じる人間だとは思うなよ」

 残忍な笑みを受けべるとエゴールがボリスの太腿にナイフを刺した。

「ぐわっ!」

 苦痛の声を上げてボリスが身を捩る。

「なにをするっ!!」

 体当たりしてエゴールに反撃したいが、後ろからソゾンに身体を押さえられて動けない。
 レネは自分の無力さに唇を噛み締める。
 
「レネ、お前は癒し手なんだろ? だったらこの傷を治してみろよ?」

 ボリスの太腿に突き刺さったままのナイフを、更に傷を抉る様にグリグリと押し込んだ。

「ぐぅぅぅぅっっ……」

(……こんなつもりじゃ……)

 レネがボリスを助けるために言った嘘がすべて裏目に出てしまった。

「うっっ……」

 エゴールが深く刺さったナイフを抜くと傷口から血が溢れ、そこに鉄の手枷と嵌められたレネの両手を押し当てる。

「さあ癒し手さんよ、癒しの力を使って仲間の傷口を治して見せろよ」
 
 男たちの目線が注目するようにレネの手元に向けられる。
 だが傷口に押し当てられた手は血で濡れるばかりで、一向に傷を塞ぐ様子はない。

『おい、なにも起きねえぜ?』
『手から黄色い光が出るって聞いてたが……』

 男たちがザワザワと騒ぎ出す。

「イッ……」

 傷の治療のために屈んでいた所を、髪を掴まれ無理矢理上を向かされ、怒りを湛えたイゴールと強制的に視線を合わさせられる。


「どうした?——まさか嘘をついたわけじゃないだろうな?」



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