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3章 バルナバーシュの決断
8 本当の狙いは
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「余計に警戒させてしまったな」
トーニはレーリオから聖杯探しとは別に、二十代前半の灰色の髪に黄緑色の瞳の青年を探し出すようにいわれていた。
それっぽい青年を見かけては攫ってきて、レーリオが直接会って見極めるという段取りになっていたが、まだレーリオに会わせるほど条件が揃った人物は見つかっていない。
現在は、ヘブルコ伯爵の愛人であるミロシュという青年を追っているが、最初に無理に攫おうとして失敗したため、警戒した伯爵が護衛を付けて面倒なことになってしまった。
それも相手はリーパ護衛団というドロステアでは有名な護衛専門の傭兵団で、あれ以来トーニは、ミロシュに接近することも難しい状態になっている。
年齢も二十代前半と一致するし、髪の毛は間違いなく灰色だ。
ミロシュは伯爵が妻に内緒で囲っている愛人とあってか、使用人たちもミロシュについては口を閉ざすので、瞳の色を訊いて確認しようがなかった。
多くの人々が暮らす王都であっても、灰色に黄緑色の瞳の組み合わせはそう簡単には見つからない。
(どうにかして、あの愛人の瞳の色を確かめないと……)
屋敷の中は警備が固められているので、チャンスは外出した時しかない。
トーニは斜め向かいの建物の一室で、屋敷の入り口に立つ松葉色のサーコートを着た護衛を睨みながら、その機会を窺っていた。
◆◆◆◆◆
外に出て気分転換をしたいというミロシュに、カレルが供として同行することになった。
「美味しい。カレルさんも遠慮しないで飲んでよ」
ミロシュが満面の笑みを浮かべ甘いミルクティーを飲んでいる。
「こんなことしてたらホントは団長に叱られるんだけどな……」
困った様に眉尻を下げ仕方ないとばかりに、カレルは紅茶の入ったカップに口を付ける。
「別に大丈夫だって。私が付きあわせてるんだから」
緑がかったヘーゼルの瞳が上目遣いでカレルを見つめて来るが、その動作の一つ一つが巧みに計算され媚びを含んでいる。
きのう食堂で、バルトロメイが言いたかったことがなんとなくわかった。
(こうやって男を誘ってんのか……)
もしかしたら耐性のない男は、同性に興味がなくとも可愛いと感じてチヤホヤしてしまうのかもしれない。
「ん? なに考えてんの?」
そんなに小首を傾げて思わせぶりに覗き込まれても、「上手だなぁ」くらいにしか感じない。
「いや、別に」
目と髪の色が似ているせいかどうしても同僚の猫と比べてしまうが、レネはもっとがさつで、いまミロシュが上品に食べているケーキなんて一口で食べてしまうし、言葉遣いも汚い。
しかし、天然物の破壊力は凄まじい。
誰もレネに『可愛い』なんて面と向かって言わないので、本人は全く意識していない。
ミロシュは『可愛い』と言われたら、もっと言ってもらえるようにと努力するかもしれないが、レネは言ってしまったら最後、二度とその仕草をしないだろう。
だって彼にとっては『可愛い』という言葉は屈辱でしかないのだから……。
団員たちもその性格を理解しているので、誰もレネにそんなことを言ったりはしない。
だからなんのてらいもなく、猫みたいに身体を摺り寄せたり、ソファーの上でゴロゴロしたりと、『可愛い』大技を連発する。
その度に、団員たちは顔がニヤけそうになるのをグッと我慢してながらも、癒されているのだ。
確かにミロシュは綺麗な男かもしれないが、カレルは美青年には十分な耐性を持っている。
レネは先ほど述べた通りだが、師匠であるゲルトの編物工房に時々顔を見せていた吟遊詩人も美しい容姿だった。
カレルがまだ工房にいる頃は、湖に面した裏庭でバンドゥーラを爪弾きながら唄っている姿をこっそり眺めたものだ。
(あの人、今も元気にしてるのかな? 性格はちょっと変わり者だったけどな……)
メストで暮らすようになって、五年以上も経つ。
ふと、懐かしい顔を思い出して郷愁に浸ってしまった。
(そう言えば……あいつも美青年の部類だよな……)
一緒につるんでいるロランドの顔を思い出す。
あの優男も綺麗に顔が整っていて、貴族出身なこともあってか……雄の孔雀みたいにツンとしたところがある。
三人とも個性が強すぎて、見た目よりも性格のインパクトの方が強い。
結局、人の魅力とは内面が滲みだし表面に現れたものなのだと、カレルは結論付けた。
ミロシュもできるだけ自分を魅力的に見せている努力家なのかもしれないが、カレルにとっては特別に心が動く存在ではなかった。
これはきっと好みの問題なのだろう。
「それにしてもさ、リーパの団員さんたちってなんでこんなにいい男揃いなの? 入団時に顔面審査でもあるの?」
興味津々の様子でミロシュが質問する。
「へ? そんなことないけどな……まあ、ゼラやバルトロメイはそうだよな。それに団長が男前だしな」
バルナバーシュは、先の大戦の英雄ともいわれ、普段は鬼のように恐ろしいのだが、実は子供には滅法弱くて涙もろいという、もう一つの顔がある。
そんなギャップにコロッとやられる女は多いだろう。
(渋もの好きにはウチの団長はたまらん存在なのかもな……)
「団長さんは有名だよね。私も前に見たことあるけど、かっこよすぎて鳥肌立ったもん。いいなぁ……リーパ……」
「は? 野郎ばっかりのどこがいいんだよ? むさいし、汗臭いし、」
冬はまだいいけど、夏なんか変な熱気でムンムンして、窓を開けても暑苦しいのに。
「それなんて楽園!!」
目をキラキラさせて、ミロシュが叫ぶ。
「『男の花園』なんて言って自分たちで自虐してるけど、どこが楽園なんだよ? そこまでいうなら、今の生活に飽きた時は、ウチの食堂で働く?」
「はっ!? そんな仕事があるんだ。天国だろ!! まあ……料理なんてやったこともないから私には無理だけどね……」
カレルは冗談で言ったつもりだが、ミロシュは真剣に羨ましがっているようだ。
食堂のおばさんたちが『天国みたいな職場』と言ってるのはあながち嘘ではないのかもしれない。
カフェを出て、隣にあった本屋へ寄りたいというミロシュの要望で店の中に入ると、後から背の高い男もやって来た。
カレルは自然とミロシュを背に隠すが、男はすぐに目当ての本を見つけたのか、手にとって中身をパラパラとめくって立ち読みを始める。
「あったあった、新刊がでてるっ!!」
今人気の、女流作家が書いた小説を手にとるとミロシュは支払いを済ませ、店の外へと向かう。
先ほどの背の高い男が、振り返ってミロシュの顔を見つめたが、すぐに興味をなくしたように、また本へと視線を落とした。
(——なんだ?)
カレルは気にはなったが、一瞬だけのできごとでその後はなにも起きなかったので、そのままミロシュと店を出た。
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