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4章 癒し手を救出せよ
2 癒し手を狙う存在
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エゴールは母国であるヒルスキーの密命を受け、ドロステアの王都メストに来ていた。
メストの歓楽街にある大衆居酒屋で、地元の案内人からこれからの仕事に必要な基礎知識を教えてもらっていた。
オゼロの東にあるヒルスキーは、シキドペリア帝国の支配下にあり、南側の国境で対立するオケアと小競り合いを繰り返している。
ボークラード大陸は八つの国が存在しているが、族長たちが独自の統治を行うウロを除いて、大きく二つに分かれている。
スタロヴェーキ王国を元とするレロ、セキア、ドロステアの西国三国。
ディシェ帝国がスタロヴェーキ王国に滅ぼされた後にできた、オゼロ、オケア、ヒルスキー、シキドペリアの東国四国。
言語も西はアッパド語、東はツィホニー語と別れている。
そして大きく違うのは、人々が信じる神の存在だ。
東国は唯一絶対の太陽神を崇めるスルンセ教に対し、西国は五柱の神を崇める多神教であったが、スタロヴェーキ王朝の分裂と共に、五柱のうち四柱が天に帰ったとされる。
四柱に見捨てられた民は、四柱に祈ることを忘れ、唯一残った癒しの神だけに救いを求めた。
このように西国の神々は、民を助けたり見捨てたりとまるで人間のような感情を持っている。
そのコロコロと変わる態度が、満ち欠けする月に喩えられた。
実際に、穏やかな癒しの神以外は喜怒哀楽が激しい神たちだったとされ、神から力を授かった民たちも、月の満ち欠けによってその力が強まったり弱まったりしていたといわれている。
「癒し手が月の満ち欠けに関係なくずっと安定して力が使えるのは、癒しの神が心穏やかなお陰だってことか」
「だから今でも民を見捨てず癒しの力を与え続けているのです」
エゴールは癒しの神と癒し手についての講釈を聞きながら、この気まぐれな存在のせいで、今の東国四国の前身であるディシェ帝国が一瞬で滅ぼされたのかと、忌々しさを感じずにはいられない。
自分たち東国人の崇める神は全知全能の神で、この世のすべてを作り出した創造主である。
完璧な存在はすべての現象を必然的に起こしているので、決して手を貸したりなどしない。
その代わり、いつも天からこの世界に光という恵みを与え導いてくれる。
世界の出来事はすべて、太陽神の手の平で行われている戯れにすぎない。
所詮……西国の神々も、創造主が作った世界で遊んでいるだけだ。
だから創造主が姿を消す満月の夜に最も力を発揮する。
親の見ていない場所でこっそり悪戯をする子供みたいなものだ。
エゴールは話を聞けば聞くほど、最も月の影響を受けない癒しの神は、他の火・水・地・雷の四柱よりもまともな神に思えて来た。
本来ならまがい物の神の力など借りたくはないのだが、癒しの神の力なら大丈夫のような気がしてきた。
そもそも……ヒルスキー人であるエゴールが、なぜドロステアの王都まで足を運んでいるかというと、どうしても癒し手を我が国へ連れ帰らなければいけない必要があるからだ。
癒しの神であるゾタヴェニと契約を結んでいない東国人に、癒しの力を持った者は生まれない。
西国を巻き込む大戦の時に従軍していた癒し手を攫い、無理矢理従わせることで癒しの力を得ていたのだが、その癒し手が死亡し、新しい癒し手が必要になった。
最初は、人ひとりを攫ってくることなど簡単だと思っていたが、なかなか思うように進まない。
基本的に、癒し手たちは神殿に所属している。
癒しの神が鎮座する聖地シエトを中心に、神との契約を交わす民を持つ三国各地に神殿が配置され、癒し手たちは傷付いた人々を癒している。
だが、癒し手といえども人の子。物理的な怪我は治せても病気を治すことはできない。
病に侵されて苦しむ人々は、直接シエトに向かい、癒しの神から病気を治癒してもらっているのだ。
しかし、シエトまでの道のりは病を患った者には困難で、耐えることのできた一握りの人間しか、奇跡の力を浴びることはできない。
話は少し脱線したが、癒し手たちはその力を独占したい者や、癒し手の存在しない国々から常に狙われている。
そんな癒し手たちを護るために結成されたのが、神殿騎士団だ。
シエトはもちろんのこと、各神殿に騎士団が配置され、癒し手たちを厳重に護っている。
その神殿騎士たちに手こずり、エゴールは癒し手を攫うことができないでいた。
「どこかに神殿に所属していない癒し手はいないのかよ……」
愚痴の一つも言いたくなる。
「——あの、これは噂ですが……」
そう言って、案内人は声を潜めて話を続ける。
「この通りを北に進んだ所に本部があるリーパ護衛団という傭兵団に、癒し手が在籍していると聞いたことがあるのです」
「……なんだと?」
「いや、これはあくまでも噂です。あそこに所属していた男たちは皆口が堅くて真実を確かめることはできないのですが……」
「でも、護衛団にいる癒し手も騎士団に護られてるのと同じで、手が出しにくいだろ……」
相手はプロの護衛だ。
もしかしたら、神殿騎士団よりもハードルが高いかもしれない。
「癒し手たちは神殿から外に出ることなんて滅多にありませんが、護衛団なら……団員たちの怪我を癒すためにもしかしたら……護衛に癒し手が同行しているかもしれません」
「……なるほど……」
なぜ護衛団に癒し手が必要なのかと考えたら、それは命に係わる怪我が絶えないからだろう。
(——リーパ護衛団か……)
行き詰っていた癒し手探しの突破口が、急に見えてきたような気がした。
◆◆◆◆◆
「久しぶりだな。元気にしてるか?」
リーパを引退して、今は宿屋通りで食堂を開いている元団員が、バルナバーシュを訪ねて来た。
「はい。お陰様で、仕事も順調です」
男は今でも衰えない筋肉質な身体を縮めて頭を下げた。
店を開いて以来、バルナバーシュも時々顔を出していたし、団員たちも出先で食事をする時によく利用している。いつも店に入った時は客で込み合っているので、繁盛しているようだ。
「お前がここまで出て来るなんて珍しいじゃないか」
執務室にわざわざ訪ねて来るということは、なにか特別伝えたいことがあるのだろう。
「実は……俺が元リーパの団員だと知って、やたらと癒し手について尋ねてくる輩がいて……もちろんなにも喋ってはいませんが、他の奴等にも話を訊いてるんじゃないかと思いまして……」
「……なるほど。ウチの癒し手を狙っているのかもしれないな……」
これまでも、リーパより高い給金を払うからと言って引き抜こうとした貴族や商人がいなかったわけではない。
現在リーパ護衛団には三名の癒し手が在籍しているが、誰も高い金になびくような人物ではない。
本来なら神殿に所属しているはずの癒し手だが、リーパにいる癒し手たちは、なにかしら理由があって神殿から離れているのだ。
一番古株のイグナーツは、他の癒し手たちと東国の大戦に従軍して襲撃されたところを、先代のオレク率いる男たちに命を救われ、そのまま一人だけリーパへ在籍するようになった。
イグナーツはオレクが左目を失った時に自分が近くにいなかったことを今でもずっと後悔している。
神殿から派遣されていた大勢の癒し手たちの命を救ったこともあり、神殿側もお目こぼしで癒し手の在籍を許してくれたのだ。
ドロステア王国もその経緯を知っているので、黙認している状態だ。
それからというもの、神殿を追い出された癒し手がイグナーツを頼ってリーパへとやって来て、今へと至る。
神殿側としても問題児をリーパが引き取って保護してくれるのなら、その力を悪用されることもないので都合がいいと思っている節がある。
ボリスとイェロニームも神殿から言わばお払い箱にされた癒し手なのだ。
だが、三人ともリーパにとってはなくてはならない人材で、狙われるようなことがあっては困る。
イグナーツとイェロニームは、本部から少し離れた所にある団員たちの多くが利用する下宿に住んでいた。
ボリスは少し剣が使えるが、イグナーツとイェロニームは完全に非戦闘員なので、団員たちにも声をかけ、できるだけ一人にさせない方がいいだろう。
「万が一ということがあるんで、団長のお耳に入れておいた方がいいかと思いまして」
この男は、団にいる時からもなにかと気の利く人物だったとバルナバーシュは思い出す。
「ああ、ありがとう。こういった情報はここにいたらなかなか入ってこないからな。これからもなにか気になったことがあったら、今回の様に教えてくれるとありがたい」
「はい、こんなんでお役に立てるのなら喜んで」
男が帰って行くと、バルナバーシュは後ろで聞いていたルカーシュを振り返る。
「今いる団員だけでも会議室に集めて、注意をしておきましょう。なにかあってからでは手遅れですからね」
「ああ、用心に越したことはない。…………今度の隊商の護衛の依頼も警戒せんといかんな……」
リーパには定期的に、ザトカまでの荷物を運ぶ隊商の護衛の依頼が入る。
二日後にその隊商はメストを出発する。
ドロステアとセキアの交易は、陸路を通るか、ザトカの港まで陸路で運びそこからブロタリー海を南下して、セキア第三の都市へと行く二つの方法があった。
よっぽどの差し迫った事情がない限り、リーパはドロステア国内での活動のみなので、ザトカまでの護衛しか請け負わない。
国を越える交易は大規模なものが多く、今回も十六人の護衛を付けることになっている。
荷物をいっぱいいっぱいに積んだ荷馬車をゆっくりと進めていくので、騎馬を四騎とあとは徒歩での護衛になる。
大規模な護衛の時は、必ず癒し手を同行させることにしているが、現場に出るのは剣を扱えるボリスがほとんどで、あとの二人は滅多なことがない限り本部を離れたりはしない。
「なにごともないといいがな……」
「ボリスの心配ですか?」
「……別にあいつだけを心配してるんじゃない」
口ではそう言いながらも、バルナバーシュはもうすぐ娘婿になる男のことを心配している。
元団員からの忠告が杞憂だったらいいのにと思わずにはいられない。
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