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3章 バルナバーシュの決断
12 敵の敵は……
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「——おい、ここに辿り着くまでになにをやらかした?」
応接間の扉が開けられると同時に、バルナバーシュは厄介な来客に声をかける。
ルカーシュが私邸の中で剣を抜くことなど、自分との手合わせ以外ではまずない。
まだその刃を収める気配がないということは、この男……よっぽどのことをやらかしたに違いない。
(ここに呼ぶこと自体が失敗だったか?)
「ここに来るまでに、可愛い猫ちゃんを見かけたから撫でただけなのに、こいつが過剰反応して困ってんだよ」
剣を首筋に当てられたまま、ほぼ連行される形で、ルカーシュからここに連れて来られたというのに、ドプラヴセは悪びれる様子もない。
すっかり失念していたが、レネはまだ風邪が治り切っておらず、ようやく今日になって少し歩き回れるようになった。
きっとこの男の前を無防備な格好でウロウロしていたのだろう。
「直接事情を訊こうとしていたくせに」
ルカーシュは本気で怒っている。
それもそうだ。
レネにはまだなにも知らせていない。
だから今はまだ、他人に余計なことを吹き込まれたくはない。
だがきっと、ルカーシュの怒りに火を付けたのはそこだけではない。
レネには、自分と同じ轍を踏ませたくないのだ。
ドプラヴセは人が弱っている時に手を貸すどころか、例え仲間であろうとも手をだすクズ人間だ。
以前ルカーシュは『山猫』の活動で手痛い仕打ちを受けたことがあるので、余計に神経質になっているのだろう。
勧めてもいないのに、勝手にバルナバーシュの正面の椅子にドプラヴセが腰を下ろすと、ルカーシュがやっと剣を収め、ビシビシと張り詰めていた空気が少しだけ弛んだ。
「——ところで、わざわざこんな所に乗り込んできた要件はなんだ?」
バルナバーシュは足を組み直して、眉間に皺を刻んだまま相手を睨んだ。
「わかってる癖に、しらばっくれんじゃねえよ。『復活の灯火』が探してるのはレネだろ?」
やはり予想した通りの答えが返って来た。
ゾルターンがルカーシュに前もって知らせてくれたので心構えができていた。
「聖杯が今どうなっているか教えろ。話はそれからだ」
あれを渡したら、また一つ、ことが先へと進んでしまう。
「あいつ等に盗られないよう厳重に保管している」
ドプラヴセの言い様だと、宮殿の宝物庫辺りに入れてあるのだろう。
あそこは内部に協力者がいない限り忍び込むことはできない。
「——その聖杯よりもあいつらが重要視するモノがこの国にあったとすれば?」
「国で保護するに決まってるだろ」
相手が当たり前のように即答すると、バルナバーシュはその答えに、満足げに微笑んだ。
ドプラヴセにこの言葉を言わせたかった。
「……それがレネなのか」
ドプラヴセもここまでは予想できていたらしい。
「——そうだ」
「レネ・セヴトラ・ヴルク。あんたのヴルクの姓をとったら、古代語とアッパド語が混じってるが、そのまんま『復活の灯火』だもんな」
ドプラヴセの言う通り、レネはアッパド語で『復活・生まれ変わり』を意味し、ミドルネームのセヴトラは古代語で『灯火』を意味する。
だがレネの本当のフルネームはこんな言葉遊びで終わるものではない。
直前までバルナバーシュは、ドプラヴセに全部を話すか迷っていた。
リーパも監視の対象なのに、レネの素性を知ったら、今の王家の存在を脅かすものとして捉えかねられないからだ。
だが『復活の灯火』に最終目的を達成させてしまえば、一国の問題ではなくなってしまうほどの大事になってしまう。
バルナバーシュが仕える主は、自らの剣を捧げたドロステア国王だ。
騎士として生きる以上、国王に忠誠を尽くし仕えていかなければならない。
そして、目の前に座る男ドプラヴセはというと、誰もが認める最低なクズ男だ。
しかし、『山猫』の長としては有能だといわざるを得ないし、国王に対しては、たぶんバルナバーシュよりも忠誠心に篤く、絶対に裏切ることはない。
性格は合わないが、仕える主は同じだ。
やがて自分たちだけでは手に負えなくなってくるだろうし、敵が共通している以上、情報を共有していた方がいいとバルナバーシュは判断した。
「『復活の灯火』の最終目的を知ってるか?」
「神々の復活だろ?」
神器と呼ばれるものを集めているのだから、その目的くらいは容易に想像がつく。
「確かにそうだが、本当は神の恩恵が再び人にもたらされること、則ち——魔法の復活だ」
「魔法って、癒しの神以外の力を手に入れるのか……」
「ああ。火・水・地・雷の力だ。癒しとは違いどれもが強大な破壊の魔法だ。
それも帝国を滅ぼすほどの。
「——国家転覆の脅威になるな……」
難しい顔をしながらドプラヴセが呟くが、この男はいったいどこまでバルナバーシュがこれから話す内容を信じるだろうか?
「ルカ、あれを持って来てくれないか?」
バルナバーシュの言葉に応じ、ルカは書斎の隠し金庫に大切に保管されている革張りの古びた日記帳を、二人が向かい合って座るテーブルの上へと置いた。
「——なんだ……これは?」
「レネの父親が書いていた日記だ。お前も調べたかもしれないが、レネの両親は下町で日用雑貨店を開いていた。俺はその店の常連で、レネとも面識があった。十一年前のある夜、店の前を通りかかったら既に両親は殺されて、レネとその姉だけが生き残った。表向きは強盗となっているが、襲撃してきた男たちは子供たちを探していた。そして俺はその子供たちとこの日記帳を引き取った。その時はまさかそこんな信じられないような内容が書いてあるなんて思いもしなかった。」
ドプラヴセはその日記帳を手にとる、勝手にカチャカチャと鍵を開けると、パラパラとページをめくった。
「古代語じゃねえか……」
そう言いだすと思ったので、バルナバーシュは幾つもの攻撃を防いで穴だらけになった表紙の辞書を差し出すが、ドプラヴセはニヤリと笑ってそれを手で押しやった。
「古代語の辞書なんていらねえよ」
人が親切にしてやったというのに、その言い草はないだろう。
まるでアッパド語の文章でも読んでいくようにパラパラとページを捲っていくので余計に腹が立つ。
(——こんな時に、育ちの違いがでるんだな……)
日記を読んでいるドプラヴセの表情は至極真剣で、いや真剣というより深刻と表現した方がしっくりくるかもしれない。
最初自分が読んでいた時もこんな顔をしていたのだろうな……などと思いながら、ドプラヴセが日記を読み終わるまでの間、暇を持て余したルカーシュが爪弾くコブサの音色に耳を傾けていた。
「マジかよ……」
ドプラヴセが、読み終わった日記をテーブルの上に置くと、大きなため息を吐いて頭を掻きむしっている。
それを待っていたかのように、ルカーシュが歌を唄いはじめた。
コブサの寂れた音色、一切の感情を消し去ったルカーシュの歌声が、古い神殿に絡まる枯れた蔦を連想させる。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき
銀髪に若草色の瞳を持つ、神々に愛されし血を引き継ぐ者が
再び王冠を被り、聖杯を満たせば
五枝の灯火が復活し、神々との契約が再び結ばれん
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
歌はまるで魔法の装置のように、聴いている者をその予言が書かれた古の神殿に連れて行ってくれる。
「おい……なんだよその不気味な歌は?『復活の灯火』の目的そのままじゃねえかよ。……それにあいつらが狙ってるあの聖杯が……」
「これはレナトス叙事詩という長い歌の最後です」
コブサを置いた、ルカーシュが歌についての説明をする。
「レナトス……スタロヴェーキ王朝最後の王か……お前の他に唄える奴はいるのか?」
当たり前だがドプラヴセは、歴史についてもバルナバーシュより知識が豊富だ。
「私の知る限りでは、この歌の師匠である盲目の吟遊詩人以外はいません」
「——よし」
その答えを受けて、ドプラヴセが安堵の吐息を漏らす。
この歌の内容が、今のドロステア王家にとってもあまりよろしくないことだけは、バルナバーシュも理解できた。
なんといっても、今の西の三国の前身であるスタロヴェーキ王朝の復活を暗示する内容なのだから。
「たぶん奴等は『王冠』『聖杯』『五枝の燭台』……そしてスタロヴェーキ王国直系男子で……尚且つレナトス王に酷似した容姿を持つ者を探している」
「——それが……レネなのか……」
「そうだ。神々との契約を再び結ぶ『契約者』を『復活の灯火』は探している」
ここまで話して鼻から息を吐くと、バルナバーシュは心を一度落ち着ける。
これからが本当の勝負の時だ。
今までの反応を見ていても、次にドプラヴセがどんな反応を見せるのかだいたい予想が付いている。
「その『契約者』とやらがもし本当ならば、王国に反旗を翻す危険分子とみなすのに、どうして俺にこんな話をする? ——魔法の復活を阻止したいなら、レネの息の根を止めるのが一番手っ取り早い。そうすれば血も途絶え、二度と魔法の復活なんて起きないだろ」
(——やはりそう来たか……)
こうなると予想できたから、バルナバーシュはこの男に話すかどうか、ずっと悩んでいたのだ。
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