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4章 癒し手を救出せよ
6 移動
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エゴールたちは朝までいたポビート村に戻って来ると、メストではなく南へと向かうもう一つの道へと幌馬車を進めた。
手持ちの地図によると、この道を南下していくとザトカからテプレ・ヤロに向かう道へと合流するようだ。
『ったく……さっきから酷い揺れで舌噛みそうだぜ……』
車内でも不満の声が上がる。
南へと向かう道へ入ってから悪路が続き、ガタガタと車内が激しく揺れていた。
きっとメストからザトカへ繋がる道よりも交通量が少ないためちゃんと整備されていないのだろう。
しばらく進んで行くと、急にゴトンと大きく揺れ、幌馬車が急停止した。
『——なんだっ!? どうした?』
エゴールは驚いて御者を務める男の方を見る。
『どうも、車輪がイカれたみてぇですね……ちょっと見てきます』
男は急いで御者台から飛び降りて後ろの様子を確かめに行った。
男が戻って来ると、首を横に振って残念そうに告げた。
『後輪が石に当たってぶっ壊れちまったみてえです……』
『どっちにしろこの幌馬車は乗り捨てる予定だったからな。ちょっと早いが仕方ねえ……徒歩で進むぞ』
菩提樹のマークの付いた幌はいくらなんでも目立ちすぎるので、エゴールは交通量が多い場所へ出る前に、元々この馬車は乗り捨てるつもりでいた。
『でも、あいつらが追い付いて来ませんかね?』
一人団員を取り逃がしたので、仲間に知らせて追手が掛かるのを危惧しているのだろう。
『いや……隊商の護衛を優先させるはずだ』
金で雇われるとはそういうことだ。
だからそこまで心配はしていない。
エゴールは荷台の後ろで囲まれるように座るリーパの団員二人に目をやる。
予想通りに、屈強な男たちの中に一人だけ混じっていた細っそりとした青年が、怪我の治療をするために、鶏の血を腹に付けて怪我人の振りをするエゴールの所へと近付いて来た。
一緒に作業をしていたもう一人の男を人質にして一緒に攫って来たのはいいのだが、幌馬車も使えない状態で二人も連れ歩くのは邪魔だ。
もうすぐ夕暮れになる。
ここまで来たのはいいのだが、まだ青年が癒し手だとういう確証は得られていないので、どこかで確かめなければならない。
本当にあの青年が癒し手なのか、エゴールには一つ引っ掛かっていることがあった。
(あれさえ持っていなければ疑う余地はなかったのにな……)
もし癒し手ではなかったらどうしようかという不安が、エゴールの胃を重くする。
周囲は雑木林が続き民家は見当たらない。
昨日一晩過ごしたポビート村で情報を仕入れた時は、もう一つの道と合流する途中にヴェスニーチェという村があると聞いた。
『あとどのくらい掛かるかはわからないが、この先にある村まで歩いたらそこで一度休憩しよう』
エゴールは、少し疲れの見えはじめた男たちの士気を上げるために声をかけた。
捕えた二人を数珠繋ぎにして逃げられないようにし、通行人とすれ違った時も不審に思われないよう、男たちが二人を囲み隠しながら歩いた。
◆◆◆◆◆
「もう……我慢できない……」
男たちに連行されて人気のない道を歩いていたが、レネは足を止める。
「どうした?」
急に歩みを止めたレネに、ボリスが後ろから心配そうに声をかける。
「——おしっこ漏らしそう……」
レネはわざと周りの男たち全員に聞こえるように大きな声で答える。
だが自分を囲む男たちはレネの言葉を聞いても首を傾げ、少し離れた所を歩いていた二人がはっとした顔をしてこちらを振り返った。
『おい、小便したいってよ』
『そこら辺でさせてやれ』
怪我人に付き添う振りをしていた男と、脇腹に血を付けたまま怪我人の振りをしていた男がツィホニー語に訳して男たちに話す。
(やっぱりアパッド語ができるのはあの二人だけだ。……だから二人で演技をしてたのか……)
もともと用を足したいのもあったが、男たちがどれくらいアパッドが聴きとれるかどうかを確かめたかった。
ずっと男たちの様子を窺っていたが、エゴールと呼ばれている血を付けた男が色々と指示をだしているので、ボス的な役割なのだろう。
(ルカにツィホニー語を教わっていてよかった……)
喋るのは片言だが聴き取りはだいたいできる。
野郎が用を足す様子を見て楽しいことなどなにもない。
いや、できるなら見たくないというのが本音のはずだ。
レネの予想通り、周りを囲んでいた男たちは離れ、縄で数珠繋ぎになったレネとボリスの両端に男が一人ずつ、逃げないようにそれぞれの肩を掴むだけだ。
武器はすべて没収されたが、後ろ手錠ではなく前手錠なので、自分で用を足すことができる。
だが、困ったことに鍵付きの頑丈な鉄の手枷を自力で外すのは無理だ。
一人だったら、手を拘束されたままでも前手錠を生かして逃げ出せるが、ボリスは剣を使えても体術はあまり得意ではない。
それに、逃げ出さないよう二人の胴体を縄で繋がれているので、暴れ回るのも難しい。
だから今は、大人しく助けが来るのを待つしかなかった。
道端の藪の前で、二人並んで用を足しながら、レネはボリスに囁く。
「あいつらも、団員たちが護衛を優先して助けがしばらく来ないことをわかってるみたいだ」
「おい……隣に聞かれるぞ」
余計なことは喋るなと言わんばかりに、ボリスが眉を顰める。
「こいつらはアパッド語がわからないから平気だ。わかるのは最初に演技をしてた二人だけ」
現に両サイドで見張る二人も、無駄話せず早く終わらせろという顔しかしていない。
会話の内容がわかっていない証拠だ。
「……お前、そこまで観察して……」
ボリスが驚いた顔をするが、レネの師匠がただの剣士ではなかったのが幸いしたのか、教え込まれたのは剣だけではない。
「助けが来るのは早くて明け方だ。奴らはまだどっちが癒し手かわかっていない。この先にある村で休憩するって言ってたから、そこで尋問されると思う……」
「——時間稼ぎが必要だな……」
ボリスが言う時間稼ぎとは、尋問に耐えることを意味する。
「あんたはもうすぐ父親になるんだ。絶対東国になんか行かせない」
レネは確固たる思いを口にした。
「——レネ……」
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