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3章 バルナバーシュの決断
5 心配性の伯爵
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「私の愛人が、数日前から外出の度に怪しい男たちにつけられているので護衛を頼みたい」
今日もリーパ護衛団の応接室では、貴族が護衛の依頼の相談に来ていた。
依頼主のヘブルコ伯爵は、リンゴの産地で有名なプートゥ一帯を治める領主で、プートゥ産のリンゴで作ったシードルは高値で取引され、領地を持つ貴族たちの中でも比較的豊かな暮らしをしていた。
そんな伯爵が自らリーパ本部に足を運ぶとはなにごとだろうかと普通の人々が見たら思うかもしれないが、ここでは別に珍しいことではない。
家人に知られたくない愛人関連の秘密の依頼は、こうやって貴族本人が依頼に来ることが多かった。
リーパ護衛団は一切顧客の情報を外に漏らしたりはしない。
以前、ある裕福な商人の本妻の嫌がらせから愛人を護る依頼を請け、それに怒った本妻がリーパ本部に乗り込んできても、一切愛人の情報を漏らさなかった。
その仕事に満足した商人の紹介で徐々に噂が広まってゆき、こうして愛人の護衛を頼みに来る商人や貴族たちが後を絶たなくなった。
「なにか心当たりはありませんか?」
バルナバーシュは依頼者であるヘブルコ伯爵に尋ねる。
「数日前に、ある商人主催の夜会に出かけた後からのような気がするんだ」
綺麗に手入れされた口髭を弄りながら、ヘブルコ伯爵は目を上に向け考え込んでいる。
「なるほど。そこで何者かに目を付けられたかもしれないのですね」
(なにやら怪しい夜会だったのかもしれないな……)
バルナバーシュは自分が今まで行ったことのある数々の夜会を思い出す。
妻や夫ではなく、客は皆それぞれ美しい愛人を着飾らせ同伴し、自慢して見せびらかすだけではなく、客が入り混じり妖しい行為に耽る際どいものまで色々あった。
「ミロシュは美しい青年だからな。何者かが妙な気を起こしても不思議ではない」
ヘブルコ伯爵は少し自慢げに自分の愛人を語る。
(男の愛人か……)
バルナバーシュは表情にだすことなく少し驚く。
「先ほど男たちとおっしゃいましたが、相手は複数人ですか?」
これによって護衛に付ける人数も変わってくるる。
「ああ、剣を持った男たちが十人近くおって、あれが言うには、どうもそこら辺のチンピラとは様子が違うようなのだ」
「なるほど……本格的に武装しているのですね」
いくら美青年だからといって、そこまで大掛かりに捕えようとするだろうか?
ますますバルナバーシュは違う理由があるのではないかと思いはじめる。
「もうすぐ妻がプートゥからこっちにやって来る。困ったことに、ミロシュを住まわせている別邸で久しぶりに過ごしたいと言うのだ。その前に違う場所にミロシュを移動させる。移動中も危険が伴うし、引っ越し先でも用心のため暫く警備に当たってもらいたい——だが……ここの護衛が優秀なのは知っているが、くれぐれもミロシュに妙な気を起こさないでもらいたいのだ。あの子はどんな人間でも惑わされるほど美しいから……今までも家に出入りする男たちが部屋に入って来て襲われそうになっていたことが何度かある」
(わざわざ男を部屋の中まで入ってきて襲うか?……それは本人にも問題があるんじゃないのか?)
口にはださないが、どうもそんな気がする。
「ご安心下さい。うちの護衛たちにそんな不届き者はおりません」
「——その言葉、信じていいのかね?」
「ええ、もちろんです」
自信に満ちた表情を浮かべバルナバーシュは頷いた。
「そんなに美青年なんですかね……」
客が帰った応接室で、呆れ気味にルカーシュが呟く。
うちの団員たちが、その男の愛人に対して性的な目を向けるのではないかと心配され面白くないのだろう。
「あんなに心配してるからそうなんだろうよ」
「じゃあきっと絶世の美青年なんでしょうね……。護衛に誰を付けますか?」
ルカーシュの言葉に少し棘があるように感じるのは気のせいか?
「金はたんまりと払ってくれるからな、バルトロメイとゼラを入れておこう」
団員たちの中でも腕が立つのでこの二人は特に金額が高い。
「カレルも空いてますね。それとあと一人はレネにしましょう」
「——当てつけか?」
バルナバーシュはそう言うと、今年三十五にしては貫禄のない副団長の顔をチラリと見る。
「いや、牽制ですよ」
(なんだ? レネで誰を牽制するつもりだ?)
そんなことを思っていると、応接室にノックの音が響いた。
◆◆◆◆◆
「……じゃあ、あいつはハヴェルの所にいるのか」
バルトロメイは、接客のために応接室へ移っていた団長たちに、任務の報告とレネのことを伝える。
「ええ、ハヴェルさんは留守でしたが、女中さんたちが迎え入れてくれてせっせとレネの面倒を見てくれています」
「まさか……まだあいつの部屋があったりするのか?」
バルナバーシュが眉を顰めて怪訝な表情を浮かべる。
「子供部屋っぽい内装の部屋でしたが、クローゼットの中にはハヴェルさんの愛人用にと作った衣装がずらりと並んでましたよ」
バルナバーシュがレネに愛人の振りをして護衛させることをハヴェルに勧めたと知り、バルトロメイはついつい非難がましい口調になる。
(あんな格好でウロウロしてたからレオポルトに目を付けられるんだよ……)
エマによりあっという間にナイトウェアに着替えさせられたレネの姿を思い出しただけで、バルトロメイは頬が火照る。
「先ほどの依頼、レネが行けないとなると困りましたね……」
怪我なら癒し手が治すことができるが、病気ばかりはどうしようもない。
「——あいつはどうだ? 今日はこっちに顔を見せる日だろ」
「ああ、ロランドですか? 明日は残念ながら、メルコヴァー夫人の護衛ですね」
副団長は予定表を確認して肩をすくめる。
(よかった……ロランドと一緒じゃなくて)
バルトロメイは苦手な男と一緒にならず内心ほっとする。
「じゃあ、アルビーンは?」
「アルビーンは空いてますね」
(よし、アルならやりやすい)
ヴィートの同期であるアルビーンは意外と器用で機転が利くので、他の団員たちからも重宝されている存在だ。
元騎士見習いということもあり、バルトロメイとも馬が合う。
「お前も、明日から貴族の愛人の護衛に回ってもらう」
「はい、わかりました。——あの俺、これからまたハヴェルさんの所に戻ってレネの様子を見に行ってきます」
「行ってどうする、お前まで風邪がうつるぞ」
確かにバルナバーシュの言う通りだが、レネが知らないうちにあそこへ置いて来たので気になっていた。
目が覚めて自分を運んでいたはずのバルトロメイが側にいなかったら、心細い思いになりはしないかと心配だった。
「俺は昔っから一人だけ風邪がうつらない体質なんで大丈夫です」
子供の頃から従弟たちが風邪で寝込んでいても、バルトロメイ一人だけ元気に走り回っていた。
「ふっ、誰かさんにそっくりですね」
副団長がくすりと笑うと、余計なことは言うなとばかりにバルナバーシュはルカーシュを横目で睨む。
「まあいい……行くのなら馬を使え。それと、ハヴェルに会ったら宜しく伝えといてくれ」
「はい」
こうして無事に報告を終えると、バルトロメイはハヴェル邸へととんぼ返りした。
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