菩提樹の猫

無一物

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3章 バルナバーシュの決断

13 説得

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「その『契約者』とやらがもし本当ならば、王国に反旗を翻す危険分子とみなすのに、どうして俺にこんな話をする? 魔法の復活を阻止したいなら、レネの息の根を止めるのが一番手っ取り早い。そうすれば血も途絶え、二度と魔法の復活なんて起きないだろ」
 
(——やはりそう来たか……)

 ドプラヴセならそう言い出すだろうと予想できたから、この男に話すかどうかずっと悩んでいたのだ。

 だがここで引くわけにはいかない。

「——お前はそれでいいのか? レネを殺したら、奴らは二度と姿を現さないぞ。鷹騎士団が一個小隊全滅させられ、指を咥えたまま黙って見ているのか? レネにはまだなにも教えていない。そんななにも知らない善良な市民を一人殺して、それで終わらせるのか? 場合によっては癒しの神ゾタヴェニまでこの地を去りかねないぞ?」

 四柱はレナトス王の死と共にこの地を去ったとされる。
 愛する者が殺されたら、慈悲深い癒しの神さえも人間を見放してしまうかもしれない。

「——そして俺は全力でお前に復讐する。お前の一番大切なものを奪う」

(ドプラヴセの唯一の肉親……)

「可愛い弟子を殺されたら、私も黙ってはおけませんね」

 ルカーシュを敵に回すとどれだけ厄介な存在になるか、一緒に仕事をするドプラヴセが一番知っている。
 先ほどレネにちょっかいをだしただけでルカーシュがどういう反応を見せたか、ドプラヴセは身をもってわかったはずだ。
 
「——あんたら……自分たちがなに言ってるかわかってるか?」

 十一年前にあの日記帳を読んだ時から肚は決めている。

「お前こそ自分がやろうとしていることがどれだけ国にとって不利益をもたらすか考えてみろ。場合によっちゃ癒しの神ゾタヴェニのお膝元であるシエトも敵に回すぞ?」

 聖地シエトはドロステアの領土内にありながらも小さな独立国家になっている。
 あそこに集まった癒し手たちが、西国三国の神殿に派遣され、傷付いた人々を癒しているのだ。
 もし、シエトを敵に回したら、ドロステア中から派遣している癒し手を引き上げることだってあるかもしれない。
 だがそれよりも、癒しの神ゾタヴェニがこの地を見放したら、癒し手たちの癒しの力まで失われてしまうだろう。

「…………」

 ドプラヴセが黙り込む。
 いい兆候だ。

「俺はレネと王国を守るために、『復活の灯火』の神の復活を阻止する。無事に乗り切れば、レネが団長だ。認められれば、陛下に剣を捧げ忠誠を誓う。レネの代からも『山猫』に協力者をだすだろうし、今まで通り監視すればいいじゃないか。——なにが不服だ? 俺は一番最初に、『聖杯よりもあいつらが重要視するモノがこの国にあったとすればどうするか』って訊いたよな? そうしたらお前は『国で保護するに決まってるだろ』って言ったな?」

「……チッ」

 先に言質をとられていたことに、ドプラヴセは舌打ちする。

(もう一押しだ)


「——そういや俺は……お前に貸しがあったな?」 

 バルナバーシュには、いつか使える時がくるだろうとなんとなくとっておいた手札だがあった。
 
「……なんのことだ?」

 明らかに、ドプラヴセの顔色が変わる。
 今までのスケールの大きな話と違い、これは以前、個人的に取り交わした取引だ。
 だがこの様子だと、どうもこちらの方が効力はありそうだ。

「忘れちゃいねえだろ? 俺はいいんだぞ、あした朝一番で陛下に直訴しに行っても……ついでにウチの息子にまで手をだしましたって付け加えるか?」

 なんで人の家に訪ねてきているのに、下半身が暴走するのか、バルナバーシュには理解できない。
 
「……内容によるな」

 苦い顔で、ドプラヴセは吐き捨てた。


「神の復活を阻止する……俺たちの目的は同じだ——共闘しないか?」

 バルナバーシュはドプラヴセに向かって手を差し出す。

「……いいだろう……」

 浮かない顔をしながらもドプラヴセはその手をとり、アンブロッシュに化けていた時の仕返しだと言わんばかりに、力強く握り返した。


「で……さっそくだが、情報共有しときたいことがあってな、俺たちの周りでも灰色の髪と黄緑色の瞳に近い色を持った青年が二人、襲われている。一人はウチの団員で、知っていると思うがロランドだ」
 
「ああ……元男爵家の……確かに、灰色っぽい髪をしてたな」

 以前ロランドはここへ来る前に、『山猫』の追う事件に関わっていたことがある。
 だからドプラヴセも、その存在を知っている。

「俺は以前レネと馬に相乗りして、多くの通行人に目撃されたことがある。幸いレネの顔は見られてないがな……。灰色の髪の青年がオレの愛人だという噂が広まった」

 今になってバルナバーシュはこのことを後悔している。

「それは俺も知っている。バルチーク伯爵家の次男坊と決闘した時だろ?」

 やはり知っていたか。
 歓楽街に身を置くと、嫌でも噂が耳に入って来るのだろう。

「じゃあ『復活の灯火』の奴等がその噂を聞いて、人違いで似た髪色のロランドが襲われたのか?」

「多分そうだろう。襲撃者が団長の愛人なのかと訊いてきたらしい。それで、ロランドの奴が気を利かせて、肯定したものだから、俺はロランドの家に通って愛人ごっこをしている最中だ……」
 
「はっ、お盛んなこった。でも髪も目も微妙に違うからあいつらも、そのうち人違いに気付くだろ? ……ああ、あんたの狙いはそこか。レネに辿り着く前に、団長の愛人は違ったと、リーパから注意を剥すのか」

「そうだ」

 騙し合いを得意とする男は、話が早くて助かる。

「——この本を見てくれ」

 バルナバーシュはこの部屋に置きっぱなしになっていた一冊の本を棚から取り出し、ドプラヴセに渡した。


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